17 父
ーーーーーーーーーー
その日の朝もいつものようにナンシーお嬢様の屋敷に一番に顔を出すのは下働きの二人だった。
最初の異変は届けられているはずの食材が届けられていなかった。
二人は青ざめどうしようかと二人で困り果てていた。
もしかしたら中に誰かが入れてくれたのかもしれない。
もしかしたら調理室に誰かが入れたのかもしれない。
そう思って調理室を覗くと、そこはいつもとは景色が違った。
綺麗に磨かれている調理台、魔導コンロ、氷室、食器棚、何もかもがなくなっていた。
「もしかして泥棒?!」
「た、大変だっ!!」
二人は慌てて駆け出し、本邸の執事長のカートのところへと走った。
とはいっても下働きの二人が直接カートに話しかけることなどできないので、手近にいたメイドに「ナンシーお嬢様の屋敷に泥棒が入った!!」と大慌てで伝えた。
メイドはくだらない冗談をと初めは相手にしなかったのだが、あまりの慌てぶりにもしかしたら本当かもしれないと思って下働きの二人にここにいるように伝え、執事長の下へと向かった。
メイドに呼ばれてカートが下働きのところに行くと二人はあたふたしながら「調理場にあったものがすべてなくなっている」のだと伝えた。
カートはお屋敷に泥棒が入ることなどありえないと思った。
だが下働きの二人が嘘をついているようには思えなくて一応確認だけするつもりでナンシーお嬢様の屋敷へと向かった。
下働きの二人を連れて調理場に行くと本当に何もなかった。
「前日に届いているはずの食材が失くなっていて、もしかしたら誰かが入れてくれたのかもと思って調理室の中に入ったらこの状態でした」
「昨日の夜帰る時は普段と何も変わらなかったのですね?」
「はい」
この時、カートの頭の中にはナンシーお嬢様の無事を確認するという思考はまるでなかった。
調理室から屋敷の中へ移動していくと、前に見た時は絵画や壺などもあったはずなのだが、何もなかった。
絨毯までもがない。
ナンシーお嬢様が壊したなら残骸があるはずだが、それもない。
「これは⋯⋯どういうことでしょうか?」
カートは調理室へ戻って下働きの二人に警備主任にこの屋敷に来るように伝えさせ、警備主任が来るまで部屋の一つ一つを確認して回っていた。
「本当に何もありませんね・・・」
ナンシーお嬢様の部屋を飛ばして二階の部屋を見終わった頃、警備主任がやって来た気配がした。
「オーガスト様、昨晩の警備に何か不審なことはありませんでしたか?」
「不審なことですか? 特には『異常なし』と報告を受けましたが⋯⋯⋯」
「この屋敷に配置されていたものすべてが失くなっています」
「はっ?」
「食器一枚、カーテン一つ残っていません。当然金銭的価値のあるものも残っていません」
「そんな事はありえない⋯⋯。誰の出入りもありませんでした」
可哀想に下働きの二人はまた警備室の昨夜警備にあたっていた者たちに「この屋敷まで来るように」と伝えてくれと言われて、下働き二人はまた警備室へと走ることになった。
昨夜警備に当たっていた六人がナンシーお嬢様の屋敷に呼ばれ、室内を案内されてなにもないことを全員で確認した。
ナンシーお嬢様の部屋以外は。
「本当に何もありませんね⋯⋯。
ですが昨夜は何も不審なことは何もありませんでした。
至って静かなものでした」
ホールで固まって話しているとミザリーがやって来て屋敷の中のことをカートに聞く。
「これは⋯⋯。一体どうなっているんですか?」
「ミザリー。私たちにもわからないのですよ」
「すべての部屋を確認したのですが、タオル一枚残っていないのです。大きな家具も残っていません」
「ナンシーお嬢様もいないのですか?」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「確認しておりません」
「⋯⋯そうですか。私が確認してまいります」
「お願いします」
ミザリーがナンシーお嬢様の部屋を見に行っている間、カートも警備隊もホールから動かなかった。
それほど時をおかずミザリーがホールに戻ってきた。
その姿には慌てた様子も驚いた様子も見当たらなかった。
「ナンシーお嬢様もいらっしゃいません。お嬢様の部屋も何一つ残っていませんでした」
それからナンシーお嬢様の父親の下にカートとミザリーの二人で報告に行くことになり、警備員たちは昨夜本当に何もなかったか確認することになった。
ナンシーお嬢様の父親はナンシーお嬢様が居なくなったと聞かされてホッと息を吐いた。
「戻ってこないのか?」
「それは解りません」
カートがそう言うとミザリーが「多分、戻られないと思います」と言った。
「戻らないか!! そうか! そうか!! これでやっと我が家は後ろ指を指されることはなくなるのだな?!」
「旦那様は本当にナンシー様の父親ではないのですね」
ミザリーが問う。
「どういう意味だ?!」
「いえ、普通父親なら居なくなったと知れば心配するのが普通かと思いまして」
「あの疫病神がいなくなったからといって心配する人間が居るのか? お前は心配しているのか?」
「⋯⋯⋯⋯」
「答えられるまい!! 心配するものなどいるわけがない! どれほど苦しめられてきたと思っているんだ!!」
「最初に旦那様たちが愛さなかったからではないですか?」
「何だとっ!!」
「ナンシーお嬢様があんなふうになるように育てたのは旦那様たちだと言っているのです。
色素の薄い⋯⋯魔力の多いことは喜ばしいことであって、疎まれることではありません。
ナンシーお嬢様は教えたことはちゃんとできる子でしたよ。
だから食事のマナーも貴族の令嬢としてのマナーもちゃんとできていました」
「その教師たちも長くいつかなかったではないか!!」
「教えることがなくなったので辞められただけです。
ナンシーお嬢様は優秀な方でした」
「ならミザリーはナンシーに怯えなかったというのか?!」
「怯えましたよ。私は他人ですから」
「もういい!! とにかく、ナンシーはいなくなったんだろ? だったらそれでいい。こちらのものは何もなくなっていないんだろう?」
「おそらく。
ただ旦那様が管理されているものまではこちらでは解りませんので⋯⋯」
「いくらんなんでもそれには手は出せまい?」
「一応確認だけしていただきたいと思います」
「解った。確認しておく」
「今までナンシーお嬢様の屋敷に行かせていた者たちはどうしましょうか?」
「そう、だな⋯⋯。
すぐに辞めさせるわけにもいかんだろう。
暫くこちらで仕事をしてもらって、余剰人員は必要のない下から切っていけ」
「かしこまりました」
カートとミザリーが出ていってナンシーの父親は金庫の中を確認する。
現金は一枚もなかった。
「なっ!金貨二百五十枚は入れてあったはず!!」
慌てて銀行の残高を調べたがそこも残高が減っていた。
一体どんな手を使ったというのだ?!
一枚、みたこともない紙が入っていてそれにはナンシーの年間予算三年分の領収書が入っていた。
ナンシーが後三年学院に通うことを考えたら正当な予算分だったが、一度に三年分も持っていかれたら現金が不足してしまう。
「おのれー!! ナンシーっ!!
生まれてからというもの私らに迷惑をかけ続けたうえに!!
最後に私の金を盗んでいくかっーーー!!」
腸が煮えくり返るほどに腹が立ったが、これでナンシーがいなくなるのなら安いものかもしれないと肩を落とし、腰を落とした。
妻と子供たちにナンシーが居なくなったと伝えると皆心から安堵していた。
冷静になった私は貴族の令嬢が姿を消したことをどのようにして報告するべきなのかと頭を悩ませることになったのだと気がついた。
ーーーーーーーーーー




