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魔法少女は信じちゃいけない  作者: 夜光始世
第三章★桐津羽衣児
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桐津羽衣児5


 ……げ。

 大道路の数メートル先に見えた見覚えのある可愛い顔だちと髪型に、思わずくるりと踵を返す。

 電話を掛けまくる作業にもひと段落ついたので、ちょうど逆ナンしてきた女とホテルに行き事を済ませ、あとは帰って寝ようとしていたところだった。

 が、無駄に健康体な知り合いは視力も抜群に良く、「あ、ハイジ!」普通に声をかけてくる。さすがに無視はできないのでにこやかな笑顔を貼りつけて振り返った。

 駆け寄ってきたのは、茶色のダッフルコートとスキニ―ジーンズでも野暮ったく見えない爽やかな系美少女だ。外見だけなら。

「三森ちゃん、奇遇だねぇ」

「そうだね。今さ、神楽東小学校の裏手で制裁してきたとこだから、行かない方がいいよ」

「あ、うん。わかったぁ」

 別に元々行く用事はなかったが、絶対ふらりとでも行かないようにしようと決意する。三森の制裁はヤバい。ちょっと喧嘩慣れしてるぐらいじゃ太刀打ちできないグロさだ。いっつもくっついてる佐上はよくあれに耐えられんな。

 そういえば今は、あ、やっぱ佐上も一緒だ。目立たないうえ三森の後ろにいたから気付かなかった。背は佐上のが高いんだけど、存在感が薄い。お互い目礼して済ませる。

「ハイジは……また女の子かー。香水の匂いがする」

「あー。俺も香水つけてるよぉ?」

 こんな甘ったるい匂いのやつじゃないが。

「ハイジがつけてるやつとは違うでしょ。別に責めてるんじゃないよ、私自由恋愛にまで口出さないもん。ハイジは女の子利用したり貢がせたりしてないからね。でも一人に決めたらどうかな、って思うけど」

「はは」

 そうだね~、じゃ、と早々に別れを告げようとしていると、三森に腕を掴まれじっと見上げられた。相変わらず目力すげぇ。

「ハイジってさぁ、私のこと避けてる?」

「えぇ? そんなことないよー、みもりんかわいーし」

「みもりん?」

「あやのんのがいい?」

「どっちもやだ。普通に呼んで。ねぇ、でもやっぱ避けてるでしょ。ていうか苦手に思ってる感じ」

「……うーん。俺って言うか、三森ちゃんの方が苦手なんじゃない? 俺のこと」

 こんなチャラチャラしててさ、と苦笑してみせる。問いかけに問いかけで返すのはズルいが、はっきり苦手と認めるよりはましだろう。

 そうだよ、俺はこの子が苦手だ。というより怖いんだよな、ぶっちゃけ。

 そりゃ相手は女の子だし本気で喧嘩したら勝つ自信はあるけど、いざとなったらどんなに怪我しても起き上がってくるゾンビみたいになるんじゃないかと思うと……あんまり考えたくない。だからなるべく怒らせないように、近づかないことにしているのだ。

 三森綾野は、普通に育ってきたなら自然に備わってるはずのモノがない人間だ。ネジが何本か抜けてるっつうか、焼き切れてる。みんなあの健全な雰囲気と見た目にごまかされてるが、多分遠藤よりイっちゃってる奴。遠藤はあんなだけどまぁ背景知れば納得できるし、そーだねーありがちだねーかわいそーによしよしって頭撫でてやれるぐらいには底が知れる。

 けど三森は、違うのだ。トラウマも暗い過去もない。尊敬できる父親に育てられて人生に満足してる。そんな奴が、なんであぁいうえげつないことできんのか不思議だ。片親で行き届かなかったとかは説明にならない。まぁもしつきっきりであいつのこと見ててやる親がいたらもう少し違ってたかもしれないとは思うけど、違わなかったかもしれない。

 つまり奴は、突然変異なのだ。

 アヒルの中の白鳥ならぬ鷲。

 どうしたって捕食者になる運命だ。しかもなまじ倫理観を植え付けられてるものだから、変な方向にまっすぐ進む。

「さっきも言った通り、私はハイジが遊びまわってるのあんまり好きじゃないよ。だけど仲間だとは思ってる。いざって時は協力できるってね。その認識は合ってる?」

 いざって時ってなんだよ、と思いながら、「もちろん。三森ちゃんの仲間なんて光栄だなぁ」と我ながらまるで真実味がない言葉を吐く。

 三森は複雑そうな顔で、「ならいいけど」と言った。

「ハイジってほんと読めなくてめんどくさい。恵登ぐらい素直なら楽なのに」

「……ごめんね」

 馬鹿じゃなくて。

 眉尻を下げて困ったように笑い、三森の手をそっと離す、

「じゃあ三森ちゃん、ばいばい。あんま夜更かしすると肌荒れるよぉ?」

 が、おそらく世の多くの女性にとっては腹立たしいことに、今のところ三森の肌にその兆候は全く見られない。化粧水のCMに出られそうなほどシミ一つない美肌だ。宝の持ち腐れ過ぎる。

「夜更かしはハイジが言えることじゃないでしょ。まぁもう帰るとこ、さすがにね。ばいばい」

 ひらりと手を振って歩き出した三森に、佐上が「三森、俺ちょっとハイジと話したいんだけど」と言った。

「え? 何? すぐ済む?」

「いや、ちょっと長くかかるかも」

「そうなの? じゃ、ここで別れよっか」

「おう。気ぃつけてけよ」

「当然。フル装備だし」

 にっと笑った三森は、「また明日ね!」と言うが早いか弾丸のように駆けだして、あっという間に遠くに行ってしまった。なるほど、ありゃ痴漢する気になれねぇわ……。



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