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第19話:独りの男

「リコちゃん。はい、これクエストの報酬ね」

「ありがとうございます」


 報酬を受け取ると丁寧にお辞儀をするリコリス。


 もう冒険者になってからそれなりに経つというのに随分と律儀なもんだ。

 いつ見ても、荒々しさが売りの冒険者とは思えない。

 しかし、荒々しいリコリスは見たくない。



「リコちゃんもランクDにだいぶ慣れたわね」

「はい、もう大丈夫です。緊張もしなくなりました」


 モア・エミューなんかをしている頃は緊張してばっかだったからな。

 クエストに連れていくのが気の毒になるくらいに。


「沢山クエストしたもんね。ヌメロン・トードから始まって、モア・エミューでしょ?」

「はい。大王蜂の駆除や沢キノコの収穫、廃坑の調査もしました。あと、鹿にワイルドボアも狩ったりもしました」


 他にも森の入口に出たはぐれのハウンドドッグに、陸プレコの討伐もしただろう。

 こう考えてみると結構やったもんだ。



「この調子ならそろそろランクCをやってもいい頃かも」

「本当ですか?」

「ほんとうほんとう。あ、ただしロックガードさんと一緒じゃないとダメよ」

「流石にまだ早いんじゃないか?」


 ちらりとガルバンがいつも座っている席を見る。普段なら居るのに今日に限ってガルバンは居ない。


 もし、ガルバンが居たらなんて言うだろうか。

 俺と同じでまだ早いっていう気がする。



「ガルバンさんは今日はいませんよ?」

「居ないのは知っている」

「ガルバンさん、今日はお出かけでしょうか」


 俺の方を見て言われても困る。

 俺だって今さっきリコリスとクエストから戻ってきたばかりんだから、ガルバンの行動予定なんて知らないぞ。

 今度結婚するっていう相手の所にでも行ってるんじゃないか?

 


「ガルバンさんはギルド長と一緒に町のお偉いさんの所に行きましたよ?」


 どうやらミランダは知っているようだ。


 それにしてもギルド長と一緒に呼び出しか。

 と、いうことはもしや久々のランクAか?


「ランクAってやつですか?」


 俺と同様、リコリスもランクAという言葉にたどり着いたようだ。

 ランクDまでしか経験のないリコリスは未知のランクに少し神妙な顔をしている。

 そういえばランクAはリコリスが来てからは初めてだな。


「ランクAとはいえ町に異変も感じないしランクBと同程度か、それよりも低いランクのクエストになるんじゃないか?」


 なんて言いつつも、町の偉い人に呼ばれたと言う点が気になっていた。



「リコちゃんにはきっと関係のないお話よ。安心していいわ、何かあってもお姉さんが断ってあげるから」


 またミランダのリコリス贔屓が始まった。


「やっぱりリコリスにランクCはまだ早いようだな」

「大丈夫です。ジェイルさんと一緒なら怖くないです」

「ですって」


 なんだよその意味深な視線は。

 ……まったく。


「俺と一緒なら大丈夫、なんて言ってるうちはまだまだだ。誰と組んでもやれるようじゃないと半人前からは抜けられないぞ」


 なんて偉そうなことを言ってみる。


「……」

「……」


 静まる二人。

 なんだよ二人して。


「それをロックガードさんが言いますか」


 うるせえ。

 どうせ、俺は誰とも組まない一人ぼっちだよ。

 今はリコリスがいるが、それも普段ならありえない状況だ。



「おう、どうした? またジェイルがふくれっ面してるぞ」


 またって言うな。

 というか戻ってたのか。

 様子からするに、どうやら呼び出しも重苦しいものじゃなかったようだ。


「いや、大したことじゃない」

「そうか?」

「そうだ」

「そうか……。なあジェイル、ちょっといいか?」



§



「どうした? ギルド長と一緒に呼び出された件か?」


 夜が近づく町をガルバンについて歩く。

 連れ出したってことは他人に聞かれたくない話なんだろう。

 さっきは重い話じゃないと思ったが、もしかしたら結構重い話なのかもしれない。




 口数少ないガルバンに続き、着いた場所は以前相談した時と同じ赤い屋根の酒場。


 つまりあの時の件か、リコリスに聞かれたくないわけだ。

 そういう話なら俺も覚悟を決める必要がありそうだ。


 店に入ると中はまだ空いていた。

 当然か。夜は近いがまだ夜じゃない。

 人が酒場に来るのはもう少し後の時間だろう。


 席に案内され、注文を伝えるとガルバンは雑談も交えず本題を切り出した。



「単刀直入に言うぞ。リコリスの嬢ちゃんを引き取ってもいいって言うパーティが見つかった」


 やっぱり、その件か。



§



「メンバーは15歳から18歳の4人の若いパーティだ」


 俺が何も答えずに居ると、ガルバンがそのパーティの情報を色々教えてくれる。

 俺はこの場に至ってもまだ決心が出来ずにいた。


「男2人と女2人の別々のパーティだったんだが、ランクCに上がるときにパーティ同士でくっついたよくあるパーティだ」

「ああ」


 俺には無縁だったが確かによくあるパーティだ。


 ランクDは2人か3人で出来るが、ランクCに上がるとそれでは不安が出るのでメンバーを増やす必要がある。

 そんな時はあぶれている奴を数人入れるか、パーティ同士が合流する。


「本当は相談された時からこのパーティなら平気だったんだがな」

「リコリスが育つのを待ったんだろう?」


 その位は聞かなくてもわかる。

 ガルバンの自分のパーティには引き取れないと言った時と同じだ。



「嬢ちゃんには俺の方から言ってやろうか?」

「いや――」


 大丈夫。大丈夫だ。

 今、ようやく覚悟が決まったよ。




「パーティは続ける。リコリスともうしばらくやってみる」

「ほう? 少し意外だったな」

「そうか? ガルバンは俺とリコリスがパーティを組むのに賛成だと思ってたんだが」


 なんとなくミランダと一緒に焚きつけるような態度をとっていたし。



「ジェイル。お前、気楽なのが好きだろ」

「ああ。一人で居るのは楽だからな」


 一人で居ることを苦痛に思ったことはないし、リコリスと組むって決めた今でもそう思っている。

 でも、きっとそれだけじゃダメなんだろう。


「そうだな。だが一人でも楽しいと思うことはあるだろうが、人ってのは人といる時じゃないとなかなか笑えないと思うんだよ」


 少し前の自分を思い出す。


 ――そう、かもしれない。

 確かに本を読んでる時など楽しい事はあるが、最近で笑ったのは思い出す限りリコリスといる時だ。


「だから、一緒に居ても気楽で居られるような気安い相手が居ればと思ったんだ」

「その気安い相手とやらがリコリスか」


 どうりで俺とリコリスの仲を押すような真似をするのかようやくわかった。

 俺が独りで居ることを気にかけていたのか。

 ガルバンの立場と性格なら気になってもおかしくないが。



「まあ、ヌメロン・トードの時に諦めたんだがな」

「そうなのか?」


 だからさっき意外って言ったのか。


 しかし、何故ヌメロン・トードで?

 あのクエストはガルバンも賛成してただろうに。

 

「見栄を張らなきゃいけない相手と居ても気楽じゃないだろ?」


 そういうことか。

 確かにリコリスと居る時は気を使うこともある。

 けど、今はそれも嫌じゃないと思う。


「なんにせよジェイルが嬢ちゃんとうまくやってるならいいんだ」

「うまくいってるかどうかはわからんが問題は起きてないな」


 リコリスも気安くなってきたし、俺もそれを受け入れてる。

 きっとそれがなかったらパーティを続けようとは思わなかった。



「それで話は変わるんだが」

「まだあるのか」

「ジェイル、お前嬢ちゃんとクエスト受ける気ないか?」


 それはつまり、先ほどガルバンが呼び出された件か?

 まさかランクAを俺達が?

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