第21話:一人前
護衛二日目の昼過ぎ。
人の手の入っていないはずの草原。
集まるように生える木々や草々にどこか規則性を感じる傍ら、前方に怪しげな茂みを見つけた。
小さな丘の地面の起伏と合わせて獣が隠れるには絶好といった地形。
嗅覚の鋭いとされる馬にはなんの反応もないが、どうも気になる。
「すみません少し止めます」
「どうしました?」
怪しげな茂みから離れた位置に馬を止めると、お抱えの人も馬車から降りてくる。
その手には短槍。
「あの茂みが気になりまして」
指で場所を示す。
「確かに気になりますね」
「ジェイルさん、こういう場合はどうするんですか?」
「これを使う」
リコリスの言葉に鞄からY字型の投石器を取り出す。
「……ほう、そんなものまで」
「なんですか? それ」
お抱えの人の関心したような声と不思議そうなリコリス。
「これはスリングと言って石を飛ばす弓みたいなものだ」
攻撃面では弓矢の方が圧倒的にいいんだが、これは持ち運びが便利なのと弾が石でいいから気軽に使えるのがいい。
殺傷力も低いが皆無でもないので、こういった炙り出したい場面などではとても重宝している。
「これであの茂みに石を飛ばすぞ。もし魔物がいたら飛び出してくるから準備をしておけよ」
そうリコリスに伝え、手頃な石を探す。
草原は基本草と土ばかりだが、石くらいはすぐに見つかった。
この辺に出てくる魔物ならこれだけの距離があれば大丈夫だろう。
あまり馬車に近すぎると魔物と接触した時に馬が怯えてしまうが、逆に馬車から遠すぎると何かあった時に対処できない。
そのバランスを見極めながら立ち位置を決める。
リコリスを後ろに控えさせ、お抱えの人は馬車の傍、もしも馬が怯えて走り出してしまった時には飛び乗り、おとなしくなったら戻ってくる手筈だ。
合図を送ると狙いを定めて石を放つ。
石は手で投げるよりもずっと速く、まっすぐ、目的の所へ向かい飛んでいく。
石が茂みに刺さるように吸い込まれていくと、弾むように猫科の魔物が飛び出した。
――しまった、速い、ミーアパンサーだ。
予想外に出てきたランクCクラスの魔物に緊張が走る。
まずい、位置が悪い、この速さだと距離が足りない。
馬車から引き離す前に接敵してしまう。俺のミスだ。
素早く剣を抜き、魔物に向かい走り出すが少しだけ足りない。
しかし、他に選択肢もない。
「『ポール』!」
そんな中、リコリスの声と共に地面から土の柱が伸びる。
ミーアパンサーはその柱にぶつかる事はなかったが、避けたことで勢いが削がれた。
最高だ――。
勢いが止まったことで時間に余裕でき、馬車から引き離すことが出来た。
§
「リコリス、よくやった。お前のおかげで馬車に危険を晒すことなく戦えた。ありがとう」
「よかったです。教わったのはいいんですが、まだ失敗しちゃうことも多くて」
おそらく前に俺があると嬉しいと言った時から教わり始めたのだろう。
あれからまだ時間も経ってないからちゃんと覚えるには時間が足りなかったはずだ。
それでも成功させてくれて嬉しかった。
他の魔法じゃおそらくダメだったろう。
「ブラウンさん、やりましたね。感心しました」
「ど、どういたしまして」
お抱えの人もリコリスを褒める。
『ポール』の件以外でもリコリスはよく動いてくれた。
火を見せ調子を狂わせたり、光を使い視界を奪ったり。
お嬢さん呼びから名前で呼ぶようになったのは認めた証拠だろう。
自分のことではないが、俺も少しだけ嬉しくなった。
「当面の危機も去りましたが、気は抜かずに先を急ぎましょう」
「はいっ」
§
護衛三日目。陽も傾き出し、夕日に変わる少し手前。
ミーアパンサー以降、目立った問題も起こらず町に着いた。
時間的には予定通りだ。
この調子ならあと数日で目的の町に着くだろう。
とりあえず一日はここに滞在して明日立つ予定だ。
貴族とお抱えの人はこの町のお偉いさんの所に宿泊するらしい。
俺たちも一緒ではないがそこそこいい宿を取ってもらった。
「今日のリコリスは大活躍だったな」
「本当ですか?」
「自分でもわかるだろう。クエストでリコリスに助けられたのは初めてだよ」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
まだ早いと思っていたけど本格的にランクCも視野に入れてもいいかもしれない。
ミランダの目は正しかったというわけか。俺よりも。
「ああ、ようやく見つけました」
リコリスと話をしながら町を歩いているとお抱えの人に呼び止められる。
大きな町では無いが探すとなったら大変だろうに、息を切らして苦しそうだ。
「旦那様がお待ちです。どうか此方へ」
§
呼び出された場所は豪華なお屋敷。
リコリスは可哀想な位ガチガチで、俺も流石に緊張している。
「やあ、呼び出して悪かったね」
「いえ、御用とあらば」
いったいなんの用だろう。
流石にこんな所に呼び出されるような事はしていないと思うんだが。
「ああ、屋敷の主人には席を外してもらっているよ。彼には関係のない話になってしまうからね」
ということは、おそらく護衛での話なのだろうが、何か問題があったのか?
ミーアパンサーの不手際で解雇か? リコリスのおかげで挽回はできたと思ったんだが。
「それで話なんだがね。実はこの町にしばらく滞在することになってしまったんだ」
「そうなのですか?」
「ああ」
そういう話だったか。
だとすると護衛の方はどうなるのだろう。
「それで護衛の方なんだが」
やはりその話のようだ。
「ここまでの依頼とするか。もしよければ私達と一緒に滞在して、そのまま護衛を続けるか選んで欲しい」
そうきたか。
俺としてはどちらでもいいんだが、リコリスの事を考えたら断りを入れるべきだろう。
今はうまくいってるが精神的な疲労を考えると休ませた方がいいと思う。
ここからは目的の町までの数日、寄れる所はないからな。
「それで、護衛を続ける場合そちらが良いと言ってくれるなら、是非町まで同行して私に仕えることも考えて欲しい」
段々話がでかくなってきたぞ。
流石に予想外だ。
どうする? 貴族に仕えたら家を買うという夢も一気に近づくだろう。
地位も得ることができる。
リコリスだってその方がいいだろう。
その未来を想像してみる。
貴族に仕え、リコリスやお抱えの人と一緒にこの温厚な貴族を守る生活。
――なるほど、考えるまでもないな。
「申し訳ありませんが、私はピースガーデンの町でやることが御座いますので、このお話をお受けすることはできません」
俺が一人で居た理由を思い出した。
そもそも、そんなことが出来るなら俺は今頃騎士を続けていた。
リコリスには悪いが俺には無理だ。
「お嬢さんの方はどうだい?」
「わ、私は……ジェイルさんと一緒に居たいです」
リコリスもはっきりと断った。
そこで俺の名前を出すのはいいが「一緒に居たい」はすごく照れる。
「そうか……わかった。それならこの話はなかったことにしよう」
「折角のお話、申し訳ありません」
「いや、いいんだ。なかったことにすると言ったが、もしもその気になったなら私達の所に来るといい。いつでも歓迎するよ」
「有り難きお言葉」
「あ、ありがたきお言葉」
随分と買われたものだ。
この話の感じからだとリコリスも俺のおまけということではないだろう。
先行投資的な面はあるだろうが。
「さて、そうするとここでお別れだが。これは此処まで分の報酬とキャンセル料と、それとこれは感謝の気持ちだ」
そういって渡された金は当初の報酬よりだいぶ多い金額。
流石に少し申し訳なく思ってしまう。
しかし、貴族には貴族の面子というものがあるので、この報酬にまでケチを付けることはしない。
「有難う御座います。それでは私達はこれにて失礼します」
「あ、ありがとうございました。失礼します」
§
「どうしましょうジェイルさん。私こんなに頂けません」
屋敷を離れるとリコリスは困惑の声を上げる。
それは俺もさっき思ったし気持ちはわかる。わかるけど。
「ありがたく受け取っておくといい。あの人は俺たちの仕事にこれだけのお金を払ってもいいと思ったんだ。俺たちはただ感謝だけすればいい」
「……そう、ですね。わかりました、このお金は大事に使わせてもらいます」
それがいい。
そうやって喜んでもらった方があの貴族も嬉しいだろう。
「それにしても、リコリスもクエストの報酬以外に謝礼をもらうようになったか」
まだ冒険者になってから二ヶ月ほどだろうに。
「なんだかすごいです」
「そうだな」
二ヶ月前。
ワイルドモンキーに怯えて座り込んでいた少女。
あれからまだ、たった二ヶ月。
もちろん冒険者として足りない部分は山ほどある。
本来の意味からは外れるかもしれないし、異を唱える人もいるだろう。
それでも。
「リコリスも、もう一人前だな」
「私が、ですか?」
「ああ。もちろん足りない所はまだまだあるが、俺から見たらもう一人前だ」
「一人前……」
依頼者に認められたこと。
今までのクエスト。
ミーアパンサーでの一件。
間違いなく一人前だ。
「あの、ジェイルさん。それなら私、お願いしたい事が一つだけあるんです」
「お願い?」
「はい、お願いです」
一人前になったリコリスのお願い。
あまりに突飛な内容だったら断るが、少しくらいなら聞いてもいいか。
「手を、繋いでもいいですか?」
「手を?」
「はい、手です」
どういったのが来るだろうとあれこれ少し考えたが、そのどれとも違った。
きっとリコリスの中にだけ答えがあって、考えてわかるようなことじゃないんだろう。
甘えるとか、そういうのとは違う、少しだけ真剣なリコリスの目が気になった。
「いいぞ、ほら」
「はいっ」
繋いだリコリスの手。
俺のような無骨な手と比べると随分小さくて柔らかい。
別に、その位しか感想は浮かばなかった。
恥ずかしいとも思わなかった。
§
手を繋いだ俺とリコリスはさっきの続きとばかりに町を歩く。
屋敷に居る間に空もすっかり朱くなっていた。
「クエストがここで終わってしまったということは、ガルバン達はどうなるんだろうな」
「あ、どうなんでしょう」
「流石にまだ出発はしてないと思うし、声を掛けていくか」
「そうですね。帰る時はご一緒できたらいいですね」
道中はミーアパンサーなんてのにも絡まれたし、ひとこと言ってやろう。
処理が甘いんだよ、って。
「ジェイルさん」
「なんだ?」
「これからもよろしくお願いしますね」
「そうだな」
「はいっ」
そうだな。
ガルバンの言う気安い関係になったかどうかはわからないが、一緒に居ても苦痛じゃない事は確かだ。
それならこうして手を繋ぐのも悪くないだろう。
物語的なお話はここで終わりです。
一話だけおまけを挟みまして、残りは後日談になります。気持ち的には後日談が本編です。




