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第290話 『戦火の只中へ』

「王都の下にこのような地下道が……」


 地中に掘られたモグラの道を進みながらエステルは目を丸くした。

 ジャスティーナの案内でエステルら5人は1人1枚ずつの銀貨を通行料としてモグラの男へ支払い、モグラのあなへと入ったのだ。

 この道ならば30分ほどで王都の中心にある王城まで行けるという話に5人はおどろいていた。


「プリシラはもう王都に入っているんでしょう? 走っていった方がいいんじゃないの?」 

「今頃、敵に囲まれているかも」


 最後尾を進むエリカとハリエットがれたようにそう言う。

 最初に名乗ったネル以外の4人も、先ほどあなに入る前にそれぞれジャスティーナに自己紹介を済ませていた。

 ジャスティーナは若き彼女らを淡々とした口調でたしなめる。


あせる気持ちは分かるが、王城に入ったらもう周囲は敵だらけだ。体力を温存しておきな」

「エミル様は王城内のどこにとらわれているのか、あなたは把握はあくされていますか?」


 ジャスティーナのすぐ後ろを歩きながらそうたずねるのはエステルだ。

 彼女はすでに王城の中に入ってからの動きを頭の中で想定している。

 王城内部の構造については、かつて分家として王国に住み、王城に実際に入ったことのあるクローディアやアーシュラ、オーレリアが資料として残しておいてくれた。

 ただしそれはもう10年以上も前の話なので、現在の王城内は色々と変わっているかもしれないが。


「私の相棒が黒髪術者ダークネスでな。エミルの居場所を感じ取りながら、プリシラと一緒に向かっているよ」

「プリシラ? プリシラに会ったの?」


 そう会話に割り込んできたのはハリエットだ。

 ジャスティーナは先ほどプリシラと再会してからの話を簡潔に説明した。

 見る見るうちに若き戦士たちの顔に希望の色が差す。


「よかった。何とかプリシラに追いつけそう」


 彼女らの顔を見ながらジャスティーナはプリシラの話題を口にするのが早かったと自戒じかいした。

 こうなると彼女たちは早くプリシラの元へ駆け付けたくて、自然と足早になる。

 ウズウズするその気持ちは分かるが、地上に出て王城内の敷地に入った途端とたん、周囲は敵だらけでそんな余裕は無くなるだろう。

 出来る限り体力を温存させておきたいし、浮足立つことなく気を引き締めておかねばならない。


「あんたたちならよく知っているだろうと思うけれど、あの子は強い。ちょっとやそっとの苦境ではビクともしないだろう。そんなあの子の力になりたいなら今持っている力をイザという局面で発揮はっきできるように今は腹の底にめ込んでおきな。たった5人でここまで来られたということは、あんたたちも並の戦士じゃないんだろう。けど、プリシラのために命をけるなら無駄むだ死にしないよう今は気持ちを落ちつけておきな」 


 それだけ言うとジャスティーナはむっつりとだまり込んだ。

 若き戦士たちは何となくそれ以上は口を開かずに歩き続ける。

 しばらくは無言の行軍が続いた。

 それを打ち破ったのはネルだ。

 ネルはジャスティーナのとなりに並び立つと気安い調子で話しかけた。


「なあ、あんた。はぐれ者ってのはいいもんか?」


 不躾ぶしつけなネルの質問に他の4人はきもを冷やしたが、ジャスティーナは気分を害したふうもなく口を開く。


「そんなことを聞いてどうする?」

「別に。興味本位さ。ものを知らねえ若者に教えてくれよ。あねさん」


 軽薄な口調とは裏腹にネルの目の奥には未知への好奇心がギラギラとかがやいている。

 それを見たジャスティーナは内心で嘆息たんそくしつつ、熱っぽくも冷ややかでもない淡々とした口調で答えた。


「誰にも生き方を指図さしずされない自由と、おのれの身をおのれで守るしかない孤独。その2つを楽しんでいつか誰にも看取みとられることなく1人きりで野垂のたれ死ぬ運命を受け入れられるなら……最高の生き方だな」  


 その言葉にエステルやエリカたちはイマイチ理解が出来ないといった顔をした。

 だがただ1人、ネルだけは妙にスッキリと晴れやかな表情を見せる。


「ははっ。そうか。そりゃあいいな。あんた……楽しんでんだな」


 そう言うネルに他の4人だけじゃなくジャスティーナも怪訝けげんな表情を見せたが、ネル本人は上機嫌で言った。


「いや、何でもねえ。忘れてくれ。さっさとじゃじゃ馬姫と泣き虫王子を連れて帰ろうぜ」


 そう言うネルに他の4人は顔を見合わせ、目の前に迫る決戦に再度気持ちをふるい立たせ、確かな足取りで地下道を進んで行くのだった。 


 ☆☆☆☆☆☆


「うぎゃあああああっ!」


 鳴り響く警笛けいてきに兵士の悲鳴が重なって不協和音となる。

 鮮血が舞い散り、王国兵が地面に倒れ込んだ。

 首を斬り裂かれた王国兵は引き付けるような痙攣けいれんをしながら息絶えていく。

 王城の廊下ろうかは血に染まっていた。


「ふうっ」


 王城に入ってからガイはすでに20名以上の敵を斬っていた。

 彼の湾曲刀は血に染まり、その息は弾む。

 これだけ斬っても、なおも敵の数は多かった。

 ここにきて王城内の警備態勢が一気に厳しくなったのだ。


(おそらくプリシラも王城に入ったな)


 少し離れた場所でも鳴り響く警笛けいてきに、自分以外にも侵入者がいることが容易に想像がつく。

 ということはこちらに出来る限り敵を引きつければ、プリシラの負担が減るということだ。


(とは言ってもこれだけ敵の数が増えると焼け石に水か)


 廊下ろうかの向こうから10人近い王国兵が槍を手に突進してきた。

 ガイは躊躇ちゅうちょせずに廊下ろうかの窓から外に飛び降りる。

 2階から平然と中庭に着地するとそこにも王国兵らが十数名いた。

 だが彼らはいきなり現れたガイに反応することが出来ず、先に斬りかかったガイの刃に3人があっという間に斬りせられた。


「ぎゃあっ!」

「うげっ!」


 とにかく一ヶ所に留まらないようガイは動き続けた。

 心臓の鼓動こどう早鐘はやがねを打っているが、過酷な訓練と任務できたえ上げた彼の体力はまだまだ尽きることを知らない。

 ガイは中庭の木をすばやく上ると、枝から再び王城の2階の窓に飛び込む。 

 先ほどまでいた廊下ろうかとは反対側のそこには、王国兵の姿はなかった。


 ガイは廊下ろうかの壁に寄りかかり、乱れた息を整える。

 そして水袋を取り出して、一気に水をあおった。

 水分が体に染み込んで行くのを感じながらガイは小さく息をつく。


「ふぅ……」


 だがその時だった。

 ガイが危機を察知して咄嗟とっさに顔をそむけると同時に、彼が飲んでいた水袋に鋭利な刃が突き立ったのだ。

 ガイは破れた水袋を打ち捨て、すぐさま姿勢を低くする。

 水袋に刺さっていたのは白く塗られた1本の杭だった。


「単身で乗り込んで来るとは相当な命知らずだな」


 声が響いてきた方向に目を向けると、廊下ろうかの曲がり角から1人の男が姿を現した。

 それは白い頭髪が特徴的な青年だ。

 その男は何本もの白く塗られた杭をその手に握り、油断のない冷徹な目でガイを見据みすえている。

 ガイは剣を握るとゆっくりと立ち上がる。


「邪魔する奴は斬る」

「邪魔? 邪魔とは何だ? ここは王国の王城だぞ。邪魔なのは貴様の方だろう?」


 そう言うと白髪の男はガイが一足飛びでは届かないであろう程度の間合いで立ち止まる。

 ガイはその男を観察した。

 若くして白髪の頭はココノエの民の特徴だ。

 ということは拳銃を所持しているかと思ったが、目の前の男が持っているのは白い杭と短剣程度だ。

 ガイはその目に鋭い光を宿して男をにらみつけるが、相手の男はガイの殺気にもひるむことなく問う。


「何者だ? この王城に何用か?」

「……貴様に説明する必要はない」

「フンッ。どうせ共和国の犬だろう? エミルを取り戻しに来たか、あるいは王陛下(へいか)の暗殺を目論もくろんでいるか、どちらかだろうよ」


 そう言うと白髪の男はわずかに腰を落とし、その目を大きく見開いた。


「俺はシジマ。ほまれ高きチェルシー将軍の副官だ。侵入者を排除する」


 シジマと名乗ったその男は、白く染められた杭を手にガイの命を奪うべく襲い掛かってくるのだった。

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