第295話 『苦戦』
「くうっ!」
プリシラは考えるよりも早く動いていた。
気を失ったままのジュードを抱えて、懸命に走り出す。
その一瞬後には地面が弾丸で抉られていた。
ドロノキが右腕に仕込んだ銃でプリシラを狙ったのだ。
「アハハハハハ! 死ね死ね死んじゃえ! アハハハハハ!」
ドロノキは嬉々として右腕の銃を連続で放ってくる。
その銃はプリシラが今まで見た拳銃や狙撃銃とはまったく違った。
連射が可能なのだ。
途切れることなく弾丸がプリシラを次々と襲う。
そのうちの何発かはプリシラのすぐ傍を通り抜けていった。
「くっ!」
プリシラは歯を食いしばってジュードを抱え、必死に足を動かす。
しかしいくらプリシラが強靭な足腰を持っているとはいえ、成人男性1人を抱えて銃撃を避け続けるのは無理難題だ。
非常にまずい状況だった。
絶体絶命と言えるだろう。
(ジュードを……ジュードを守らなきゃ!)
プリシラはこの危機にあっても自身を奮い立たせた。
自分は女王の娘であり、いずれ民を守り導かなければならない立場だ。
自分だけが生き残ればいいという生き方は出来ない。
仲間を守りながら自身も生き延びねばならないのだ。
プリシラは懸命に走りながらジュードの身を隠せる場所がないかあちこちを見回す。
しかし物陰と言えば木材の山くらいしかなく、銃ならともかく、大砲の一撃を食らえばジュードは木材もろとも吹っ飛ばされてしまうだろう。
プリシラは上を見上げる。
壁の上には通路があり、ジュードの体をそこまで投げ飛ばせないかと考えた。
(……駄目だ。意識のあるジュードならともかく、気絶したままじゃ受け身も取れない。頭を打ってしまうかもしれない)
そんなことを考えながらプリシラはこの広場に入ってきた扉を見やる。
あの扉に戻り、一度この場から退却してジュードを安全なところへ運び、手当てしなくてはならない。
そう思ったプリシラはジュードを抱えたまま、銃撃を逃れるべく左右に迂回しながら扉へと向かった。
すると不意にドロノキが銃撃を停止したのだ。
「あれ~? 弾切れだ~」
そう言うとドロノキは地面に置いてる大きめの工具箱の中から、次の弾丸を取り出した。
これを幸いとプリシラは一気に扉を目指す。
だがドロノキは意外にも目敏くこれを見逃さなかった。
「ダメだよ~逃げたら」
そう言うと左腕の大砲をプリシラの方に向けた。
プリシラはジュードを抱えたまま反射的に止まり、その場に伏せる。
すぐに砲撃の轟音が鳴り響き、頭上を砲弾が飛んでいく。
それは扉のすぐ上の壁を破壊し、その瓦礫が扉の前を塞いでしまう。
そして扉自体も歪んでしまった。
それを見たプリシラは愕然とする。
(あ、あれじゃあ扉を開けられない。くっ。一体どうすれば……)
プリシラはジュードを守ってこの苦境から脱するべく、思考と注意力を集中させていたために気付かなかった。
この広場を囲む四方の壁の上の通路に、ある人物らが姿を現したことに。
現れたのは白髪の女とそれに付き従う3人の黒髪の男であり、その男らのうち1人がその肩に子供を担いでいる。
それは気を失った黒髪の子供だった。
☆☆☆☆☆☆
「あの娘は一体……」
シャクナゲはそう言って目を凝らす。
旧処刑場にはけたたましく銃声が鳴り響いている。
彼女の手下である異形の戦士ドロノキがその腕に仕込んだ機関銃の発砲音だった。
機関銃は拳銃や狙撃銃とは異なり、一度に十数発の弾丸を連射できる。
シャクナゲが開発中の銃火器だった。
ドロノキの右腕に実装したのは試験的な意味合いもある。
だが今、シャクナゲが注目しているのはその機関銃の出来栄えではない。
その連射される弾丸を走って避け続けている若い金髪の娘の姿にシャクナゲの目は釘付けになっていた。
動き回って機関銃の射線から逃れるその運動能力だけでも凄まじいが、金髪の娘はそれを1人の成人男性を抱えながらやってのけているのだ。
とても女性とは、いや人間とは思えぬ筋力と運動能力だった。
「金髪……あの力……まさかダニアのブリジット? いえ……それにしては若過ぎる。そうか……娘のほうね」
そう言うとシャクナゲは後ろでヴィンスの部下が担いでいるエミルに目を向けた。
その顔を禍々しい笑みに歪め、シャクナゲは呟く。
「エミル君。あなたのお姉さんのプリシラが助けに来てくれたみたいよ。随分と優しくて勇敢なお姉さんね」
その言葉にヴィンスらが目を剥いて広場を見下ろした。
「あ、あれがダニアのプリシラ……」
驚いて息を飲む黒髪術者らをよそにシャクナゲは目を輝かせた。
「すごい……弟だけじゃなくて姉まで揃うなんて。これは運が私に向いてきたってことね」
ちょうどそこでドロノキの右腕の銃の弾が尽き、弾倉を取り替えるべくドロノキは近くに置かれた木箱に歩み寄る。
そこには右腕1本でも入れ替えることの出来る特製の弾倉が収納されているのだ。
そこでシャクナゲはすぐに下を見下ろしてドロノキに呼び掛ける。
「ドロノキ! 殺すのは止めなさい! ちょっとその女の子とお話したいから!」
シャクナゲの声にすぐ反応し、ドロノキは弾丸の装填を中止して不思議そうにシャクナゲを見上げるのだった。
☆☆☆☆☆☆
「ドロノキ! 殺すのは止めなさい! ちょっとその女の子とお話したいから!」
唐突に響いた女の声にプリシラはハッとして顔を上げる。
ドロノキのいる場所の後方、壁の上の通路にその女はいた。
豪華な衣装に身を包み高貴な身分を窺わせる。
年齢は30代くらいに見えるが、その頭髪は真っ白だった。
(……ココノエの女だわ)
その女の背後には数人の男がいるようだが、いずれもその場に膝を着いているためプリシラのいる位置からは見えない。
「こんばんは。あなたはダニアのプリシラね? ようこそ王国へ」
「……あなたは?」
「私は誉れ高き王陛下の公妾シャクナゲ。あなたを歓迎するわ。プリシラ」
その言葉にプリシラは激昂する。
「遊びに来たんじゃないわ! 弟を……エミルを返しなさい!」
そう吠えるプリシラにシャクナゲはニヤリとすると背後に控える男に何やら言葉をかけた。
すると背後の男が立ち上がる。
それは黒髪の男だった。
(あれが王国軍の黒髪術者……えっ?)
プリシラは大きく目を見開いた。
黒髪の男はその肩に子供を担いでいるのだ。
その子供もまた黒髪だった。
プリシラにとって見間違えるはずもない弟の姿だった。
「エ……エミル!」
思わず声を上げるプリシラにシャクナゲは冷笑を浮かべたまま言う。
「心配しないで。エミル君は眠っているだけだから」
そう言うシャクナゲにプリシラは腰帯から短剣を引き抜くと、それを顔の横に構えて声を荒げた。
「今すぐエミルを返しなさい! さもなければこいつをあなたの首に突き立てるわよ!」
だがプリシラの剣幕にもシャクナゲは涼しい顔だ。
「やめましょうよ。そんなこと。私が死んだらエミル君もすぐに殺すよう部下に言ってあるわ。でもそんな結末、誰も幸せにならないでしょう? 私もエミル君の命は奪いたくないの。こんな若い子が命を落とすなんて悲しいことよ」
そう言うとシャクナゲは気を失っているエミルの頭を撫でた。
「分かるでしょう? プリシラ。あなたも抵抗を止めて投降しなさい。そうすればあなたもエミル君も命を落とさずに済むわ。あなたが抱えているそのお仲間の命も助けてあげる。それにここで姉弟が一緒に暮らせるように私が取り計らってあげるわ。どう? 悪い話じゃないでしょ?」
シャクナゲの言葉にプリシラは静かに息を吐いた。
まるで腹の底の怒りを排出するかのように。
エミルの命を助けるためにここまでやってきた。
しかし自分は女王の娘であり、次期女王になる存在だ。
自分と家族の命惜しさに、国を売っていいわけがない。
「……アタシもエミルも誇り高きブリジットとボルドの子供。国のために命を捨てる覚悟は出来ているわ。つまらない交渉には阿らないと理解しなさい」
覚悟と共にそう言うと、シャクナゲはわずかに驚いたような顔を見せる。
しかしその目にすぐに冷めた光が滲んだ。
「へぇ。まだ若いのに女王としての気質を備えているのね。立派だわ。でもエミル君は返せないわ。彼は価値のある人質だもの。あなたは人質にならないなら死ぬしかないけれど、どうする? もう一度よく考えてみて。生きていればこちらの隙を突いて逃げられるかもしれないわよ?」
「くどい! エミルを取り戻して国へ連れ帰る。アタシがすべきはそれだけよ!」
毅然とした態度でそう言うプリシラに、シャクナゲは大仰に肩をすくめて見せる。
「そう。残念だわ。実に口惜しいけれど、あなたには死んでもらうしかないわね」
心底落胆したようにそう言うとシャクナゲはドロノキに命じる。
「ドロノキ。その子たち、もう殺していいわよ」
そう告げるシャクナゲの目には冷酷な光が滲むのだった。




