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第296話 『流星』

 シャクナゲが去っていく。

 そしてそれに続いて黒髪の男たちもエミルを抱えてその場を後にする。

 そこでプリシラは初めて気付いたが、エミルの他に白い髪の少女も男の1人にかつがれていた。

 その娘が誰であるのかは知らないが、エミルが連れ去られていくのをプリシラはだまって見ていることは出来ない。


「待ちなさい! エミルを返しなさい!」


 だがプリシラの叫びもむなしくシャクナゲらは姿を消した。

 今すぐ壁の上に登ってエミルを追いたい衝動でプリシラはたまらなくなるが、ジュードを守るのは自分しかいない。

 プリシラは歯を食いしばる。

 その時、気絶していたジュードがうめくように声をしぼり出したのだ。


「プリシラ……俺のことは……いいから……エミルを……」


 ひたいを血で染めながら弱々しい声で必死にそう言うジュードだが、プリシラはかぶりを振る。


「心配しないで。あなたを助けて、エミルも助ける」


 そう言うとプリシラはジュードを背負って立ち上がる。


(この足が折れようとも走り続ける。絶対にあきらめない)


 その間にもドロノキは弾倉の装填そうてんを終え、右腕をプリシラに向けていた。


「うふふふ。シャクナゲ様。君たちのこと殺していいって。だから殺すね」


 ドロノキの腕の機関銃から次々と弾丸が射出される。

 プリシラはジュードを背負ったまま動き回り、的をしぼらせないようにした。

 体力も足腰もまだ十分に余力を残している。


(だけどこれじゃ反撃が出来ない)


 プリシラの身体能力を持ってしても逃げ回るのがやっとだ。

 それでもプリシラは反撃をあきらめていない。

 虎視眈々(こしたんたん)とその時をねらっていた。


(あの男の弾が次に尽きた時が反撃の好機だ。それまでは何としても耐え切る)


 プリシラは常にドロノキを視界にとらえ、その腕の角度から射線を読み取り先んじて動く。

 ジュードを背負いながらなので足腰への疲労は蓄積ちくせきし、息もいつもより早く切れ始めた。

 それでもプリシラはあきらめずにドロノキの弾切れを待つ。


「もう! 当たらないなぁ〜。動かないでよ!」


 ドロノキは思ったように攻撃の成果が出ないことに苛立いらだち、足をドンドンと踏み鳴らした。

 そして右腕だけでなく左腕も上げる。

 それを見たプリシラは息を飲み、全神経を集中させた。


(大砲の砲撃が来る!)


 射線を読んでプリシラは懸命けんめいに右へ左へと駆け回る。

 そんなプリシラをねらってドロノキの左腕から大砲が射出された。

 轟音ごうおんが鳴り響き、砲弾は……プリシラの前方数メートルの地面に着弾して盛大に爆発し、土埃つちぼこりを巻き上げる。

 そしてその爆風の勢いが思った以上に強く、プリシラは後方に吹っ飛ばされた。

 背負っていたジュードものけり、プリシラの背から離れて飛ばされる。


「うわっ!」


 プリシラは懸命に受け身を取り、身をせた。

 立ち込める土埃つちぼこりの中にもドロノキが放つ銃弾が飛んでくる。

 

(ジュ、ジュードは? ジュードはどこ?)


 プリシラは身をせたまま必死に周囲の状況をうかがった。

 ジュードは十数メートル後方にまで飛ばされ、地面の上で仰向あおむけに倒れている。

 プリシラは絶対に頭を上げないように、地面をトカゲのようにいながらジュードの元へ向かった。

 ジュードは倒れた際に頭を打ったようで、またしても気を失ってしまっている。


「ジュード! しっかりして!」


 プリシラはジュードの元へ向かいながら必死に呼びかけるが、彼はピクリともしない。

 そんなプリシラのすぐ頭上を弾丸が通り抜けていく。

 咄嗟とっさにプリシラは頭を下げた。


「くっ!」


 そして土埃つちぼこりが晴れていく。

 プリシラはハッとして背後を見た。

 その視線の先には左腕の大砲を構えて砲門をこちらに向けるドロノキの姿がある。

 プリシラは絶望的な面持おももちでくちびるんだ。


(あの大砲……一体何発撃てるのよ!)


 大砲の砲弾は直撃しなくても爆発の際に起きる猛烈な爆風で敵を吹き飛ばすことが出来る。

 それがプリシラにとっての誤算だった。

 そして後方に倒れているジュードまでの距離はまだ数メートルある。

 プリシラにとって非常に困難な状況だ。


 ジュードを助けに後方に走れば2人もろとも大砲の餌食えじきになる。

 かと言って自分だけが避けようと横に飛べば、ジュードが犠牲になる。

 状況はいよいよ進退極まった。


(くっ……こんなところで死ぬの? エミルを助けられず、ジュードも犠牲にしてしまって……)


 プリシラは悔しくてくちびるみしめる。

 そんな彼女の内心など微塵みじんも感じることのないドロノキが大砲を構え、嬉々として言った。


「粉々になれ!」 


 プリシラは歯を食いしばる。

 だが……ドロノキがえて大砲を放つまさにその瞬間だった。

 頭上からひとすじの流れ星が落ちてきたのだ。


 流星のようなそれが火矢だと気付いたのは、それがそのままドロノキの大砲の砲門の中に飛び込んだからだ。

 途端とたんにドロノキの左腕は腔内こうない爆発を起こした。

 轟々(ごうごう)と爆発音が鳴り響き、プリシラは思わず顔をそむける。


「あぎゃああああ!」


 ドロノキの悲鳴が響き渡る。

 白煙はくえんが立ち込める中、異形の巨漢は地面に倒れ込んで動かなくなった。

 プリシラはおどろいて後方を見やる。

 すると……塀の上の通路に5人の赤毛の女たちが立っていたのだ。

 先ほどの火矢はそのうちの1人である弓兵の女が放ったものだとすぐに分かった。

 プリシラは信じられないというように大きく目を見開き、ようやくかすれた声をしぼり出す。


「み、みんな……」


 そこに立っていた者たちをプリシラが見間違うはずはない。

 エリカ、ハリエット、ネル、エステル、オリアーナ。

 ダニアの仲間たちだ。

 プリシラにとっては共に旅をした友でもある。

 5人は次々と塀の上から飛んで広場に降り立つと、ネルを除く4人がプリシラに駆け寄ってきた。


「プリシラ! もう! この子は勝手に飛び出して! 心配したのよ!」

「1人で出ていく前にアタシたちに声をかけなよ。余計な気を回していないでさ」


 ハリエットとエリカはそう言いながらプリシラに抱きついてきた。


「ハリエット。エリカ。だって……みんなに迷惑かけたくなくて……」


 プリシラもたまらずに彼女たちを抱きしめ返す。

 そんなプリシラの目の前にはエステルとオリアーナが立っていた。


「プリシラ。よくぞご無事で」


 泣きそうな顔でそう言うエステルのとなりではオリアーナが同じく泣きそうな顔でうなづく。


「エステル。オリアーナ。みんな、どうしてここに?」

「家出娘が路頭に迷って泣いてる顔をおがみに来たんだよ」


 そう言うのは一番最後にゆっくりと歩み寄ってきたネルだった。


「ネル……」

「フンッ。生きてたか。運のいい奴だぜ」


 そう言うとネルは鼻を鳴らす。

 皆の顔を見たプリシラは今まで張り詰めていた胸の内に大きな安堵あんどがこみ上げてくるのを感じ、思わずその目に涙をためる。


「みんな……ごめん。心配かけて。ありがとう……来てくれて」


 そう言うとプリシラはもう辛抱しんぼう出来ずに涙を流して嗚咽おえつらした。

 ここまでほとんど1人で戦い続けてきて、本当はずっと心細かったのだ。

 仲間たちの顔を見て、彼女らがいてくれると実感するだけで心が温まり、勇気がいてくる。


 プリシラは生まれて初めて、それほどの仲間であり友である存在を得た。

 奥の里で見た夢の中で祖母が言ってくれたように、プリシラにはもう大事な者たちがいるのだ。

 プリシラは涙をくと皆にたずねる。


「他の仲間は? まさか5人だけで来たの?」

「ケッ。そうだよ。無謀むぼうだろ? ま、1人で乗り込む破天荒はてんこう娘には負けるがな」


 そう言って肩をすくめるネルのとなりでエステルが言った。


「ここに来る途中でジャスティーナさんに出会って、ここまで道案内していただいたのです」

「ジャスティーナが? 彼女、無事なのね?」


 心配するプリシラを落ち着かせるようにエステルはうなづいた。


「オニユリというココノエの女との戦いに勝利したそうですが、ジャスティーナさんも負傷していたので、ここに来る途中の地下道で休んでいます。でも協力者らしき男性がそばに付いて手当てをしてくれていましたので大丈夫だと思いますよ」


 その話にプリシラは安堵あんどする。

 ジャスティーナはオニユリに勝利したのだ。

 きっと彼女ならば無事に自分の前に再び姿を現してくれるだろうとプリシラは信じた。

 そして仲間たちを見る。


「今、少し前にエミルがいたの」

「えっ? 本当に?」


 プリシラの話に皆は顔色を変える。


「ええ。シャクナゲというジャイルズ王の公妾こうしょうでココノエの女と黒髪術者ダークネスの男に捕らえられていたの。気を失っていたみたいだったわ。すぐに助けに行きたい」

「なるほど。エミル様はどこに連れ去られたのですか?」


 エステルの問いにプリシラは振り返り後方を指差そうとした。

 だがそこで彼女は大きく目をく。

 なぜなら左腕の大砲が爆発して倒れたはずのドロノキが、ゆっくりと身を起こしてきたからだった。

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