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見つけたもの

サキ視点です。

「ここから先へは入れません」


 小屋へと続く林の前までやって来たサキたちは、ユイの言葉で歩みを止めた。


 副団長に抱えられたままのサキは、どういう事だとユイに視線を向けたが、彼は難しい表情のまま、ただ焦りだけを見せていた。


「ここから先はセルネレイト様か殿下の『許可』がないと入れません」

「ええ!? そうなんですか!?」


 サキはセルネレイトという人物が誰であるのか分からないながらも、レオンハルトの許可がないと入ってはいけない場所であった事に驚きを隠せなかった。


 勝手に小屋に侵入していたレオンハルトを不法侵入者だと思っていたサキは、自分の方が彼にとっての侵入者であった事実を初めて知った。


 しかしサキはちゃんとセルネイの許可をもらって小屋に住んでいた。

 何より、レオンハルトからもそれを咎められた事はない。


「あの、私この先の小屋に住んでるんですけど……」


 恐る恐るそう告げてみると、ユイだけでなく副団長までもが目を瞠っていた。


「本当にあの小屋に住んでいるのですか?」

「え、あ、はい。思いっきり修繕までしてしまったのですが……」

「小屋を修繕した……?」

「あ、あの! あの人も私が小屋に住んでる事は知ってるんですよ。でも何も言われなかったから、その、許可がいるなんて知らなくて……」


 サキはあまり働かない頭で懸命に弁解の言葉を考えていると、ユイから声がかけられる。


「今はその事に関しての弁解はいりません。おそらく貴方がいればこの先の小屋へ辿りつけると思います」


 妙な言い方をするユイだったが、今のサキにはそれを気にするどころか、気付く事すら出来なかった。


「時間がありません。行きましょう」


 ユイの言葉に促され、サキは副団長に抱えられたまま林の先へと向かった。






◆◆◆◆◆






 小屋に近付くと二人の人影が見えた。

 サキはそれを認めると、副団長に声をかける。


「おろしてください。自分で行きます」


 副団長は分かったとそっと地面におろしてくれた。

 サキは地面に足を付けると副団長から離れ、一歩一歩歩みを進めながら人影が誰であるのかを確認する。


 一人はレオンハルト。

 もう一人は正装姿のセルネイだった。


 サキは何故セルネイがと首を傾げたが、セルネイの手に握られている剣がレオンハルトに向けられている事を確認すると慌てて駆けだした。


「ちょ、何やってるんですか!? これどういう展開ですか!?」


 今まさにセルネイがレオンハルトに剣を振り上げている状況にサキの頭は混乱した。

 状況についていけないサキが慌てて声を上げれば、二人はサキ以上に驚いた様子で視線を向けてきた。


 サキはその光景に、ふとセルネイと言いあった冗談を思い出した。


『私が不敬罪で捕まったら、骨くらいは拾ってくださいよ』

『はは、そうなったら、レオを道連れにして僕も死んであげるよ』


 なんて人だ。

 あれを実行しようとしていたのか。


 サキはそれに気付くと、すぐさまセルネイに抗議の声を上げた。


「セルネイさん! あれはほんの冗談だって分かってたでしょう!?」

「サキ……無事、だったのか」


 全く頭のネジがぶっ飛んでいるとしか思えない。

 あんな冗談を本気で実行しようとしていたなんて信じられない。


 サキは、ああもう、と声を上げながら憤る気持ちを言葉に乗せる。


「生きてますよ! 勝手に殺さないでください!」


 そう捲くし立てるとセルネイは、ごめん、と困ったように苦笑していた。


 おそらくあの時点でサキが止めに入っていなかったら、セルネイは本当にそれを実行していた事だろう。

 それほどに先ほどの光景はその事実しかそこになかった。


 サキはいろんな意味で間に合ったことに、心の底から安堵した。


「サキ……」


 かけられた声にそちらを向けばそこには『レオンハルト』がいた。

 レオンハルトの瞳がサキに向けられている。

 その深い青色の瞳は確かにレオンハルトのものだった。


 それを見ただけでサキは涙が出そうになった。


 会いたかった。

 最後にもう一度、レオンハルトに。


 それがサキの願いだった。


「サキ……っ」

「うおっと」


 勢いよく抱きつかれてサキは後ろに倒れるかと思ったが、レオンハルトがしっかり抱きとめてくれた。ふわりと香るレオンハルトの匂いに、もうずっと会っていなかったような懐かしさを感じて、サキの心の中は安心感で一杯になった。


 泣いているのか、肩が震えている。

 それを感じて自然に笑みが零れた。


 しばらくそのまま抱きつかれていたサキだったが、レオンハルトに離れるよう諭した。するとレオンハルトはサキの腰を抱いたまま少し体を離し、顔を覗き込むように見つめてくる。

 サキはそんなレオンハルトを微笑みながら見上げた。


「サキ……生きてた……」

「みんなして勝手に殺さないでくださいよ。……全く、貴方は行動が極端すぎるんですよ」


 後追いされて誰が喜ぶか、と窘めておく。するとレオンハルトは叱られた子供のようにしゅんとしていた。

 相変わらずのその様子に、レオンハルトはここにいると確信する。


「いいですか。一度しか言わないので、よく聞いてくださいね」


 サキはレオンハルトの瞳を覗き込んだ。

 その深い青色の瞳は、出会った頃と同じように、今もとても綺麗な色をしている。


「貴方が誰になろうと、どういう生き方をしようと、私には何も言う事はできません」


 未だに安定しているとは言い難いこの国には『レオルヴィア』が必要だ。それをレオンハルトは承知しているからこそ、彼は『レオルヴィア』を演じている。

 それを知ったサキは、例えこの先レオンハルトがその生き方を続けて行こうとも、それをやめさせることなどできなかった。


「それは貴方が決めなければ。貴方の人生だから」


 レオンハルト自身のことはレオンハルトが決めるべきだ。


 周りがそうであれと願うからではなく。

 そうでなければならないという義務感でもなく。


「……うん」


 レオンハルトから素直な返事が返ってくる。それにサキは笑みを返した。


 大丈夫、貴方なら。


 サキは微笑みを絶やさないようにその瞳を見つめ続ける。


「私、分かったんです」


 レオンハルトにどうなってほしいと思うのではなく、自分がどうしたいのか、ようやく気づいた。


「私にとって、貴方は一人だけ」


 目を見張るレオンハルトの顔に微笑みを返す。


 サキにとって、『彼』は『レオンハルト』でしかなかった。

 『レオルヴィア』として突き放された言い方をされようと、それは微塵も変わらなかった。

 サキの前にいる『彼』は『レオンハルト』ただ一人。

 ボーっとして、のんびりで、少年のように笑らっていたのは、目の前にいる『彼』だけだ。


 その事実は最初から何も変わってはいなかった。

 レオンハルトがいなくなって初めて、サキはその事に気が付いた。

 当たり前のように傍にいたからこそ、気付くのに時間だかかってしまった。


 忘れないでと言って消えたレオンハルトは、きっとそういう事を残していきたかったんだろうとようやく察した。


 『レオンハルト』と共にいた時間を忘れないで。


 彼はきっとそう言いたかったのだろう。


「貴方が誰になろうとどんな生き方をしようと、私にとって、貴方は『貴方』だけ」


 レオンハルトだけ。

 そう言いたいのに、名前を呼べないことに悔しさを覚える。


 呼んであげられなくてごめんなさい。

 サキはそう心の中で詫びた。


「私はちゃんと、貴方が誰なのかを知っている。絶対に貴方を見失ったりしない」


 誰が何と言おうと、サキの中では『彼』は『レオンハルト』だ。


 『レオルヴィア』として生きていかなくてはならなくても。

 誰にものその存在を知られることがなくても。


 優しく抱きしめてくれている彼が誰であるのかを忘れない。


「一人が辛いなら、私が傍にいてあげます。ずっと見ていてあげます。忘れないであげます。だから――」


 襲われた時は怖くて怖くて堪らなかったのに、誰かがいてくれるだけで心が勇気づけられる思いがした。


 だから思った。レオンハルトも一人で怖がっていたのではないかと。


 自分を殺して生きる中で、周りからも『レオンハルト』は死んだと思われていたのだ。生きている『レオンハルト』は死に、死んでいる『レオルヴィア』が生きる世界で、たった一人でその虚しさと悲しみを抱えて生きてきたのではないかと思った。


 だからあの瞬間、サキは遠く離れたこの場所にいるレオンハルトに無性に会いたくなった。


 ただ、傍にいてあげたいと思った。


「私がいるから……」


 ボーっとしててのんびりで、話すのがあまり得意ではなくて、いつも眠そうで。

 目の前の彼はそんな人だった。


 二人で走り回ったことも、膝枕してあげたことも、語り合って笑い合ったことも、その全てがサキとレオンハルトだけの思い出だ。


 決して忘れない。

 貴方のことを忘れない。


 だからもう悲しまないでほしい。

 淋しがらないでほしい。


 傍にいてあげるから。

 一緒にいてあげるから。

 この先もずっと。


 サキは今までで一番の笑顔をレオンハルトにあげた。


「もう、一人じゃないよ」

「……サキ……っ」


 レオンハルトの瞳から涙が一筋流れていく。

 サキはレオンハルトの頬に手を添えるとそっと涙を拭ってやった。


 本当に大きな子供だなとサキは苦笑しながら、ぼんやりとレオンハルトを見つめていた。


 ちゃんと言えただろうか。

 ちゃんと伝わっただろうか。

 伝えたい事がもっとたくさんあるはずなのに、もう上手く喋れない。


「笑って」


 レオンハルトとして。

 少年のように笑っていたあの夜みたいに。


 サキは真っ直ぐにレオンハルトを見つめると、それに応じるようにレオンハルトは微笑んでくれた。


 その微笑みはサキが最後に見たかった、レオンハルトの笑顔だった。


「見つけた」


 レオンハルトはここにいた。

 ようやく会えた。


 サキの言葉にレオンハルトは嬉しそうに笑っていた。

 その笑顔にサキも嬉しくなって笑った。


「ありがとう」


 そう言ってくれるレオンハルトの笑顔をいつまでも見ていたいのに、次第に霞む瞳は最早彼を映してはいなかった。


「……サキ?」


 サキはレオンハルトの声を遠くに聞きながら、重くなる目蓋を閉じていった。


 もう少しだけ。

 あと少しだけ。


 そう願いながらも、サキはもう目を開けている事が出来ず、体から力も抜けていく。

 レオンハルトの頬に添えていた手がスッと落ちると、サキの体は完全に力を失くした。


「サキ……サキ!」


 いつも目の前で眠っていたのはレオンハルトの方であったのに、今はサキの方がレオンハルトの腕の中で深い眠りに落ちようとしている。


 立場が逆になったなと心の中で苦笑しながら、サキは遠退く意識を懸命に留めていた。


「サ、キ……っ!?」


 レオンハルトは何かに気付いたように自身の掌に目をやるとその顔を驚愕に歪ませていた。

 それにサキが気付く事はなかったが、レオンハルトの声がそれを感じさせた。


 最後まで気丈に振舞うつもりだったがやはり無理だったかと、サキは力なく笑う。


 遠退く意識の中、サキはレオンハルトの声だけを聞いていた。


「そんな、嘘だ! サキ……目を開けろっ……頼むから……っ」



 何度も名を呼ぶレオンハルトの声が聞こえるが、サキはもうそれに答える事が出来なかった。

 ここにいるから、泣かないで。そう言いたいのにうまく口が動かない。

 その事に悔しさを覚えながら、サキは体を抱き締めてくれるレオンハルトの体温を最後まで感じていた。


 もう逃げないから。

 今度はもっと話を聞いてあげるから。

 だからまた会いに来て。


 ずっと、ここで待っているから。


「サキ……っ!」


 サキの意識はそこで途切れ、深い眠りの中へと落ちていく。


 サキはレオンハルトに腕に抱かれながら、彼の傍で眠りについた。


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