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異世界で飯屋やってます  作者: 混沌の魔法使い
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メニュー4 鶏南蛮


メニュー4 鶏南蛮


今年のギルド祭りはガイのカタストロズが圧倒的な売り上げを見せ、ダントツ1となった。万年最下位のカタストロズが1位になったのは驚きだが、その影には「神埼」と言う人間の姿があった


(飯屋か……)


カタストロズが販売していたコロッケとスペアリブ。あれは私も口にしたが見事な物だった……油で揚げる音、肉を焼く音で客を呼び寄せ。祭りで歩き回り乾いた喉に潤いを与える冷たいラガーとサクリとした食感のコロッケに、本来は安い屑肉の肋骨を柔らかく調理し、そしてあの甘いのに辛い、辛いのに甘いという独特の味わいのタレで焼き上げられたそれは最高の組み合わせだった


「少し出てくる」


アーリッシュ様!?と叫ぶハーピーの声を背中に受けながら、私は翼を広げ窓から飛び出した……飯処神埼への地図が書かれたコロッケの包み紙を手にして……





祭りが終わった翌日。いつものように神埼の所で生姜焼きを食っていると神埼が理解出来ないという表情で


「客がこねえ、何でだ?あれだけ繁盛したのに」


まぁ確かに繁盛していたから客が来ると思うのは当然だが……俺は最後に残しておいた生姜焼きをゆっくり噛み締めながら


「来ないに決まってるだろ?ゼドが気に入らなければ潰すって言ってる店だぞ?もしゼドが気に入れば、そこからは大繁盛すると思うが……」


ゼドが食べに来る。しかもただ食べに来るのではない、神埼の料理の腕を見に来るのだ。もし気に入られなければ、そのまま閉店すらありえる。だからゼドが食べに来るまで客は来ない筈だ


「そうかぁ……所で、ゼドって何が好きなんだ?」


「そりゃ肉だ。だけど焼いたり、煮たりって言うのはあんまり好きじゃないな」


神埼の所で出される緑色の飲み物。少し苦いこれが最近好きになってきたな、神埼は緑茶と言っていたが……珍しい茶だ。ここら辺の茶は茶色とかそんな感じだから


「生肉が好きなのか?」


「いや、竜形態ならそうだが、人間だと生肉を食うと腹を壊す。竜人って言うのが案外デリケートな部分もあるんだよ」


最強種族であるのは間違いないのだが、竜から変化している竜人は竜の感覚で飲み食いをして体調を崩す者もいる


「ゼドもそうなのか?」


「いや、ゼドはそこまで馬鹿じゃないぜ?そもそもこの街の長だぞ?馬鹿なわけ無いだろ?俺が言ってるのは一般的な竜人の話だ」


そうかと呟く神崎は腕を組んで何かを考える素振りを見せる。ゼドに出す料理でも考えてるのだろう、それなら邪魔をしたら悪いなと思い勘定を済まそうとした時。音を立てて店の扉が開く


「いらっしゃいませ」


客が来たから反射的にいらっしゃいませと言う神埼。つくづく商売人だな、目付きなどは悪いが、その愛想の良さと知識は専門的な教育を受けた証だろう。つくづくこいつの生まれとかが気になるなと思いながら、やってきた客に視線を向ける。そこにいたのは知人の姿だった……


「アローじゃねえか。飯を食いに来たのか」


人間とほぼ同じ姿だが、背中に光り輝く銀の翼を持ち、白銀の軽鎧に身を包んだハルピュイアは眉を顰め


「その品の無い呼び名はいい加減に止めて欲しい物だな。私はアーリッシュ・クロム・グルンウィンドだ」


「名前がなげえよ」


そんな長ったらしい名前を呼んでられるかと言うとアローは仕方ない奴だと笑う。俺とアローのいつものやり取りだ


「初めまして、シルバーウィンドのギルド長のアーリッシュだ。君が神埼だな?」


「初めまして、神埼です」


調理場に近い椅子。俺の体格では座れないその椅子に腰掛けたアーリッシュは神埼と握手を交わす


「美味い飯を出してくれると聞いてな。何か……そうだな。鶏で何か作って貰おうかな」


見た目は品の良いお嬢様って感じだけど、こいつもがっつり肉食なんだよな……さて神埼は何を作る事やら


「鶏料理ですか……それなら鶏南蛮なんてどうですか?」


水とお絞りをアローに差し出しながらメニューを口にする神埼。アローはお絞りで手を拭いながら


「そう言われてもな。聞いた事の無い料理だから想像もつかない、一体それはどんな料理だ?」


「揚げた鶏肉を甘酸っぱいタレに潜らせて、タルタルソースと言う卵を潰したソースを掛けた料理です」


卵と聞いたアーリッシュが嬉しそうに笑う。アーリッシュは翼人種だが、卵や鶏を非常に好むのだ


「それは素晴らしい。ではそれを頼もうか」


「では少しばかりお待ちを」


そう笑って厨房に戻っていく神埼。もう帰ろうと思っていたが、アローがいるならもう少し残ってくか


「そうそう、ガイ。万年最下位脱出おめでとう」


「嫌味かこの野郎」


女に野郎は無いだろう?と笑うアロー。ギルド長同士で顔を合わせる機会も多い俺とアロー。俺達はそのまま、最近増えている魔獣や商人が探している薬草や鉱物についての情報交換を始めるのだった……





アローって言う名前はガイの口から何度か聞いていたが、まさか女性だったとは……完全に男だと思っていた。だが実際はメリハリのついた身体に女優と言っても違和感の無いほどに綺麗な女性だった……しかも名前にアローなんて無いし……しかしアーリッシュ・クロム・グルンウィンドか……どこかの名家の生まれみたいな名前だよなと思いながら、冷蔵庫から鶏胸肉を取り出し、1口大にカットしてから、酒を振り、塩・胡椒で下味をつけておく。肉を休ませている間に片手鍋に水と卵を入れて火に掛け、玉葱を半玉微塵切りにしておく。


「酒、みりん、砂糖、御酢、醤油……っと」


ボウルに今口にした調味料を全て大さじ2ずつ入れて混ぜ合わせる。これで鶏南蛮のタレは完成だ


「片栗粉と小麦粉っと……」


片栗粉と小麦粉を混ぜるのが俺の鶏南蛮だ。小麦粉と片栗粉を大さじ4ずつボウルにいれ混ぜたら、先に油の準備をする。鍋に油を入れて火に掛けて加熱しておく


「卵は茹で上がったか」


お湯を捨てて、水で卵を冷やす。手で持てる温度になったらまな板に軽く卵を打ちつけ、殻に皹を入れたら流水で洗いながら卵の殻を手早く剥き、包丁で荒く微塵切りにしたらボウルに入れて、微塵切りにした玉葱とマヨネーズ、味付け塩と黒胡椒。そして隠し味にからしを加えて混ぜ合わせる。


「良し、そろそろ仕上げるか」


先ほど酒と塩胡椒で下味をつけた鶏胸肉に薄くつける。菜箸を鍋の底につける、気泡が浮いてきたのを確認したら鶏胸肉を油の中に入れる。もうここまで来たら完成と言っても良いだろう、揚げ終わり浮いてきた鳥胸肉を穴あき御玉で掬い油を切ったら、フライパンに先ほど作ったタレを加えて加熱し、煮立たせたら揚げた鳥胸肉を絡める。そのまま少し唐揚げにタレが染みこむのを待つ間にキャベツを刻み、味噌汁とご飯を盛り付けておく


「良しッ!完璧」


最近生姜焼きしか作ってなかったからなあっと苦笑しながら、皿にタレが絡んだ唐揚げを盛り付け、タルタルソースを鶏南蛮の上に掛ける


「お待たせしました。鶏南蛮定食になります」


カウンター席で待っていたアーリッシュさんの前に鶏南蛮定食を置き、味噌汁とご飯はお代わり自由ですからと声を掛け、厨房の中へと引っ込むのだった……





茶色の良い香りのするタレに絡んだ鶏肉。そしてその上に掛けられている卵のソース……神埼はタルタルソースと言っていたな。それに白い何かと茶色の汁……この3つで鶏南蛮定食と言う奴なのか……


「ガイ。この白いのは茶色いのは何だ?」


「白いのは飯。味はほんのり甘い、多分鶏南蛮と一緒に食べるとあうんじゃないか?茶色いのは味噌汁、少し塩味が利いてて美味い」


それならとまず味噌汁とやらが入った変わった形の皿に手を伸ばす。これも嗅いだ事のない良い香りがする……中身は白い何かと野菜を刻んだ物の2種類とシンプルなスープのようだ


「ん……美味い」


だろっとガイが笑う。味わった事のない独特の風味だ……ガイの言うとおり塩味が利いている。なんと言うかホッとする味だ……これは一体なにで味付けをしているのか?そこが気になる。セントラルーズには無い調味料と言うのは確実なんだが……何なんだろうか?この味が気になるが、味噌汁を口にした事でこの鶏南蛮とやらに対する興味心が増し。調味料の正体よりも、この鶏南蛮の味に私の興味は移っていた。まずは卵のソースが掛かっていない肉をフォークで刺して齧りつく、サクっと言う小気味いい音と共に肉を噛む。私が驚いたのはその柔らかさだった……


(これは若鶏か……)


最初に感じたのは肉の柔らかさだ。一般的に鶏は卵を産む、だから市場に出るのは卵産まなくなった鶏は硬く、決して美味い物ではない。だから私達ハルピュイアやハーピーは柔らかい鶏肉を食べる為に狩に出るのだが……これは若鶏に近い味だ。噛み締めると適度に歯を跳ね返す弾力と、口の中に広がる鶏の脂……そしてそれらを包み込む甘酸っぱいは肉の脂に負けていないだけではなく、肉の味全体を良くしている……


「これは美味い」


あのコロッケの作り方をガイ達に教えた店と言うだけはある。コロッケよりも遥かに手が込んでいて、丁寧な仕事だ。セントラルーズの名店と言われる店でもこれだけの味を出す店は少ないだろう


「うん。この飯とやらも美味いじゃないか、ガイ」


「そうかぁ?俺は肉と一緒じゃないと味がいまいちな?」


噛みもしないで飲み込むからだろう?と笑う。この飯と言うのもゆっくりと噛んでいると甘みが出てきて十分に美味い、小さな皿に盛り付けられた野菜も塩漬けされているのかサッパリとした味が口の中に広がる


(次は卵のソースをつけてみるか)


鮮やかな黄色をしたソース。その中にある茹でた卵の白身から、恐らく卵を刻んで何かと混ぜ合わせたソースなのだろうと推測する。たっぷりと卵のソースと絡め頬張る


(これはッ!?)


タルタルソースとやらは酸味の利いたソースだった。元々酸味のあるタレに酸味のあるソース?と思ったのだが、卵の濃厚な旨味がその酸味を引き立て、そして鶏肉の旨味も更に引き出している。そしてソースの中に隠れている刻まれた野菜のしゃきしゃきとした歯応えとほんのりとした辛味……それが食欲をそそる。飯をゆっくりと頬張る、ガイは味があんまりしないと言っていた。だがこれは味の濃い料理と一緒に食べるという前提なのだろう、一緒に食べればその飯と鶏南蛮その両方の味を引き立てている


「飯に良く合うな、美味いぞ神埼」


厨房の中にいる神埼に美味いと賞賛する。ハルピュイアの名門貴族であるグルンウィンドの生まれである私でさえもこれほどの美食は味わった事がない……夢中で食事を済ませ、食後にと出された緑色の茶を口にする。やや苦味のある茶の味にほっと溜息を吐く


「良い腕をしているな。もしゼドに店を潰されたら尋ねて来い、雇ってやろう」


「おいおい!それならカタストロズに来い!」


これほどの腕を持つ料理人だ。ゼドとて認めるだろう、だから冗談で潰されたら尋ねて来いと言うとガイが冗談じゃないと叫ぶ


「店潰される前提で言わないでくれるか?」


「ふふ、冗談だ」


え?冗談なのか!?と言うガイに冗談に決まっていると笑う。これほどの腕を持つ料理人だ、ゼドの顰蹙を買わなければ間違いなく気に入られるだろう


「今度来るときは部下を連れてこよう。他にも鶏料理はあるんだろう?」


客が全然居ない。それはきっとゼドが気に入らなければ店が潰されるからだろう、ガイは大食漢だ。この男が常連では間違いなく赤字だろう……それ以外の客が来るように部下を連れてこよう。他にもあるんだろう?と尋ねると神埼は


「ええ、唐揚げや、水晶鶏、それに焼き鳥みたいな物も出来ますよ」


ぽっぽっと料理の名前を口にする神埼。私の問いかけに即座に返事を返す、考えたり思いだす素振りも無いと言う事は自分の店で出せる料理を全て把握しているという証拠だ


「それは楽しみだ。ではな神埼」


金貨を1枚カウンター席に置いて立ち上がる。神埼が慌てた様子で


「南蛮定食は銅貨3枚ですよ!?」


「気にするな。私の気持ちだ」


私を追いかけてこようとする神崎を無視して翼を広げ、空へと舞い上がる。1度払った物を返されるほど情けない事は無いし、何よりも繁盛していない店だ。多少多く貰ってラッキー程度に思えばいい物を……ギルドに戻るまでゆっくり空の上を飛びながら私はそう呟くのだった……




参ったな……机の上の金貨を見てどうするかあっと呟く。銅貨3枚の料理に金貨を払われてもなぁ


「アーリッシュは貴族の生まれだからなあ。良い物にはいい値段をって良く言うんだよ、ありがたく貰っとけよ」


「ぼったくりだ」


ガイはそう言うが、俺からすればぼったくりでどうしたものかあっと呟く。この異世界と俺の世界の換金事情は良く判らないが、確実に1万クラスだろうなあ……


「まーいいじゃねえか。繁盛してない店なんだからよ」


「うるせえ」


これから繁盛するんだよとガイの言葉に反論すると、そうだと良いがなとガイは笑い。しょうが焼き定食の対価の銅貨3枚をおいて立ち上がる


「あ、そうそう。これから多分ギルド長の連中がちょくちょく見に来るぞ?」


「え?なんで」


ガイの思い出したという感じで告げられた言葉になんでだ?と尋ねるとガイはにかっと笑いながら


「万年最下位の俺のギルドの出し物を一躍トップにしたからな。あちこちのギルド長がお前と橋渡しを作ろうと思ってくるぞ?アーリッシュみたいにゼドに潰されたら自分の所の料理人に引き抜こうとして」


だからなんで俺の店が潰される前提なんだよ!!そんなにゼドの味覚審査は厳しいって言うのか……


「ゼドに気に入られれば、ギルド長の連中が部下に紹介してくれるだろうし、ま、暫く苦しいと思うが頑張れや」


じゃあなと笑って出て行くガイの背中を見送り、俺は手の中の金貨をレジに入れてびくびくしながらレジを開いた


「……嘘だろ」


そこにあったのは諭吉さんが3枚……え?金貨1枚で諭吉さん3枚なの……?どういうレート?と言うか600円の鶏南蛮定食に対してもらいすぎだ……今からでもアーリッシュさんに帰しに行こうかと思ったのだが……


「ギルド長かぁ……」


これから尋ねてくるぞ?と言っていた。もしもガイみたい大食漢が大勢で来たら……俺はレジの中の3万円を見つめて


「すんません。借りときます」


今度店に来てくれたらサービスするんでと呟き、アーリッシュさんから貰った3万円で材料を買い足す事に決めた


「ココガカンザキカ?」


「い、いらしゃいませ」


ガラリと戸を開けて入ってきた半魚人に俺は引き攣った声でいらしゃいませと口にし。半魚人はカウンター席に座り


「ウマイサカナ。オレ、クイタイ」


片言で喋る半魚人にわかりましたと返事を返し、俺は再び厨房へと足を向けるのだった……なおこの後には、ライオンの頭の獣人や、何とも言えない異形が3人ほど訪れて、それぞれ飯を食い終わった後にゼドに店を潰されたら是非家のギルドへと熱心に俺を誘い、値段が違うと言っているのに無視して銀貨を3枚置いて去っていくのだった……




メニュー5 アイスクリーム



今回はやや短めとなりました。次回はその分少し多めにしたいと思います、料理を書くのは難しいですが書いていて面白いのでこれからも頑張ろうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします


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