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第266話 『エミルのために』

 王城の敷地しきち内にある黒帯隊ダークベルトの宿舎には、黒髪術者ダークネスのための瞑想めいそう室がある。

 彼らが感覚をぎ澄ませるための部屋であり、隊員1人1人に個室が与えられていた。

 特に隊長であるショーナのための瞑想めいそう室は棟を別にされており、他者の出入りを禁じられている。

 今そこに人目を忍んで滞在しているのは、頭に頭巾ずきんを被った1人の少女だ。

 彼女は居心地いごこち悪そうにしながら、部屋の主に恐る恐るたずねた。


「ショーナ様……私などがこのような場所にいていいのでしょうか」

「ヤブラン。必要だからあなたを呼んでいるのよ。遠慮えんりょは無用。それよりも手筈てはず通りに行いなさい」


 そう言うショーナはヤブランと共に机の前で、ある紙面に目を落としていた。

 それはヤブランが天空(ろう)とらわれたエミルに差し入れる予定の紙だ。


「あなたが書いたココノエの伝承。この文章を少しいじるわ。言われた通りに清書して。見張りの兵の検閲けんえつで怪しまれないように工夫しないと」

「はい……緊張します」

「大丈夫。あなたは自分で思っている以上に表情が変わらないから。いつもの調子でやりなさい」


 そう言うとショーナはふところから一枚の紙を取り出した。

 そこには何やら薬剤の名前のようなものがいくつか羅列られつされている。

 ショーナがその黒髪術者ダークネスの力を駆使して王城内の各所で苦労して集めた情報の結果だった。

 その一端として彼女は調理場の料理人たちが休憩している場所に身を潜め、1人1人の心を読んだのだ。


「エミルはおそらく食事に何かを盛られている。それは毒物とは違うけれど、それがシャクナゲ様の指示を受けた一部の料理人のしていることだということは分かった。何のためにそんなことをしているのかは、まだ分からないけれど。そして我が隊の副隊長ヴィンスが情けなくも麻薬におぼれ始めているという証拠もつかんだ」


 ショーナはそう言うと机の上に小さな紙片を置いた。

 それは粉末状の薬物が包まれていたとおぼしき油紙だ。

 それはヤブランがヴィンスの部屋から盗み出したものだった。

 彼女は今、黒帯隊ダークベルト隊長であるショーナにわれて小間使いとして、黒帯隊ダークベルトの宿舎で雑務を行う立場だった。

 

 その立場を利用して各人の瞑想めいそう室の清掃を行っていたが、彼女はヴィンスがたった一度だけ妙にフラフラとした足取りで瞑想めいそう室から出てくるのを見て、すぐさま彼の瞑想めいそう室に忍び込んだのだ。

 そしてこの油紙を手に入れた。

 その油紙をヤブランから受け取ったショーナは、そこに残されていたおぞましき感情の残滓ざんしを読み取ったのだ。

 ヴィンスはシャクナゲから与えられた麻薬におぼれ、シャクナゲの手足となって働いているのだとショーナは悟った。

 だがその話を聞いたヤブランは懸念をその顔ににじませる。


「……その証拠をどうされるのですか? 下手に動くとシャクナゲ様に察知されて、ショーナ様が危険なのでは?」

「ええ。だから慎重にやるわ。この情報を最も有効活用できる人に接触しないと。とにかくヤブラン。あなたはこちらの心配はしなくていいから、自分の行動に集中して。エミルが危険にさらされないように」


 そう言うショーナにヤブランは息を飲んでうなづくのだった。


☆☆☆☆☆☆


「あの白髪女……この国をむしばやまいそのものだわ」


 王妃おうひジェラルディーンは1人、自室の執務しつむ机の前で苛立いらだたしげにそう吐き捨てる。

 今、彼女は一通の手紙を手にしていた。

 自室の窓の隙間すきまから差し入れられたものだ。

 その手紙には差し出し人の名前が記されていなかったが、手紙を開くと1本の黒い髪の毛が入っていた。


 最初にそれを見たジェラルディーンは怒りに表情をゆがめた。

 髪の毛の入った手紙を王妃おうひに送りつけるなど不敬極まりない。

 だがすぐに彼女はその目を大きく見開いて食い入るようにその手紙の内容を読んだ。

 そこに記された情報が今の彼女にとって有益なものだったからだ。

 それは今まさにジェラルディーンが欲しがっている情報だった。

 

 手紙の内容の真偽しんぎは不明だったが、それが本当ならば彼女にとって不名誉ふめいよなこの状況を一気にくつがえすことが出来る。

 これまで彼女はシャクナゲを失脚に追い込もうと、数々の情報収集を行ってきた。

 シャクナゲ以外の3人の公妾こうしょうはすべてジェラルディーンの配下と言えた。

 しかし彼女たちを使ってもシャクナゲを排斥はいせきするための有力な情報は得られなかったのだ。

 だが今、その状況が大きく変わるかもしれない一手を彼女は手に入れた。


 王妃おうひジェラルディーン。 

 彼女はこの王国を古来より支える屋台骨と言われるウォルステンホルム家の出身だ。

 王国随一(ずいいち)の名家であり、これまで幾度いくども王家にとつぐ娘を輩出はいしゅつしてきた。

 ゆえにその気高さも他の追随ついずいを許さない。


「このジェラルディーン・ウォルステンホルムをコケにした者は誰であろうとただでは済まさないわよ。たとえ王であろうとも」


 ジェラルディーンは全てが終わった後のことを見据みすえ、そのための準備をすぐさま始めるのだった。


☆☆☆☆☆☆


 王城の天空(ろう)

 とらわれのエミルはこの日も目覚めの良い朝を迎えている。

 だが朝食を終えるとエミルはふとあることに気が付いたのだ。

 それは彼が食卓として使用している木造の机の表面に目を落とした時のことだ。


(あれ? 木目が……昨日と違う)


 エミルは衛兵に見咎みとがめられぬよう、机に視線を走らせた。

 だが表面の特徴的な木目が昨日は無かったこと以外は変化が分からなかった。


(でも……机が新しい物に替わっていることは間違いない……どうしてだろう)


 不思議ふしぎに思ったエミルは食卓のすくそばの床にしゃがみ込もうとした。

 だがそれを妙な動きだと思ったのだろう。

 白髪の衛兵が見咎みとがめて声を掛けてくる。


「おい。何をしている。おとなしく座っていろ」

「は、はい」


 エミルは仕方なく椅子いすに座り直す。

 しかしそこでまたしても気付いた。

 石床の小さなくぼみに細かい木屑きくずが詰まっていることを。


(もしかして……机が壊れたから新しい物に替えられた? でもどうして……)


 エミルはそれを奇妙に思ったが、なぜそんなことが起きているのかは分からなかった。

 念のため彼は今の机の木目をそれとなく記憶する。

 特徴的な木目なので覚えるのはそれほど難しくはない。

 そんな時だった。


「おい。面会だぞ」


 白髪の衛兵がそう言うと、鉄格子てつごうしの向こうの廊下ろうかから入るとびらが開き、いつものようにヤブランが差し入れを持って入ってきた。

 その手には紙のたばが握られており、彼女はそれを自分と同族の白髪の衛兵に渡した。

 検閲けんえつのためだ。


 エミルは立ち上がるとヤブランの元へ歩み寄る。

 先日、彼女が伝えてくれた言葉が脳裏のうりをよぎった。

 気を付けて、と彼女は言ったのだ。


「ヤブラン。いつもありがとう」

「いいのよ。エミル。今日も元気そうだね」


 そう言うとヤブランは微笑んだ。

 彼女の微笑みにエミルは思わずドキリとしてしまう。

 そして少々の気恥かしさを覚えながらうなづいた。 


 ここのところ面会に来るのはヤブランの他にはシャクナゲとその御供おとものみだった。

 シャクナゲは相変わらずエミルにとってはオニユリを想起させる苦手な相手だ。

 そして以前はシャクナゲと共に黒髪術者ダークネスの女性が来ていたが、最近はその役目を同じ黒髪術者ダークネスの男性がになっていた。 

 冷たい目をした男であり、彼が黒髪術者ダークネスの力でエミルの心に接触し、その様子をシャクナゲに報告していた。


 エミルはヤブランの前ではシャクナゲの話をしないようにした。

 彼女は以前、身をていしてエミルをオニユリの手から救い出した。

 そしてそのせいでオニユリからなぐるのひどい暴行を受けたのだ。

 今回は彼女を余計なことに巻き込みたくないと思った。


「いいぞ」


 白髪の衛兵が内容を確認した紙のたばをヤブランに差し出し、彼女は礼を言ってそれを受け取った。

 以前は本を差し入れてくれていたヤブランだが、最近は彼女の知るココノエの歴史や伝承などを手書きした紙をエミルに差し入れてくれていた。

 この内容がエミルには思いのほか面白かったのだ。

 

 ココノエという異国の知られざる文化に触れることが出来るからだ。

 この日もヤブランはココノエの民がなぜ生まれた時から頭髪が白いのかという伝承を十数枚の紙に渡って記してくれていた。

 ヤブランは鉄格子てつごうし越しにその紙面をエミルに向ける。


「今回は内容がちょっと多くて大変だけど、ちゃんと読んでね。面白いから」


 そう言うとヤブランはなぜか紙面を指でななめになぞって見せた。

 エミルはそれがヤブランからの何らかの合図だとすぐに悟る。

 彼女はとてもさとい少女で、衛兵は見ている中で不用意な振る舞いや発言は決してしなかった。

 衛兵らに見えないように、こうしてエミルに何らかの合図を送るのだ。

 

 エミルは黒髪術者ダークネスの力で彼女の心に触れてみる。

 同じ黒髪術者ダークネス同士ではないので、彼女の心はおぼろげな感情が見えるだけだ。

 彼女がエミルに対して用心するよう求めていることは分かった。

 しかしエミルはすぐに力を閉じ、それ以上は彼女の心に触れないようにした。

 あまりヤブランの心を読むようなことはしたくない。


「ヤブラン。いつも来てくれて嬉しいよ。でも……無理はしないでね」


 そう言うエミルの言葉と視線を受けてヤブランは感じた。

 エミルはこんな状況にあるというのに、自分の身を案じてくれているのだと。

 彼の優しさにむくいたい。

 エミルのためになることをしてあげたい。

 ヤブランは心からそう思うのだった。

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