おまけ:眠れるリコリス
窓から差し込む光に柔らかさと暖かさを感じる中、本をめくる音だけが部屋に響く。
「ふぅ」
集中力も切れてしまったか。
窓からの光や本の音に気を取られるのがいい証拠だ。
今まで読んでいた本の表紙を見る。
タイトルは『粒子論』。
世界の全ては小さな粒子から出来ているという趣旨の論文だ。
前に読んだ『弦理論』と同じジャンルのものだが俺はこっちの方が好きだ。
どちらの主張が正しいかはわからない、ただこちらの方が好きだと思う。
中々に面白い本だったが、続きはまた後で読むか。
本にしおりを挟み、小さくため息を吐く。
そこでふと気づいた。
"俺の"本をめくる音しか聞こえなかったな。リコリスも本を読んでいたはずなのに。
いつの間にかリコリスの音がなくなっていることに少しばかりの疑問が湧いた。
視線を本の表紙からリコリスの座っている椅子に向けると、読んでいたはずの本だけを残してリコリスは消えている。
用事でも思い出して帰ったのか?
それなら声を掛けてくれれば良かったのに、気でも使ったのだろうか。
本だけを残して?
辺りを見回してみると、ベッドの上で行儀よく仰向けで眠っているリコリスが見えた。
今まで気付かなかったが耳を澄ましてみると、すぅすぅと寝息を立てている。
まったく、こいつは。
少し何か言ってやろうかと思ったが、気持ちよさそうに眠る姿を見て、その吐き出そうと思った言葉は出口を見失う。
まあ、少し位いいか。
先ほどの『粒子論』をもう一度開こうと持ち上げて、やめる。
一度切れてしまった集中力はすぐには戻りそうもなかった。
本を読むのは諦めて、リコリスを見る。
相変わらず気持ちよさそうに眠るリコリスが居た。
そんな静かに上下する胸を見て、少しよこしまな考えが湧いた。
起こさないように椅子を持ち上げ、ベッドのすぐ傍に下ろす。
そしてその椅子に座り、寝入るリコリスに手を伸ばす。
ふに。
触れた白い頬が微かに沈む。
指を離すと押し返すようにへこんだ頬も戻る。
まるで、いつか食べた饅頭とかいうお菓子のような柔らかさだ。
それがおかしくて何度も触れる。
「ジェイルさん……?」
頬を押したり撫でたりしていると寝ていたはずのリコリスが薄く目を開けていた。
今ので起きてしまったようだ。
「あ、いや、寝ていたから……」
咄嗟に出た言葉は、言い訳にもならない言い訳。
「?……お出かけ、ですか……?」
「いや、大丈夫だから寝てていいぞ」
リコリスは俺の言葉に小さく頷くと、再び眠りに落ちていった。
よかった。寝ぼけた頭には下手な言い訳も気にならなかったようだ。
寝入った事を見届けると、そっと手を伸ばし額に張り付いた髪をなでるように横に流す。
寝ているはずのリコリスが微かに笑ったような気がした。
今一度本を開き、読書に戻る。起こさないように静かに。
文字に視線を落とし本をめくる。
静かに、静かにと意識しながら本をめくるとやがてその音も気にならなくなっていた。
窓から差し込む光の柔らかさと暖かさも気にならなくなってた。
元は後日談にあったものですが、おまけとして移動しました。




