原西吉哉2
――今時のヤクザってなんの仕事してんだろーな。オレオレ詐欺?
そんなことを考えながら、目の前のしきりになにか喋ってる男を眺める。どこに売ってんだそんなんっつーぐらいド派手なシャツの上に黒スーツを着たチビのおっさんだが、これでも堅桜会っつーヤクザの一員らしい。つったってどれぐらいすげぇのかはわからんが。
リゲラにいたとき二回顔合わしたことがあるだけで、知り合いってほどのもんでもない。それが何故か今、ちょうど道で出くわしたからって話し相手にされている。
「原西。俺はお前買ってんだよ」
おっさん、真中は俺の肩に手を置いた。
「はぁ」
「見りゃわかる。お前は喧嘩してねぇと生きていけねぇ奴だ。ぜってぇまともに会社通うとかできねぇ。そうだろ? 根っから拳振るうのが好きなんだ。だからな、卒業したらうちの組来い。いくら最近は武闘派はなりを潜めたっつっても、結局はこの世界、どうしたって暴力がいる。お前にゃうってつけだと思うぜ」
「そうかもな」
何が言いたいんだ、こいつ。
適当に相槌を打ちながら、俺は胡散臭げに真中を見た。
確かにこいつの言ってることは正しい。俺に会社勤めとかは無理だ。バイク屋を継ぐことになってる薙に一緒にやろうと誘われたけど、客商売って時点でやれる気がしない。かといって工場も多分無理だ。物壊さずにいられる自信がない。
やくざとか街で見かけっとうぜーなと思うことはあったが嫌悪感あるわけじゃねーし、入ってみりゃイケんじゃねぇのって気もする。
が、どうもこのおっさん、ただ俺に唾付けとくってだけで話しかけてきたようには見えねんだよな。
「で、だ」
真中はにやりと笑い顔を近づけてきた。顔の皮膚にぼこぼこ穴があいててキモい。それ以上近づいたら殴んぞ。
「ちょっと教えて欲しいことあんだよ。ほかにお前みたいに血気盛んな高校生知らねーか」
「はぁ? いっぱいいんだろ」
「お前のチームにはな。そうじゃなく、ほかのチームはどうなんだ」
「さぁな。強ぇ奴はいっけどヤクザにスカウトされるたまじゃねーよ」
神国のメンバーを思い浮かべて、言う。あいつらは結構いい学校行っていいこちゃんやってっから卒業後も進路に困ることはないだろう。就職ってか進学だろうし。
HADのメンバーは何人かヤクザ入りしたがるかもしれないが、あいつらバカだからどうせチンピラ止まりだ。俺と違って絶対に喧嘩以外無理って訳でもないんだから、左官にでも弟子入りさせた方が為になる。
「あ、でも」
ふ、と逆立った金髪の男を思いだした。
「うん?」
「遠藤は例外かもなーあいつ小学校しか出てねぇって聞いたような」
「へぇ。強いのか?」
「それなり。スイッチ入ると獣」
「おもしれーな」
真中は嬉しそうに笑った。なんだ、マジでただのスカウト目的なのか?
用は終わったみてーだし、ブサイクがにやにやしてんの見る趣味はねぇから、じゃあなっつって俺は真中から離れた。
「おもしれーよ」
後ろから繰り返す声が聞こえる。んだよ気味悪ぃな。変な奴だ。
少なくともこいつがいる組には入んねぇようにしよう、と思いながらまた空き地を目指して歩き出す。
お、ここもいいじゃん、公園だよな? 鉄棒が一本ポツンとあるだけなせいか、ガキの姿は全く見当たらない。滑り台とか置かねぇのかよ。まぁ俺には都合いいけど。
あ、でも先客いるわ。しかも俺と同類っぽい。みんな考えることは同じだな。
「そんでさぁ、そいつ三森に指折られて」
「マジ? 俺それ都市伝説みたいなんかと思ってたわ。そんな奴実在するんだ」
「お前、マジ気ぃつけろよ、三森甘く見るとヤバいぞ。つーか都市伝説と言えば瀬田さん、」
「あぁ、な! 瀬田さんって人が実は神国のリーダーなんだって?」
「俺全然見たことねぇんだけど。そんなリーダーいるかよ」
四、五人の男たちがモク吸いながらくっちゃべっている。少し離れた場所で見てる金髪の男は遠藤っぽい。
三森ってあの、悪魔かってぐらいえげつねぇ攻撃すんので有名な三森か。HADにも何人かあいつに病院送りにされた奴らがいる。顔は可愛いが、胸ねーしあんなこえー女俺なら無理だな。つか橋間は俺に弱い者イジメすんなとか言うくせに、三森は許してんのか? 基準がわかんねぇよ。
「なぁ三森ってさ、その瀬田って奴の女なんかな」
「あぁありうる! ちくしょー、三森ガード堅すぎなんだよな! あいつ常時メリケンサックと改造スタンガン持ってんだぜ」
「彼女にすんのはヤだけど一回ヤりたいよなぁ」
「なぁ遠藤、お前どう思ーー」
言いかけた男の顎を強烈な打撃が襲った。遠藤のスパイク靴に蹴り飛ばされたのだ。
「……瀬田さんはそんなことしない」
地を這うような低い声は、気絶した男の耳には届いてねぇだろう。代わりに周りで一緒に騒いでいた仲間が震え上がってる。
「わ、悪かったって、瀬田さんは三森なんか相手にしないよな! な!」
一人が焦った素振りで必死にとりなそうとしてるが、美木は冷たく一瞥しただけで何も言わなかった。
――いいな、あいつ。しかもめっちゃキレてんじゃねぇか。今仕掛けたら絶対おもしれぇことになる!
しかし一歩踏み出したその時、ズボンのポケットに突っ込んでた携帯が鳴りだした。
「っんだよ切……ちっ」
久遠か。こいつのは切るわけにいかねぇ。
「なんか用か!」
「るせー……。今三年が攻めてきてんすよ。HADが勝つと思うけど原西さん呼んだ方がいいかと」
「くそっタイミング悪ぃな!」
うちの三年は中々歯応えある奴らが揃ってる。数を考えればまずHADが勝つだろう、けど久々に目一杯やり合えるチャンスをみすみす逃すのか!? ちくしょう、遠藤も今すげー良い感じなのに! どっちを選べばいいんだ俺は!
しかし顔を上げ見ると、遠藤はもうこの場にはいなくなっていた。奴の仲間たちが何人か地面に倒れているだけで、あの強烈な眼と逆立った金髪はどこにも見当たらない。
ちっ、惜しいことした。
まぁいい、これで迷う必要はなくなった。
「すぐ行く。俺がつくまで終わらせんなよ!」
「はいはい」
めんどくさそうに答える久遠に「ぜってぇな!」と念押しし、学校に戻るべく走り出す。
三年の屈強な奴らを思い浮かべ、ぐわん!と湧き上がる興奮に舌なめずりをした。




