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蛮族女王の娘《プリンセス》 第3部【王国編】(完結編)  作者: 枕崎 純之助


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第294話 『人体兵器』

「ジュード! 離れていて!」


 そう言うとプリシラは剣を抜き放つ。

 その前方からは異様な風体の巨漢であるドロノキが襲いかかってきた。

 ドロノキは右手に握った太い鉄棍《てっこん》を軽々と振り上げると、プリシラの頭上から振り下ろす。

 プリシラは落ち着いて後方に下がり、これを避けた。


 鉄棍《てっこん》は土の地面を抉《えぐ》り、激しく土煙《つちけむり》を巻き上げる。

 プリシラは埃《ほこり》が目に入らぬよう注意しながらドロノキと距離を取った。

 この広場は四方を壁《かべ》に囲まれていて、壁《かべ》の上には通路が設けられている。

 その通路には今のところ王国兵らの姿はなかったが、各所に篝火《かがりび》が煌々(こうこう)と焚《た》かれていた。

 その明かりが広場を照らし出し、夜の闇《やみ》の中でも視界は明瞭《めいりょう》だった。


 プリシラは相手の攻撃を冷静に避け続ける。

 ドロノキはその巨体の割に動きが速かったが、それでもプリシラにとって脅威《きょうい》になるほどの速度ではなかった。

 しかし太い鉄棍《てっこん》の一撃はプリシラの持っている剣では受け止められないだろう。

 そして相手は目の部分を残して顔全体を覆《おお》う鉄火面や、間接の継《つ》ぎ目を除いて体全体を包み込む鉄の鎧《よろい》を装備しているため、剣で攻撃できる箇所《かしょ》は限られている。


 さらにプリシラが警戒しているのは麻布の下に隠されたドロノキの両腕だ。

 一体そこに何を隠しているのか分からなかった。

 得体の知れない相手を前にプリシラの警戒心は研《と》ぎ澄《す》まされる。


(迂闊《うかつ》に近付けない。まずはあの麻布を引き剥《は》がさないと)


 プリシラは剣を鞘《さや》に収めると、ジャスティーナから預かっている短弓を肩から下ろした。

 そして腰帯に括《くく》りつけてある矢筒《やづつ》から一本の矢を取り出して弓に番《つが》える。

 そんなプリシラをドロノキは追ってきた。

 だがプリシラはすばやく動くと距離を取るように回り込み、ドロノキの腕を狙《ねら》って鋭く矢を放つ。


 矢は正確にドロノキの左腕に命中した。

 しかし固い金属音を鈍《にぶ》く響かせて矢は落ちる。

 プリシラはその音を聞き逃さなかった。


(麻布の下は素直に鎧《よろい》なの? でもそれなら隠す必要なんてないはず……)


 プリシラは次々と矢を放ち、ドロノキの左右の腕に命中させていく。

 すると……麻布が破れて中から黒光りする鉄の塊《かたまり》のようなものが姿を現した。

 プリシラは大きく目を見開く。


「何あれ……まさか……銃?」


 ドロノキが麻布に下に銃を隠し持っていたとしても、それ自体は驚《おどろ》かない。

 だがプリシラを驚《おどろ》かせたのは、銃がまるで腕に埋《う》め込まれているかのような異様なドロノキの姿だった。


「あ~! 破いた~! ひどいよ~! やっぱり悪い人だ!」


 ドロノキは怒って鉄棍《てっこん》をその場に放り出すと、右手で破れかけた左腕の麻袋をビリビリと破り捨てる。

 その左腕は人間のそれではない。

 手指は無く、肘《ひじ》から下が小型の大砲のようになっているのだ。

 その異様な姿にプリシラは戦慄《せんりつ》を覚える。


(な、何よあれ……腕を……武器にしている?)


 おそらくあの左腕の武器から砲弾を射出するのだろう。

 本当にそんなことが可能なのか、プリシラにはにわかには信じられなかった。 

 だが迂闊《うかつ》に近付き、至近距離からそれを撃たれたら避けようもないだろうし、当たれば即死も免《まぬが》れないだろう。

 ドロノキは右腕の麻布も左腕の大砲の先に引っかけて器用に破り捨てる。

 すると右腕は手指こそあるものの、肘《ひじ》から下に2門の銃口を持つ銃が埋め込まれていた。


(み、右腕にもあんなものが……)


 その醜悪《しゅうあく》な姿にプリシラは吐き気がした。

 王国は人体を兵器に改造しているのだ。

 それは許されざることだった。


 人の尊厳を踏みにじる非人道的な行為。

 それが今、目の前で体現されている。

 そんな場所にエミルが囚《とら》われていることが恐ろしかった。

 プリシラは怒りを極力抑えてドロノキに呼びかける。


「あなた……そんな姿にされてまで王国に従うの? あなたをそんなふうにした人たちが憎くないの?」


 だがプリシラのそうした言葉にもドロノキはヘラヘラとした笑い声を漏《も》らすばかりだ。


「えへへへ〜。俺、シャクナゲ様のために悪い人をブチ殺す。そしてシャクナゲ様からご褒美《ほうび》をもらう。うふふふ〜。俺、幸せ」


 そう言うドロノキにプリシラは閉口した。

 目の前にいる男は明らかに正気を失っている。

 おそらく善悪の区別もつかないのだろう。

 これではいくら正論をぶつけても話にならない。

 プリシラはジャスティーナの短弓をその場にそっと置くと、残りの矢が少なくなった矢筒《やづつ》も腰帯から取り外した。


「あなたを……倒す!」


 プリシラは覚悟を決め、勇気を持って両手を素手のままドロノキに向かっていく。

 相手は鎧兜《よろいかぶと》に守られているが、継ぎ目や目出しの部分を狙《ねら》えば倒せる。

 しかし当然、相手もそこを守るだろう。

 簡単にはいかない。


(まずはあの鉄火面を外さないと!)


 頭を剥《む》き出しにすればドロノキ攻略は一気に進むはずだ。

 それを狙《ねら》ってプリシラはドロノキに飛びかかる。

 一方のドロノキは再び鉄棍《てっこん》を拾い上げると、それをプリシラに向けて突き出した。


 だがプリシラは全力の速度でドロノキの背後に回り込む。

 ドロノキは慌《あわ》てて振り返るが、プリシラはさらに速くその背後に回り込んだ。

 ドロノキはプリシラを視界に捉《とら》えようと躍起《やっき》になってその場でグルグルと回る。


「はわぁ~! 目が回るぅ!」


 そこでプリシラは背後からドロノキの膝裏《ひざうら》を思い切り前蹴(げ)りで蹴《け》りつけた。

 巨漢のドロノキだがそこをプリシラの脚力で蹴《け》られては耐え切れず、グラッとのけ反《ぞ》って仰向《あおむ》けに倒れそうになった。

 そこでプリシラはそのままドロノキの後頭部を蹴《け》り上げる。


「ふげっ!」


 ドロノキは今度は前のめりに倒れたが、鉄仮面は外れなかった。

 プリシラは内心で舌打ちをする。


(結構しっかりと被っているのね)


 鉄仮面を外させて首を露出させれば勝負を早めに決することが出来る。

 ある意味で被害者のような男を殺すのは忍びなかったが、あのドロノキという男は危険だとプリシラは肌で感じ取っていた。

 善悪の区別がないだけに、躊躇《ちゅうちょ》なく人を殺すだろう。

 この場にいるのは自分だけではなく、物陰に隠れているジュードもいる。

 彼を危険に晒《さら》すわけにはいかない。


(アタシが早く倒さないと)


 プリシラは倒れているドロノキに馬乗りになり、鉄仮面を剥《は》がそうとした。

 だがドロノキは倒れたまま、いきなり左腕を前方に伸ばす。

 途端《とたん》に轟音《ごうおん》が鳴り響いた。


「っ!」


 プリシラはその音に驚《おどろ》いて思わず動きを止める。

 そして前方の広場の壁が爆発し、破壊されて崩《くず》れ落ちるのを見て、ドロノキが左腕の大砲を放ったのだと知った。

 そのすさまじい威力にプリシラは驚愕《きょうがく》する。

 そして彼女はハッとして前方を見た。

 大砲を受けて半壊した壁のすぐそばの地面に……ジュードが倒れている。

 

「ジュード!」


 見るとジュードが身を隠していた木材の山のすぐ裏の壁が破壊されており、おそらくジュードは崩《くず》れてきた壁の破片に巻き込まれてしまったのだ。

 プリシラは慌《あわ》ててドロノキの上から飛び出し、ジュードの元に駆け付ける。

 ジュードは頭から血を流していた。

 落ちてきた壁の破片を頭に受けてしまったのだと知り、プリシラは必死に彼に呼びかける。


「ジュード! しっかりしてジュード!」


 しかしジュードは完全に気を失ってしまっており、呼びかけにも目を覚ますことはない。

 プリシラは必死に彼を助け起こすが、そこで後方のドロノキが身を起こした。

 プリシラはハッとして後方を振り返る。

 その視線の先では、ドロノキがプリシラに蹴《け》られた頭を手で擦《さす》りながら怒りの声を上げた。


「俺の頭を蹴《け》った。痛い……痛いよぉぉぉぉぉ! 許せない! 悪い人!」


 そう言うとドロノキは右手をプリシラに向ける。

 その右腕に埋《う》め込まれた銃口が、気絶したジュードを抱えるプリシラに向けて火を噴くのだった。

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