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第240話 『汚れた欲望』

「ふう。スッキリした。やっぱり適度な発散は必要よね。欲求不満は体に悪いし」


 そう言うとオニユリは衣をまとい、その上から革鎧かわよろいを身に着けて、部屋を出る。

 そこは王国軍が接収した貴族の邸宅の寝室だった。


「さて、新しい坊やをアリアドの家に送らないと」


 オニユリはこのジルグでもすでにレディー・ミルドレッドの息のかかった者らと接触を果たしていた。

 どうやら頭目であるミルドレッドは共和国で政府に捕らえられてしまったらしいが、ミルドレッドにはおいめいがいて彼らが事業に従事している。

 頭目がおらずとも、すぐに組織が破綻はたんすることはない。


 オニユリはすでに彼らに依頼して馬車を一頭手配していた。

 御者はミルドレッドの子飼いの男だ。

 オニユリは薬で眠らせてある寝室の男児に服を着せ、部屋から運び出すと御者に預けた。


「無事にアリアドまで送り届けてちょうだい」


 オニユリの言葉に御者はだまってうなづき、馬にむちを入れる。

 ジルグと同じ公国領のアリアドには今もオニユリの館があり、幼い子供らが彼女の帰りを待っている。

 さながら孤児院のようなそこに、この男児も送り届けるのだ。

 オニユリの欲求を満たすための要員として。

 

☆☆☆☆☆☆


 オニユリの館に向かう途中、シジマは1台の馬車とすれ違った。

 手綱たづなを握る御者の男は公国民だ。

 市民らが食い扶持ぶちを失わぬよう、彼らの経済活動は出来る限り続けさせる。

 占領統治する側は市民らから食糧などの提供を受けることもあり、市民らが困窮こんきゅうすれば王国兵らも困るのだ。


 ゆえに王国兵らが個人的に買い物をする際は、市場の適正価格で代金を支払うようにチェルシーは部下たちに通達している。

 もちろんそれが完全に守られているとは言えないが、それでも上から厳しい監視の目を向けるようシジマはチェルシーから命じられていた。


「市民の経済活動は一応続けられているようだな」


 近くジャイルズ王本人がこの公国を訪れるのではないかとうわさされていた。

 現在は占領状態にあるこの公国を、戦勝国である王国が併合する。

 あるいは属国として従える。


 そうした宣言をジャイルズ王が公国の首都ラフーガで行うのではないかとささやかれていた。

 おそらくそれは近いうちに実現するだろう。

 それをもって戦争が終結となる宣言だからだ。


「あら。兄様。見回りですか? お疲れ様です」


 シジマがちょうど考え事をしながら歩いていたら、いつの間にかオニユリが館から出て来て声をかけてきた。

 シジマは顔を上げて妹の顔を見る。


「オニユリ。おまえに聞きたいことがある」

「そうですか。私もちょうどご報告にうかがおうと思っていたところですわ。実は悪漢を4名ほど撃ち殺しましたの。ひどいやからたちで、女性を襲って殺していたので」


 オニユリの話に思わずシジマは言葉に詰まった。


「……そうか。やはりあの遺体はおまえが。ちょうどそのことを聞きに行こうと思っていた」

「あら。そうでしたか。奇遇ですわね」

「あの死んだ市民の女だが……1人だったのか? 子供はいなかったか?」

「子供? いえ、見ておりませんが……彼女には子供がいたのですか? それはお気の毒に……」


 そう言うオニユリにシジマはカマをかけてみた。


「殺された女と子供が一緒に逃げているのを見た者がいるらしくてな」

「そうですか。私が見かけた時にはすでに女性は殺されていて、子供の姿はどこにもありませんでしたわ。はぐれてしまったのかしら……いずれにしてもお気の毒ですわね」

「そうか。しかしめずらしいな。おまえが義憤に駆られてゴロツキを撃ち殺すなんて」


 そう言うシジマにオニユリは肩をすくめてみせた。


「別に正義感に目覚めたわけではなくてよ。歩いていたらゴミがあったから気まぐれに片付けただけ。そんなものですわ」

「そうか。オニユリ。しかし出来るだけ単独行動はひかえろ。ここは俺たちを憎む者たちの街だ。うらみも買っている。巡回の際は必ず俺を誘うか、他の部下たちを連れ歩け」

「ええ。ご心配おかけいたしましたわ。兄様」


 そう言ってすずやかに微笑むオニユリに、シジマはそれ以上追求はしなかった。

 妹が裏で何をしていようと、自軍の害になるようなことがなければ構わない。

 王国軍がこの公国を完全に手中に収める日は近く、その暁にはこの戦に大きく貢献こうけんしたココノエの一族はさらに重用されるだろう。

 シジマは一族の安寧あんねいがすぐそこまで近付いていることを感じ、それでもなお気を引き締めるのだった。 


☆☆☆☆☆☆

 

「王国兵の巡回が多いな」


 林の中の木陰こかげから遠く、ジルグの街影を見つめながらジャスティーナはそう言った。

 すぐとなりで同じく前方に目をらすジュードも言葉を重ねる。


「ジルグが陥落かんらくしたのは本当らしいな。公国はもう抵抗する力が残っていないだろう」


 彼らの見つめる先では、王国()をはためかせた一団が物資を運ぶために車列を成している。

 おそらくジルグを占領した王国軍の分隊が、近隣きんりんの村々から食糧を徴収しているのだろう。


「ジュード。念のため探ってくれ。あそこに黒髪術者ダークネスがいるかどうか」

「こっちが気付かれる恐れもあるぞ」

「気付かれたなら、すぐに逃げればいい。しかし出来れば気付かれないようにやってくれ。おまえなら出来るだろう?」


 平然とそう言うジャスティーナにジュードは溜息ためいきをついた。 


「無茶言ってくれるぜ。で? 黒髪術者ダークネスがいたらどうするんだ?」

「とっ捕まえてエミルの居場所を吐かせる」

 

 本当に何でもないことのようにそう言うジャスティーナに、ジュードは仕方なく言われた通りにする。

 彼女が無茶を言うのは毎度のことなのでさすがにもう慣れていた。

 ジュードは慎重に意識を前方に飛ばして気配を探る。

 意識が宙を舞い、はるか前方に見えるジルグの街影がグングン近付いてくる。


 ジュードの頭の中で彼は今、ジルグの上空を風のように飛び回っていた。

 黒髪術者ダークネスの気配は感じられない。

 こちらの気配を悟られないよう空の高い位置から慎重に確認を続けた。

 3分ほどで結論は出る。


「ふう。おそらく黒髪術者ダークネスはいない。意図いと的に力を抑えていない限りな」

「そうか。つまらんな」


 内心で安堵あんどするジュードとは対照的にジャスティーナは憮然ぶぜんとしていた。

 そんな時、王国兵らが去っていった前方から逆に1台の馬車がこちらに向かってくる。

 ジャスティーナとジュードはサッと再び木陰こかげに身を隠して馬車を見つめた。

 王国()をはためかせたその場車の御者台では、公国市民とおぼしき中年の男が1人で手綱たづなを握っている。


 王国()をはためかせているのは、王国が占領している今の公国ではそうすることで安全を得られるからだろう。

 そして……2人は見た。

 ほろ付きの荷台の後ろから飛び出した小さな手が弱々しく宙をかいているのを。

 その細さや短さから見るに、子供の手のようだ。

 それを見た2人はうなづき合い、即座に林から飛び出して駆け出した。


「フッ!」


 ジャスティーナは走りながら短弓を取り出し、前方に向かって放つ。

 その矢は前方を去っていこうとしている馬車を引く馬の手前の地面に突き立った。

 馬はおどろいて急停止し、前脚を上げていななく。


「うわっ!」


 突然のことに御者はあわてて手綱たづなを引き、馬を落ち着かせようとする。

 その際にジャスティーナとジュードは馬車に追い付いた。

 2人は阿吽あうんの呼吸で二手に分かれ、ジュードは後方の荷台に、ジャスティーナは御者台に飛び込んでいった。

 いきなり赤毛の女が乗り込んできたことに御者はおどろいて声を上げる。


「な、何だ? いきなり何を……」


 そう言いかけた男の胸倉をジャスティーナはつかむ。

 そしてそこで荷台に飛び込んだジュードがほろの前方の遮光布カーテンを左右に引いた。

 すると……荷台にはぎゅうぎゅうに詰め込まれた荷物の間に隠れるようにして、数名の子供が乗せられていたのだった。

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