エピローグ
俺はサッカーボールを蹴った。軟弱なキーパーは、ボールの勢いに慄いて、逃げた。
「おい、吉沢てめぇそれじゃキーパーの意味無いだろ!」
そう怒鳴ると、吉沢はてへへというように、後ろ頭に手を回した。
今日は、大学のサッカーサークルの練習日だ。と言っても、メンバーのほとんどは私語ばかりしていて、マトモにサッカーをしているのは、俺と吉沢の他に数名の後輩だけだが。
転がって行ったボールを取りに走ると、たけはるー、と俺を呼ぶ声がした。心を浮き立たせる声だった。
ボールを抱えたまま、声の主である夏月さんのところへ駆けた。
「どうしたんですか? こんなとこに」
「ちょうど、近くまで来てたから、迎えに来ちゃった。もうすぐ終わるんでしょ?」
「はい、すぐにでも行けます」
「かとー! そこのおねーさん誰だよー!」
叫びながら、吉沢と他数名が走ってきた。私語集団は、気づいてもいない。
「俺の彼女」
そう言うと、夏月さんの体が、ぴくりとした。年上であるのを、気にしたらしい。
「え! マジで! 彼女、年上なん? 話聞いてたら、同い年か、年下かと思った」
「働いてるって言ってなかった?」
「いや、バイトか、高卒かと」
しげしげと眺める吉沢をハタき、俺、もう行くから、とボールを投げた。吉沢は、先輩に伝えとくわ、と言って後輩達と共に去って行った。
「一体、私のどんな話してんのよ」
俺たちは、ゆっくりと駅までの道を歩いていた。夏月さんは、俺を軽く睨んだ。
「大して何も話してませんよ。すげぇ可愛いんだぜー、ってだけですから」
「やめてよ恥ずかしい!」
だって事実じゃないですか、と言いつつ頭を撫でると、夏月さんは顔を火照らせた。
「これから、夏月さん家、行ってもいいですか?」
「……いいよ」
恥ずかしがって顔を逸らす夏月さんを、今すぐに抱きしめたくなったのを抑えて、俺は手を伸ばし、夏月さんの赤い頬に触れて、笑った。そして、耳元に口を近づける。
「可愛いよ、夏月」
夏月さんは、痛くないくらいの強さで、ばしばしと俺を叩いた。俺は幸せな気持ちになった。
また今年も、過ぎ去ろうとしている。俺が初恋を捨てた、春という季節が。そして、だんだんと迫って来ている。俺を愛してくれる人に出会った、夏という季節が。