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第239話 『蝕まれていく王国』

 ジャイルズ王の寝室。

 正妻であるジェラルディーン王妃おうひやその他の公妾こうしょうらが久しく入っていないその場所は、最近ではもっぱら白髪の美しい女が独占していた。

 第4の公妾こうしょうであるシャクナゲだ。

 肌もあらわな夜着の上に薄手の上着を羽織ったシャクナゲは、ベッドの上で身を起こす。


 彼女のとなりではジャイルズ王が静かに寝息を立てていた。

 つい2時間ほど前まで彼はシャクナゲの美しい体をむさぼり、ありったけの劣情れつじょうを彼女の奥深くへとほとばらせていたのだ。

 現在、大陸西部を震撼させている戦火の発起人であるジャイルズ王も、シャクナゲとの夜にはまるでとぎを覚えたばかりの若者のような振る舞いをしていた。

 シャクナゲはジャイルズ王のひたいれるひとすじの前髪を指でもてあそびながら、まどろむ王の耳元でささやいた。


「起きて下さいまし。私の愛しい陛下へいか


 その声に王は目を薄く開け、シャクナゲの姿を認めると彼女の手を引き寄せた。

 まるで幼子が母の手に甘えるがごとくだ。


「……もう朝か。夜が短すぎる。そなたとの時間が去ってしまうのが惜しい」

「まあ嬉しい。陛下へいかが何度も愛して下さるから私、すぐに子が出来てしまいそうですわ」

「このままそなたとずっとここにいたい」

 

 そう言って愛しそうにシャクナゲの腹をさする王のひたいに彼女は口づけをした。


「それはいいですわね。でもそろそろお薬を抜いておかないとご公務に差しさわりますわ」


 そう言うとシャクナゲは水差しをベッドの脇の丸机から手に取った。

 ジャイルズ王がこんなにもシャクナゲとの夜伽よとぎに夢中になっているのは、その美貌びぼうや彼女がとこ上手であることだけが理由ではない。

 一番はシャクナゲが作った特製の薬が原因だった。

 

 ジャイルズ王は白い粉末状のそれを小さな紙の筒で鼻から吸い込んでから、シャクナゲとの夜伽よとぎに臨むのだ。

 それはシャクナゲがジャイルズ王に教えた方法だ。

 そうすることで感覚は鋭敏になり、快感は何倍にもなるのだ。

 これを覚えたジャイルズ王はみ付きになった。


 今や王はほとんどシャクナゲの言いなりとなっている。

 だが、もちろん公務の際は王としての威厳いげんを失わぬよう振る舞っていた。

 シャクナゲにそうさとされたからだ。  


「今日も立派に王のお務めを果たして下さいまし。私、お仕事の出来る陛下へいかが好きですわ」

「ああ。そうしよう。おまえがそう言うなら」


 そう言うジャイルズ王にシャクナゲは熱い抱擁ほうようと口づけをする。

 そして王の胸に指をわせながら甘えた口調で言った。


「もう一つお願いがありますわ。陛下へいか。エミルを……私の配下に加えたいと思っておりますの。ですから彼の身柄みがらを私に預けていただけませんか」

「なに? しかし……エミルは我が国にとって大事な人質だ」


 そう言うジャイルズの胸から腹へとシャクナゲの指が下がっていく。


「ええ。分かっておりますわ。ですからこのお話は私と陛下へいかの間だけの秘密ということで。もちろんエミルを失ってしまうような無茶はいたしませんわ」

「だがな……」


 そこでシャクナゲの指がジャイルズの腹よりもさらに下へと下がっていった。

 彼女は熱っぽい目でジャイルズの目をのぞき込む。


陛下へいか……」

「……そなたに任せよう」


 ジャイルズは観念したようにそう言い、シャクナゲはそんな彼に再び抱きついた。


「嬉しい。陛下へいかはいつも私を大事にして下さいますね。おしたい申し上げておりますわ。陛下へいか今宵こよいは私、いつも以上に張り切ってしまいそう。楽しみにしていらして下さいね」


 そう言うシャクナゲの目が鋭く細められるのだった。


 ☆☆☆☆☆☆

  

 公国領ジルグの街にはそこかしこに王国軍兵士らの姿があった。

 占領統治は占領する側も占領される側もピリピリとした空気に包まれる。

 敗北して占領を受け入れざるを得なかった公国市民らは当然、王国兵への不満や反発心をつのらせている。

 それは少しでもつつけば暴発するはちの巣のようなものだ。

 そういう中で占領した側の王国兵らも常に周囲に気を配っていなければならず、緊張していた。 


 王国兵らに通達されているのは常に最低でも5人程度の集団を組み、それ以下での少人数行動を絶対に避けるようにとのことだ。

 自分たちよりも数の多い市民らに取り囲まれてしまえば、王国兵たちがいくら武器を持っていても危険だからである。

 実際、市民らの反発を受けてふくろ叩きにい、負傷した王国兵もいる。

 もちろんそうした市民らは王国軍に捕らえられ、投獄されて厳しく裁かれた。

 同時に無駄むだに市民を刺激せぬよう、王国兵らには無用な市民との接触は避けるようにも伝えられていた。


「少しずつだが市民たちも落ち着いてきているな」


 部下たちと街を巡回しながら市民らの様子を見つめてシジマはそう言った。

 王国兵に対する市民らの不穏な動きはないか。

 逆に市民らを無闇むやみに刺激する王国兵らの振る舞いはないか。

 自分の目で見て回り、各所で話を聞いて回る。


 もちろんこんなことをしたところで、目の届かぬ場所で私欲から狼藉ろうぜきを働く者はいるだろう。

 また市民たちの不満は決して消えることはないだろう。

 それでも上は見ているぞという姿勢を見せておくことが今のシジマの役割だった。

 そうして街を回る折、中心街から離れた裏路地近くの警備と監視に当たっていた王国兵から報告が上がってきた。


「シジマ様。何やらめ事があった様子です。銃声を聞いて駆け付けた兵士らが、数名の遺体を発見しました」


 その話を聞いたシジマはすぐにその兵士に案内させて現場に駆け付けた。

 するとそこには4人の男の遺体と、1人の女の遺体が横たわっていた。

 路上は彼らの流した血で赤く染まっている。


「男らは後頭部を銃撃されて、女はのどを刃物で突かれて死んでおります」


 兵の報告にうなづき、シジマは遺体のかたわらにしゃがみ込むと一体ずつ確認していった。

 男らの後頭部に穿うがたれた銃創は拳銃の弾丸によるもので、すべて正確に後頭部の真ん中に命中していた。

 男らは即死だっただろう。


(……オニユリだ)


 これだけの正確無比な銃撃が出来る者をシジマは他に知らない。

 なぜ妹がこの男たちを撃ち殺したのか、その理由を考えてみる。

 男らは身なりからしてゴロツキだろう。

 オニユリにちょっかいを出してきたのなら、拳銃をチラつかせるだけでこの程度の連中くらい追い払えるはずだ。

 それを背後からいきなり撃つとということは、何か状況が差し迫っていたのだろう。


 シジマはそれから倒れている女の遺体を確認する。

 この女だけは銃ではなく刃物で殺されている。

 まだ30歳前後の女だ。

 なぜこの女が死んだのか。


 女のすぐ近くには血の付着した小刀が落ちている。

 これが女を殺した凶器と見るのが普通だ。

 粗末な小刀だった。

 少なくとも気位きぐらいの高いオニユリがこんな小刀を持つことはない。

 シジマは頭の中で仮説を立てる。


(このゴロツキどもがこの女を襲った。そして女はゴロツキどもに殺された。その現場を目撃したオニユリが、後方から拳銃で男たちを撃ち殺した)


 それは簡単な構図だった。

 だがシジマはおのれの妹の性分をよく知っている。

 女が襲われているから助けるような、そんな正義感で動く妹ではない。

 何かこの男たちを撃ち殺した別の理由があったはずだ。


 シジマは死んだ女をもう一度見る。

 身なりは質素だ。

 商売女ではない。

 家庭を持つ婦人という感じだった。

 シジマはハッとする。


(子供……そうだ。このくらいの年齢の女ならば子供がいたとしてもおかしくはない)


 シジマは苦虫をつぶしたような顔で立ち上がる。

 オニユリはこのジルグですでに1つ貴族の館を接収していた。

 軍舎は男ばかりなので嫌だと言って、そこに寝泊まりしているのだ。


「オニユリの奴。面倒事を起こす前にもう一度(くぎ)を刺しておかねば」


 そう言うとシジマはオニユリが根城にしている貴族の邸宅へ向かうのだった。

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