第265話 『かつての地下道』
王国領に入ったジャスティーナはジュードの導きで、ある廃村を訪れている。
そこはかつて鉱山の村として出稼ぎ労働者らで賑わった場所だった。
しかし鉱脈が枯れて鉱物が採れなくなってからは人がいなくなり、もう20年も前に廃村となった村だ。
かつて人が住んでいた木造家屋は風雨に曝され続けて、今では崩れかかっている。
わずかに残った石造りの建物だけが乾いた風に曝されていた。
「まさかモグラの穴を使うことになるとはな」
ジャスティーナはそう言うと嘆息した。
ここを訪れた理由はジュードから事前に聞かされている。
「俺がかつて王国から脱走した時にここのモグラの穴を使ったんだよ。ここからなら一気に王都の側まで行ける」
「おまえが脱走したのは子供の頃だろう。大人になった今も通れるのか? 土の中でつかえて生き埋めになるのはごめんだぞ」
ジュードよりも体の大きなジャスティーナはそう言って顔をしかめる。
相棒のそんな様子にジュードは思わず笑った。
「珍しく不安そうだな。狭い場所は嫌いなのか? 大丈夫だよ。モグラの中には君に負けないくらい大男もいる。そんな彼らが立って歩けるくらいだから心配ないさ」
そう言うとジュードはジャスティーナを伴い、今も残る石造りの小さな教会に入っていく。
中は乱雑としており、かつて使われていた木造の椅子や棚、机などが半壊して倒れ、床に横たわっていた。
「ジャスティーナ。ちょっと手伝ってくれ」
そう言うとジュードは壁際に寄せられている祭壇の真横に立つ。
そしてジャスティーナと共に力を込めてそれを押し込み、横にずらした。
すると祭壇の下の床に大きな穴が姿を現す。
斜めに掘られたその穴には、歩きやすいように樫の木版が階段状に打ち付けられていた。
「子供の頃、俺は王都からモグラの案内でここまで逃げてきたんだ」
そう言うとジュードは穴の中に向かって大きな声で呼びかけた。
「おーい! モクラ! 客だ!」
モグラ。
それは通称であり、もちろん彼らは人間だ。
彼らはこの大陸の地下に無数の穴を張り巡らせて掘り、そこで暮らしている地下の民だった。
どこの国にも属しておらず、その存在を知る者も多くない。
ジャスティーナもジュードにその話を聞くまではその存在すら知らなかった。
「おーい!」
しかしジュードの呼びかけにも穴の中から反応はない。
「おかしいな。モグラは穴の中をひっきりなしに行き交っているはずなんだけど……」
地下に掘られた穴は複雑に枝分かれしており、モグラの案内なしに入れば迷ってしまうだろう。
穴を覗き込んだまま首を捻るジュードだが、不意に近付いて来る者の気配を感じて顔を上げた。
ジャスティーナもいち早くそれに気付いて振り返ると、持っていた短槍を教会の入口に向ける。
そこに現れたのは、鹿革の服を身に着けた中年の男だった。
彼はじっと2人を見つめている。
「……どこに行きたい?」
その言葉にジュードはハッとした。
モグラには地下から出ずに暮らす地下のモグラと、彼らと地上の民との橋渡しをする役目の地上のモグラがいることを思い出したのだ。
「あんた地上のモグラか。行き先は王都だ。頼めるか?」
ジュードの言葉にモグラは2本の指を立てる。
「王都までなら1人銀貨2枚だ」
そう言うモグラにジュードは快く銀貨を支払った。
2人で銀貨4枚。
決して安くはないが、支払いを渋って仕事を断られては困るからだ。
それを受け取るとモグラはジュードらの脇を通り抜けて穴の中に首を突っ込む。
そして何やら穴の中に大声で呼びかけた。
それは聞いたことのない言語だ。
途端に同じような言語が穴の中から響き渡り、穴の中に1人の男が姿を現した。
それは銀貨を受け取った男よりも年嵩であり、すでに初老に差し掛かって頭髪も白いものが多くなっている男だ、
その男を見た途端、ジュードは思わず声を上げる。
「あ、あんたは!」
ジュードはその男の顔をよく覚えていた。
子供の頃、王都の黒帯隊から脱走して王国から抜け出す際、この男が助けてくれたのだ。
13歳で国から出奔したジュードが追手に怯えて逃げ続けていた時に手を差し伸べてくれた男だからこそ、時を経て老いた人相になっていてもすぐに思い出すことが出来たのだ。
ジュードの脳裏に当時の記憶が鮮明に甦った。
☆☆☆☆☆☆
「ハァ……ハァ……」
ジュードは森の中を懸命に走っていた。
後方からは猟犬の吠える声が近付いてくる。
王都から脱走した13歳のジュードはすぐに自分に追手がかけられたことを知った。
それでも持ち前の黒髪術者の能力で危機を察知し、逃げ続けたのだ。
だが猟犬が放たれたと知り、ジュードは恐怖を覚えた。
訓練された猟犬の吠え声は後方近くまで迫り、ジュードは恐慌状態に陥って必死に走り続ける。
だが慌てたせいか足がもつれ、張り出した木の根に引っ掛かって転倒し、その勢いで茂みの中へと突っ込んでしまったのだ。
ジュードは土の香りにむせ返りながら自身の死を覚悟した。
猟犬に食いつかれ、追手の兵士に捕らえられ、王都に連れ戻されれば待っているのは厳しい拷問と処刑台だ。
せっかくショーナに見逃してもらったというのに、全ては無に帰してしまう。
それどころかショーナにも迷惑がかかってしまうかもしれない。
ジュードは悔しくて唇を噛んだ。
だが次の瞬間、ジュードが予想もしなかったことが起きたのだ。
彼の倒れている木の根元。
その木の幹の表面にいきなり丸い大穴が空いたのだ。
何が起きたのか分からなかった。
木の幹の中に空洞があり、そこから樹皮が蓋のようにパカッと開いて1人の中年の男が出てきたのだ。
彼はジュードを見るとすぐにその体を抱え上げ、木の幹の空洞の中へと戻って蓋をした。
その先は視界が暗転してよく分からなかったが、すぐに猟犬の声が遠くなっていく。
しばらくして気が付くとジュードは地下と思しき空洞の中に座り込んでいた。
そこからは中年の男の導きに従って、ひたすら地下道の中を歩き続けたのだ。
どれくらい時間が経ったか分からないが廃村の教会に出て、ここからは自由に行けと男に言われた時にジュードは初めて自分が助かったと知ったのだった。
☆☆☆☆☆☆
初老の男はジュードをじっと見つめている。
ジュードは思わず過去の記憶を思い返して呻くように言った。
「あ、あの時の……」
驚くジュードの顔を一瞥すると、初老の男はまるでジュードのことなど覚えていないとばかりに踵を返して穴の奥へと進んでいく。
ついて来いということだと知り、ジュードは気を取り直すとジャスティーナと顔を見合わせ、共に穴の中へと足を踏み入れていくのだった。




