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蛮族女王の娘《プリンセス》 第3部【王国編】(完結編)  作者: 枕崎 純之助


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第291話 獣同士の食い合い

 シジマという男は右腕の肘《ひじ》から下が義手だった。

 その義手には太い杭が逆手に持つ格好で固定されている。

 そして自身のそれである左手で白く塗られた細い杭を投げ放つのだ。 

 その投射技術は正確無比だった。


 首、目、胸。

 白く塗られたその杭は確実にガイの急所を狙《ねら》ってきた。

 ガイはそれらを剣で確実に防いでいたが、守勢に回らざるを得ない。

 シジマと名乗った男の投げる杭はその速さもさることながら、ほとんど投げる動作を見せずに手首のしなりだけで飛ばしてくる技術がすさまじまった。

 いつ飛んでくるのか分からず、ガイも迂闊《うかつ》に踏み込んでいけない。


「くっ!」


 唇《くちびる》を噛《か》みしめるガイとは対照的にシジマは一切の感情の色を見せない。

 その無表情さがより攻撃の読みにくさを醸《かも》し出していて、ガイはシジマが歴戦の強者であることを感じ取る。

 ガイは注意深く剣を構えたまま、シジマの体や目線の動きを観察するべく時間稼(かせ)ぎの言葉をかける。


「貴様はココノエの民の割に銃を使わないのだな」 

「銃は不得意でな。俺はこちらのほうが敵を確実に殺せるんだ」


 そう言うとシジマはすばやく杭を放つ。

 ガイはそれを剣で受け止める。

 杭に毒が塗ってあることも十分に考えられるため、ガイは慎重にそれらを弾き返した。

 

(一体何本隠し持っているんだ?)


 シジマは体のあちこちから次から次へと白い杭を取り出す。

 もう十数本の杭が投げられ、ガイによって弾き落とされて床に転がっている。

 だが杭は無限にあるわけはない。

 このまま防御し続ければいずれはその数も尽きる。

 

 そう思ったガイだが、話はそんなに簡単ではない。

 中庭から大勢の兵士がこちらに向かって上がって来ようとしている。

 モタモタしているとすぐに囲まれてしまうだろう。

 ガイは早期に勝負をかけるべく、打って出た。


「うおおおおっ!」  

 

 裂帛《れっぱく》の気合いを込めてガイは限界まで速く剣を振るいながら前に出る。

 シジマは後方に下がりながらガイの足を狙《ねら》って杭を連続で投げた。

 ガイはそれらをギリギリで飛んで避けた。

 高く飛び過ぎぬよう、低く飛んで本当に杭から数センチのところを避けたのだ。


「チッ!」


 一気に間合いを詰めてくるガイに対し、シジマは腰帯から1本の杭を引き抜いた。

 それらは先ほどまで投げていた杭よりも大きく太いものであり、投げるというよりは手で握って相手に突き刺すための武器に見えた。

 シジマの義手の右手に固定されている杭と同じものだ。

 ガイが剣でシジマに勢いよく斬りつけると、シジマは太い2本の杭でそれを受け止めた。

 思った以上にシジマは筋力があり、ガイの斬撃を受けてもそれを平然と押し返す。


「くっ!」

「フンッ!」


 ガイは一度後ろ下がって距離を取った。

 シジマはガイを深追いせず、すぐさま左手の太い杭を腰帯に戻すと、空いた左手で投射用の細い杭をガイに投げつけた。

 ガイは剣でそれを払い落とす。


「そんなものは当たらん!」


 だがそう吠《ほ》えたガイは銃声を聞いた。

 銃撃は隣《となり》の棟《むね》の建物からだった。

 音が響くと同時に後方に頭を下げたガイだが、途端《とたん》に額《ひたい》に焼けるような痛みを感じる。

 そして彼の額《ひたい》から血が噴き出した。

 それを見たシジマがニヤリと笑うのを見たガイは瞬時に悟る。


(やられた!)


 窓枠《まどわく》から見える自身の頭を狙《ねら》って放たれた弾丸を避け切れなかったこと。

 そしてシジマが狙撃《そげき》手を別の場所に潜ませていたことを。


「1対1の正々堂々たる戦いだとでも思ったか? 生憎《あいにく》と俺はそういうことには興味がない。いかに効率よく相手を殺せるかのほうが大事だからな」


 ガイは袖《そで》で額《ひたい》をすぐさま拭《ぬぐ》う。

 傷は浅いが額《ひたい》という箇所《かしょ》だけに痛みが激しい。

 しかし痛みは問題ではなかった。

 流れ出る血に視界を遮《さえぎ》られることのほうが問題だ。


「くうっ!」


 すぐさま狙撃《そげき》は第2射、第3射と続く。

 ガイは背後に倒れ込むようにして後転し、これを避けた。

 そして窓枠《まどわく》から頭を出さぬよう、姿勢を低くしたまま剣を構える。

 しかしそこを狙《ねら》ってシジマがさらに杭を投げ込んできた。

 剣ではかわし切れず、ガイは鉄の手甲でそれを懸命に弾く。


「しぶといな! 若い割に実戦慣れしているじゃないか!」


 シジマは嬉々として叫びながら左手に太い杭を持ち替えて今度は突進してきた。

 連続で繰り出されるシジマの激しい杭の突き。

 それを必死に剣で受け止め、いなしながらガイも反撃の刃を繰り出す。

 相手の命を絶つ攻撃を絶え間なく繰り出す2人は、まるで互《たが》いを食い合おうとする獣《けもの》のようだった。

 だが……。


(くっ……このままではマズい)


 ガイは自身に死が迫っていることを感じ取った。

 窓枠《まどわく》より上に頭を上げられない低い姿勢のまま戦わねばならず、シジマに対する反撃は容易《ようい》ではない。

 と言って迂闊《うかつ》に頭を上げれば外からの銃撃を浴びる。


 さらに後方からはこちらに向かってくる王国兵たちの声が聞こえてきた。

 これではシジマの投射用の杭が尽きるまで持久戦に持ち込むことも出来ない。

 ガイにとっては複数の刃を同時にいくつもの方向から突き付けられて、詰む数歩手前といった危機的状況だった。


 ガイの頭の中にかつて隊長のアーチボルトから教わった言葉が浮かぶ。

 死への逆算。

 アーチボルトに教えられた多くの事柄の中に大陸将棋(しょうぎ)と呼ばれる盤上遊戯(ゆうぎ)があった。

 遊戯《ゆうぎ》とは言っても戦略的知識や合理的な考え方、勝負勘を養う学びにもなり、アーチボルトは好んでそれを青狐隊《ブルー・フォックス》の隊員たちと打っていた。


 ガイは結局ただの一度も勝つことは出来なかったが、その遊戯《ゆうぎ》をする中であと何手で自分が負けるというのを事前に分かるようになった。

 それをアーチボルトは「死への逆算」と呼んだのだ。

 そしてガイがそれを回避するための一手を打つようになると、将棋《しょうぎ》の一勝負にかかる時間は自然と長くなっていた。

 勝てこそはしないものの善戦するようになったからだ。


 アーチボルトはよく言っていた。

 実際の戦いの中でも死への逆算を出来るようになれと。

 自分の命があと何手で「詰み」になってしまうのかを逆算しろということだ。

 そうすることで死の確率をいくらかでも下げることが出来るというのだ。


 ガイはこれまでの任務の中でそれを意識して戦いに臨《のぞ》んできた。

 ガイの頭の中で自身の死がイメージされる。

 シジマに杭で刺されて死ぬ。

 銃撃を浴びて死ぬ。

 それとも後方から駆けつけてきた王国兵らに囲まれ、槍で突かれて死ぬ。


 そこに至るまでの逆算がガイの頭の中で始まり、それを回避するための自身の動きを繰り返し想像する。

 死への恐怖はある。

 だがそれを上回る怒りがあった。


 自分の命はもはや自分だけものではない。

 死んでいった隊長や隊の仲間たちが残した使命をこの命が背負っているのだ。

 そう思うと簡単に殺されてたまるかという、憤然たる勇気が湧《わ》いてくる。


(五体満足でなくともいい。勝てるなら腕の一本くらいくれてやる)


 ガイは強く心に念じて前に出る。


「無謀《むぼう》な特攻だな!」


 シジマは低い姿勢のガイに向けて次々と杭を投じた。

 ガイは剣と手甲で巧みにそれを弾き、落ちた杭を拾い上げる。

 そしてそれをシジマに鋭く投げ返した。

 シジマは大きく横に飛んでそれを避けた。

 その避け方を見てガイは悟る。


(やはり杭には何らかの毒が塗られている。一本でも浴びれば、運良く奴を倒せたとしても、後で動けなくなるかもしれない)


 緊張感は一気に増す。

 肉を切らせて骨を断つ戦法は選択できないということだ。

 それでもガイは前に出た。


 低い姿勢のまますばやく動けるのは青狐隊《ブルー・フォックス》での訓練の賜物《たまもの》だった。

 狭《せま》い空間でも戦えるよう、ガイは様々な制限下での訓練を受けている。

 まるで地面を滑《すべ》るかのように一気に接近してくるガイの速度は、シジマが後方に下がる速度を超えていた。


「くっ! それなら串刺しにしてやる!」


 そう吠《ほ》えるとシジマは左手の細い杭を捨てて、太い杭を持つ。

 ガイは下段から剣を横薙(な)ぎに払い、シジマの両足を狙《ねら》った。

 だがシジマは軽快に飛び上がると、上段から両手の太い杭を交差させてガイの脳天に振り下ろす。


「キィエエエエエ!」

「はあっ!」


 そこでガイは変則的な動きを見せる。

 剣を握った右手ではなく、左手で瞬時に腰帯から抜いた鞘《さや》を振り上げ、それでシジマの振り下ろす太い杭を受け止めたのだ。


「なにっ?」


 不意を突かれてシジマが驚《おどろ》きの声を上げる。

 そんな相手に必殺の一撃を繰り出すべくガイは右手の剣を翻《ひるがえ》した。

 だが……その瞬間にシジマの右手の義手が破裂したのだ。

 正確にはその義手の親指から……弾丸が射出された。

 それはガイに命中し、その肉を抉《えぐ》って貫くのだった。

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