第250話 『2人の出会い』
日の光が差し込み、地面に陰陽の斑模様を作り出している。
プリシラは光と闇の交差する地下道を駆けていた。
先ほどから聞こえてくる悲鳴のような声がだんだん近くなる。
(間違いない。誰かが争っている。こんな地下道で?)
その理由はプリシラには見当もつかなかったが、それでも彼女は声のする方へと走った。
人がいるということは地上への出入口があるということだ。
やがて走り続けるプリシラの視界に悲鳴の主と思しき者たちの姿が映った。
途端にプリシラは陰の中に身を潜めてしゃがみ込む。
そしてそこから目を凝らした。
大勢の男たちが1人の男を相手に押し寄せている。
プリシラはすぐにその大勢の男たちの正体に気付いた。
(さっきの蛮族たちと同じだわ……)
大勢の男たちはその頭に山羊の角付きの兜を被り、体のどこかしらに頭蓋骨を身に着けている。
そして手にした鉈などの刃物を振るって1人の男に襲いかかっていた。
襲われている男は何やら兵士のような装いだが、やけに若く見える。
そして何よりもプリシラの目を引いたのは、その若者の身のこなしだ。
前から押し寄せる蛮族らが振り下ろす刃物を彼はのらりくらりとかわす。
その動きは決して速くない。
だが奇妙なことに蛮族らの攻撃は一向に当たらないのだ。
(むしろ遅い……あのスピードでよく敵の攻撃を避けられるな)
そして遅い身のこなしとは対照的に男が繰り出す剣は異様に速かった。
若者が剣を振るうたびに蛮族たちの首が飛ぶ。
プリシラが見たことのない戦いぶりだった。
彼女は驚きと共にその目を大きく見開き、自分が感じている奇妙さの正体を見極めようと若者の動きを凝視した。
のらりくらりとかわす若者だが、攻撃に移る瞬間だけは目を見張るほど速い。
(そうだ……緩急の差だ。遅い動きから急に速い動きを見せて相手を幻惑させている。だから相手は反応できないんだ)
そして遅い動きに見える若者の身のこなしだが、わずかずつ速度を変化させていることにもプリシラは気が付いた。
そうした速度の変化に加え、急な方向転換をすることで相手に的を絞らせないのだ。
プリシラは若者の戦いに俄然興味が湧いた。
さらに若者の持つ剣は緩やかな湾曲刀であり、その切れ味は凄まじかった。
まるで木の葉でも斬るかのように人の首を静かに切断する。
そう。
静かなのだ。
若者は気合いの声を発することもなく、静かに相手の命を奪っていく。
闘志や殺意をまるで感じさせないのだ。
不思議な若者だった。
光の差し込む下で見る若者は柔らかそうな茶色の髪を持つ。
その体は長身でしなやかそうだ。
そしてどうやらかなり若いようで、プリシラとそう変わらない年齢に見える。
プリシラは彼の戦いぶりにすっかり目を奪われていた。
(何だか……綺麗な戦い方)
若者はすでに十数人の相手を斬り殺していた。
だが状況は楽観できるものではない。
なぜなら相手は後から後から押し寄せ、若者が斬り殺した人数の倍以上はまだ残っているのだ。
そう広くない側道であれだけの人数差があれば、プリシラでも厳しい。
(このままじゃ彼はもたないわ)
若者がどこの誰なのかも知らないが、それでもプリシラは彼を見捨てる気にはならなかった。
1人きりで敵と戦う辛さはよく分かる。
プリシラは握っている剣を閃かせると、陰から陽光の差し込む中へと飛び出していった。
☆☆☆☆☆☆
目の前から押し寄せる蛮族たちが口々に何かを喚いていた。
彼らの言語はガイには理解できないが、その嬉々とした顔を見れば一目瞭然で分かる。
おそらく獲物を殺したいという欲望をむき出しに、口汚くガイを罵っているのだろう。
彼らの目は殺気でギラギラとしていた。
(敵が多い…‥)
ガイは確実に敵を斬り倒しながら自身の誤算を感じていた。
前方から押し寄せる敵が思った以上の人数だったのだ。
作戦行動ではこのように予期せず1人きりで戦わなければならないこともある。
ガイは長く1人で戦えるよう、なるべく体力を消耗しないことを主眼にアーチボルトから戦い方を叩き込まれていた。
それでも必ず限界は来る。
無限に戦い続けられる者などいないのだ。
このまま戦い続ければ、どこかで体力の低下により今の動きを維持できなくなる。
そうなればガイは物量に押し込まれて一気に暴力の波に飲み込まれ、あっという間に殺されてしまうだろう。
(どうする……体力がまだ残っている今のうちに逃げるか……)
当然、背を向けて逃げるのは危険だった。
背後から投げつけられた鉈が背中に突き立つかもしれない。
それでも一か八か賭けてみようと思った。
その時だった。
背後から猛然と岩の地面を駆けてくる足音が響いてきたのだ。
新たな敵が背後からも迫ってきたのかとガイは思い、振り向きかける。
この状況で前後を挟み撃ちされてしまえば万事休すだ。
だがその瞬間に響き渡ったのは女の声だった。
「振り向かないで! 加勢するからそのまま前を見て!」
それは流暢な共通語であり、凛とした響きを伴っていた。
しかも高等な教育を受けた者特有の格式高い発音だ。
その言葉にガイは反射的に応じ、前を向いたまま敵に応戦する。
そこに飛び込んできたのは……美しい金髪の少女だった。
「はああああっ!」
少女は凄まじい勢いで剣を振るい、自分よりも体の大きい蛮族の男らを薙ぎ倒していく。
彼女の振るう剣は嵐のようだった。
斬られた相手は血しぶきと悲鳴を上げて一撃で倒されていく。
ガイは思わず目を見張った。
少女の顔には見覚えがある。
美しい顔立ちと艶のある金髪。
そしてまだ若い年齢でありながら鬼神のごとき剣の腕。
よく見ると彼女の腕や足は筋肉で大きく盛り上がっている。
ガイは思わず息を飲んだ。
(ダ、ダニアのプリシラだ。まさかこんなところで……)
青狐隊は中継地点で最新の情報を受け取っていたが、その際にダニアのプリシラが出奔したという情報も含まれていた。
青狐隊でも話題になっていたのだ。
プリシラはおそらく弟のエミルを自らの手で助け出すために1人で飛び出したのだと。
プリシラは直情的な性格だと聞いている。
イライアス大統領からエミルの救出作戦に加わることを許されず、我慢できなくなったのだろう。
しかしどこかでダニアの捜索隊に連れ戻されるものだと思ったが、まさか王国領まで足を踏み入れているとはガイも思わなかった。
「ボサッとしてないで手を動かして!」
ガイの動きが鈍くなったのを見て取ったプリシラが怒声を上げる。
ガイは弾かれたように再び動き出した。
突如として加勢に現れたプリシラの強さに、蛮族の男たちは明らかに動揺していた。
その容赦ない剣の攻撃は蛮族らを大いに慄かせている。
おかげでガイが1人で引き受けていた敵の攻撃の重圧が随分と軽いものになった。
1人が2人になっただけで戦況は大きく好転している。
ガイの剣とプリシラの剣が次々と敵を打ち倒し、やがて自分たちの敗北を悟った蛮族たちは、後方にいる者たちから順に逃げ出し始めた。
仲間たちが逃げるのを見た蛮族たちは雪崩を打って次々と逃げ出す。
もう戦おうとする者は1人もいない。
戦局は決した。
辺りには血の臭いが立ち込め、多くの蛮族の遺体が横たわる。
「あなた……大丈夫? ケガは?」
気遣うようにそう言うプリシラの顔をガイはあらためて見つめた。
それは間違いなくダニアのプリシラだ。
ガイは彼女の顔を見つめたまま、しばし逡巡する。
自分が青狐隊だということは他言できない。
だが隊長のアーチボルトは死に、残りの3人の仲間たちとは離れ離れになってしまった。
イグリッドの街はおそらく今頃、多くの王国兵たちが街中の見回りに駆り出され、警戒を強めているだろう。
離れた仲間を探して街に戻ることは出来ない。
他の分隊は今も別の道程で作戦続行中だが、ガイの部隊としては任務続行不可能と言うほかないだろう。
(それでも俺は……隊長がいなくても俺は……任務を続ける)
ガイは意を決して目の前の少女に目を向けた。
「俺はガイ。共和国のイライアス大統領より命令を受けて動いている。あんたは……ダニアのプリシラだな」
その言葉に金髪の少女は驚いて大きく目を見開くのだった。




