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庭師と王子は眠りの中へ

レオンハルト視点です。

 レオンハルトは自分の手にベッタリついた赤いものを驚愕の瞳で見つめた。


 これは何だ。血か。何で。どうして。


 レオンハルトはサキを抱きしめたままガクリと膝をつくと、力を失くしたサキを見降ろした。そしてサキの腹部が赤く染まっている事実をようやく知った。

 一体何があったのかレオンハルトは最早まともに考えることができなくなっていた。

 サキが腕の中で次第に命の灯を消そうとしている。その事実にレオンハルトは半狂乱になった。


「サキ! 目を開けろ! サキっ!」


 どんなに呼びかけてもサキの瞳が開くことはなかった。


 まだ生きているのに。

 先ほどまで話していたのに。


 レオンハルトに抱かれているサキはピクリとも動かず、糸の切れた人形のようだった。

 まだそこに温もりは残っているのに、サキはここからいなくなろうとしている。その事実をレオンハルトは受け入れる事ができなかった。


「セルネイ! お前ならサキを助けられるだろう! 頼む、お願いだ! サキを、助けて……っ」


 縋るように懇願するレオンハルトは、なかなか言葉を返してこないセルネイに再度言葉をぶつける。


「セルネレイト!」

「無理だ」


 無情にも告げられたその言葉はレオンハルトの心を抉った。

 レオンハルトは鈍器で頭を殴られたような衝撃を感じて、サキを抱く手に力を込める。


「この世界に治癒に関する魔法は存在しない。いくら僕でもその傷は治せない。サキは――」

「聞きたくない!」


 サキはまだ死んでいない。

 まだこんなにも温かい。


 レオンハルトは諦めたくなかった。


 サキは言ってくれた。

 レオンハルトは『レオンハルト』だと。

 誰になろうと、どういう生き方をしようと、ここにいるのは『レオンハルト』だと。

 共にいると言ってくれた。

 もう一人ではないのだと言ってくれた。


 ずっと欲しかった言葉をサキはくれた。

 サキだけが『レオンハルト』を理解し、想ってくれたのだ。


 レオンハルトの我儘で巻き込んでしまったにも関わらず、サキは一言もレオンハルトを責めたりしなかった。それどころかレオンハルトを想いやり、その存在をずっと肯定し続けていた。


 その優しさに涙し、その眩しさに焦がれた。


 たった一人でも想ってくれる誰かがいるということは、こんなにも心強くて、こんなにも勇気づけられるものだった。


 サキがいる。それだけでレオンハルトは救われた。


 それなのに。


「サキ……っ」


 死んでしまうのか。

 また、一人になってしまうのか。


 レオンハルトはその恐怖に押し潰されそうになりながら、必死にサキの体を抱いていた。


「殿下、まだ嬢ちゃ……彼女はまだ助かるかもしれません」

「ジークフリード……」


 何故騎士副団長がここにいるのかレオンハルトには分からなかったが、そんなことはどうでもいいことだった。それよりもジークフリードの言葉のほうが気になって仕方がなかった。


 レオンハルトは早く話せを言うようにジークフリードに視線を送ると、騎士副団長がそれに従って言葉を続けた。


「俺が彼女をここに連れ帰ったのは、彼女の生き残る可能性がここにあったからです」


 サキが刃に倒れたとき、ジークフリードは町での治療をと思ったが、サキの傷は見る限りではもう手遅れだった。例え処置を施しても死ぬのは目に見えていたという。

 それを悟ったサキが町に行くくらいなら王宮に戻りたいと懇願してきため、ジークフリードはサキの最後の願いだとそれを承諾し、王宮へと引き返して来たのだという。


 道中、サキの意識が途切れないように言葉をやり取りしている中で、サキ本人が言っていたことが本当に可能ならばまだ助かるかも知れないと、ジークフリードは語った。


「どうすればいいっ、ジークフリード!」


 縋る思いでジークフリードに視線を送れば、確証はないと前置きしたうえで、ジークフリードは口を開いた。


「ユイなら傷を治すことが可能かもしれないと」

「私、ですか……?」


 何を言っているんだと言わんばかりの顔でジークフリードに視線を向けているユイに、レオンハルトは縋るように言葉を投げる。


「ユイ本当か、傷が治せるのか!?」

「待ってください殿下。私にはそのようなこと出来ません。先ほどセルネレイト様も仰っておられたでしょう。セルネレイト様にもできないのです。治癒の魔法は誰にも使えません」


 この世界には治癒魔法が存在しない。

 それは誰もが知っている事実で、誰にも治癒魔法使うことは出来ないのだ。


 項垂れるレオンハルトの様子に、ユイはジークフリードに非難の視線を送った。


「ジークフリード殿、いい加減な事を言うのは」

「おそらく可能なはずだ。というかこの場でそれが出来るのはお前だけだ。『異端の魔力持ち』であるお前なら、きっと」


 ジークフリードの言葉にユイは眉根を寄せていた。


 ユイは『異端の魔力持ち』であることが分かったその日に親に捨てられたという過去を持っているため、己が持つその魔力を嫌っている節があった。

 その事はレオンハルトも知っている。しかしそれでもサキを助ける方法がそれしかないというのなら、レオンハルトはそれに縋るしかなかった。


「ユイ、頼む。方法があるなら……っ」

「やめてください。私の魔力はただ異質なだけで何もできません。『異端の魔力持ち』である私は、誰も救う事などできません」


 そう断言するユイの瞳が翳っている事を認めると、レオンハルトはそれ以上何も言えなくなった。


「――そうか」


 何かに気付いたような声を上げたのは、セルネイだった。

 セルネイはサキに視線を向けると、感嘆の声を漏らした。


「こんな方法があったなんて僕でも思いつかなかった。サキは、すごいね」


 見事な考えだと言わんばかりに、セルネイはレオンハルトに抱かれているサキを見つめていた。


 未だに何のことか分からないレオンハルトは、焦る気持ちを抑えられずにセルネイに向く。


「何でもいい、早くっ。サキが……っ!」


 次第に弱まる呼吸と共に腕の中にいるサキがどんどん深い眠りへと落ちていく。それを感じながら、レオンハルトは必死に逝かないでくれとサキに縋りついていた。


「ユイ、サキの傷を『閉じろ』」

「一体何を――」


 セルネイの言葉で何かに気付いたユイは言葉を呑んでいた。


 しかしレオンハルトにはどういうことか考える余裕はなかった。

 腕の中にいるサキが今まさに遠くへ行ってしまいそうで気が気じゃなかった。


「……分かりました。やってみます」


 そんな声が聞こえてくると、ユイが目の前に膝をついた。そして彼は徐にサキへと手を伸ばしてくると、失礼します、と言いながら彼女の服を捲った。

 サキの腹には即席で作られた包帯が巻きつけられていたが、その包帯は赤く血で染まっていた。血で濡れた包帯からは吸いきれない血が今尚滴り落ちている。

 それを目の当たりにして一瞬躊躇い見せたユイだったが、彼はそのまま真っ赤に染まっている包帯を取り去った。


 ジークフリード以外の誰もが、サキの傷を見て息を呑んだ。


 先ほどまで立って話していたとはとても思えなかった。それくらいにサキの傷は酷いものだった。

 この傷で今尚持ち堪えているなど考えられなかった。


「……大した嬢ちゃんだよ」


 ジークフリードのそれは呆れではなく驚嘆の言葉だった。


 こんな状態になってまでサキはレオンハルトのもとへ来たのだ。

 最後のその瞬間をレオンハルトのもとでと思ってくれたサキのその想いに、レオンハルトの胸は締め付けられた。


 最後だなんて思わない。

 これからだってサキと共にありたい。


 レオンハルトはサキの手を強く握った。


「殿下、サキさんを」

「すまない。このままで頼む」


 レオンハルトはサキを放そうとはしなかった。


 離れたくなかった。

 もう手放したくなかった。


 ユイはそれを察したのか、そのままサキの傷口に手をかざした。そしてユイの手から魔力の波動を感じると、穿たれたその傷口が次第に塞がっていくのを確認した。


 それを驚きの表情で見ていたレオンハルトは思わずユイに視線を向ける。

 すると彼はかなり魔力を使っているようでその額には汗が滲んでいた。


「ユイ、頼む……っ」


 懇願するように告げた言葉にユイは困ったような申し訳ないようなそんな顔で苦笑していた。


 そうしてしばらくサキの傷に手をかざしていたユイだったが、ふと息をつくとその手をそっと引いた。


「傷が……」


 先ほどまであった目を覆いたくなるような傷は、何事もなかったかのように消えていた。


「ユイは本当に治癒が……?」

「違いますよ」


 疲れた顔のユイは力なく首を振った。


「私はただ、開いた場所を『閉じた』だけです」


 その言葉でようやくレオンハルトも理解した。


 魔法の基本は自然の力に従って行使するものだとされている。それは自然のままにその力を使うということだ。

 しかし『異端の魔力持ち』はその逆ができる。自然のままの力を捻じ曲げ、逆の方向に行使できるのだ。

 それは炎を水に変えることができたり、色のない花に色をつけることだったり、自然のままの力に逆らうことができるというものだった。


 それ故に、ユイはサキの傷を治したのではなく、ただそこに開いていたものを閉じただけだった。

 普通の人間であれば、開いているものはそのまま更に開く事しか出来ない。逆に作用させる事が出来る『異端の魔力』でなければ、サキの傷を塞ぐ事など出来なかっただろう。


 そういう風に『異端の魔力持ち』の力を使うなど考えたこともなかった。


 この世界に治癒魔法はないというのは常識だ。そして『異端の魔力持ち』は差別の対象でしかないという認識は根深い。

 それが当たり前の世界で、その二つを結びつけて考える者などこの世界にはいないだろう。

 そのせいでこんな力の使い方を誰も思いつく事が出来なかった。


「最初に聞いたときは阿呆かと思ったが……、まさか本当にできちまうとは……」


 ジークフリードも半信半疑だったらしく、目の前の光景に驚きを隠せない様子だった。


「サキだからこそ、思いつけたんだと思う」


 セルネイの言葉にはレオンハルトも同感だった。


 サキはいつもこちらの予想とは違う結果をくれた。

 それはとても温かで優しさに溢れたものだった。


 『異端の魔力持ち』が迫害されているこの世界で、その魔力をこうして役立つものに昇華した事実は、これからきっと『異端の魔力持ち』の見方を変えていくことだろう。


「こんな事が出来るなんて、思いもしませんでした」


 自身の手に視線を落とし、泣きそうに顔を歪めているユイの様子に、彼もきっと救われたに違いないとレオンハルトは思っていた。


 サキはユイを救おうと思ってその方法を思い付いた訳ではなかったのだろうが、その思い付きはユイだけでなく、多くの『異端の魔力持ち』たちを救ってくれるに違いない。


 腕の中で眠っているサキを見つめながら、レオンハルトは彼女の優しさを想った。


「殿下」


 傷がなくなったことで幾らか安堵していたレオンハルトの耳にユイの厳しい声が不意に届いた。


「傷は塞ぐことができましたが、流した血までは戻すことはできません。サキさんは血を流し過ぎています。このままでは……」


 助からない。


 その言葉が頭の中に反響して、再びレオンハルトを絶望の淵へと引きずり込もうとした。


「血の転送ならできる」


 ハッと顔を上げれば、そこには大丈夫だと言うような表情のセルネイがいた。


「ここには僕を除いて三人も健康体が揃ってる。女の子一人分の血液くらいまかな――」

「俺の血だけで」


 レオンハルトはサキを強く抱きしめた。


「殿下、それは無理です。サキさんの流した血の量は」

「分かってるっ」


 どれだけの血が流れたのかなど、サキを抱いているレオンハルトがよく分かっていた。

 顔は血の気がなく真っ白で、温かいはずの体は次第にその体温を失なっていく。


 レオンハルトは冷たくなっていくその体を温めてやるようにサキに身を寄せた。


 助けたい。

 この身を全て捧げようと、サキが助かるなら何でもする。

 しかしサキの中に自分以外の男の血が入るなど考えたくない。

 サキの中に入るのは自分以外許さない。


 そんな浅ましい考えを抱く自分自身を、レオンハルトはもう抑えようとはしなかった。

 その考えを読んだかのように、セルネイはレオンハルトの前に膝を折った。


「『ハルト』」


 自分を呼ぶその声に、レオンハルトはセルネイを見た。


「覚悟して。一人でサキを助けるというなら、ハルトには相当の負荷がかかることになるよ。最悪、死ぬから」

「セルネレイト様!」

「構わない」


 ユイの言葉を遮るようにレオンハルトはセルネイを真っ直ぐ見つめた。


 サキのためならこの身がどうなろうと構わない。

 サキが助かるなら死んだって構わない。


 しかしその考えは口にしなくてもセルネイには筒抜けだった。


「そういう自己犠牲の精神をサキは怒っていたのだと思うんだけど」


 困ったように苦笑しているセルネイを前に、レオンハルトはグッと言葉に詰まった。


 確かにサキは誰かを犠牲にしてまで助かりたいとは思わないだろう。しかし、サキを助けるのは自分でありたいというレオンハルトの気持ちは、誰にも譲ることができなかった。


「ハルトの気持ちは酌もう。二人とも生き残るか、それとも死ぬのか。その覚悟、見せてもらうよ」


 そう言って目の前にセルネイの手がかざされたのを確認した途端、レオンハルトは物凄い目眩に襲われた。


 一気に体から力が抜け、視界が霞む。


 それでもレオンハルトはサキを抱く手を離さなかった。

 遠退く意識の中、サキの存在を見失わないように、しっかりと身を寄せたまま、レオンハルトは目蓋を閉じる。


 大丈夫。

 きっと助けるから。


 だからどうか、これからも傍にいて。




 サキへの想いを胸に抱き、レオンハルトは大切な人の傍で深い眠りへと落ちていった。


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