第174話 PM21: 38①
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◇ 聖獣・ショコラ ◇
◆――PM21: 38
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み~つ~け~た~わ~よ~!!!
あたいはでかい屋敷のバルコニーに立って、目をギラギラさせながら目の前の人間たちを睨みつけていた。
窓の向こうのなんだか高そうな部屋には、おちびと、それから例の陰気な男がいる。陰気な男の向こうには従者のちびもいるわ。
やあ……っぱりあんたが犯人だったのね! ずっとうさんくさいと思っていたのよね!
ガルルルル!!! とあたいは唸った。
本当はこのまま窓ごとぶち抜いて男の首に噛みつきたかったんだけど、それをやると割れた窓ガラスがおちびに飛ぶかもしれないからぐっと我慢するわよ!
代わりにバキッ! と扉についてた鍵を破壊してやる。そのまま手で扉をあけ放つと、陰気な男とあたいを阻むものはもう何もなくなった。
ふっふっふ……どう調理してやろうかしらねぇ!
とりあえずあいさつ代わりの猫パンチ、いっとく?
そう思ってあたいが手を振り上げた時だった。
「だめだよショコラ!!!」
なんとおちびが、陰気な男の前に立ちふさがってきたのだ。
「ちょっと、どういうつもりよ!」
あたいの尻尾についてる蛇が、シャーッ! と威嚇する。
「ショコラ! このおじさんわるいひとじゃないよ! アイを、たすけてくれたんだよ!」
「はぁ?」
おちびを助けてくれたぁ? 状況的にどう見ても攫ってきた側だけどぉ?
あたいが疑ってるのがわかったのか、おちびがほおを膨らませてぷんぷんと怒り出す。
「ほんとだよ! しんじてくれないなら、もうなべのおじちゃんにおやつつくってもらわないもん! そしたらショコラもたべれないもん!」
「ちょ、ちょっとぉ! おやつを人質にするのは倫理的によくないって、てママに習わなかったの!?」
「ならってないもん!」
言って、ぷん! とおちびがそっぽを向く。
あ~~~この感じ、本気のおちびだわ……。こうなったら面倒なのよねぇ。おちびのくせに。
「わ、わかったわよぉ……信じるわよぉ……」
「じゃあ、いつものにもどって。ライオンさんやめて」
ぬぐぐ……。ここで小さくなったらあの陰気な男を猫パンチできないじゃないのよ……。
ためらうあたいを、おちびが唇を尖らせながらキッと睨んでくる。
「ショコラ」
「~~~っわぁかったわよぉ!」
しょうがないから、あたいはいつもの可愛い猫ちゃんモードに戻った。
みるみるうちに、視線が低くなっていく。
「これでいーい?」
すっかり猫に戻ったあたいを見て、おちびがようやくにっこりする。
「うん!」
とそこへ、バタバタ……というせわしない足音が聞こえてくる。
「まずい。猫は隠さないと」
なんて言うなり、陰気な男があたいをガッと掴んだ。
「ニ゛ャ゛ッ!?」
それからさっきまでおちびがいたベッドの下にサッと放り込まれる。
「なっ何を――!」
「なんの騒ぎだね!?」
あたいが全部言う前に、バタン! と部屋のドアが開いた。
反射的にあたいは口をつぐんだ。なんとなく今はそうした方がいいって、野生の勘が言ってたのよ。
「……ヴァルター侯爵」
やってきた男は、ヴァルター侯爵と言うらしい。
あたいはもぞもぞと床を這って、ベッドの下からちらりと部屋の中を見上げた。
……ああ、あの太った男、見たことがあるわね!
だってあのお腹! 妊婦の王妃よりでかいんだもん! そのせいでよく覚えてるわ。
陰気な男と一緒に何度かおちびに会いに来ていたけれど、やっぱりこいつもグルだったのね!
今すぐ噛みついてやりたい……!
あたいが必死に我慢している前で、陰気な男がサッとおちびと太った男の間に立った。
「目覚めた聖女が取り乱していた。だがすぐに薬で落ち着かせるから問題ない」
「ふん、そうか……」
太った男の目が、じろりとおちびに向けられた。おちびは震えながらうつむいている。
「わかっていると思うが、ラウル殿下。ここまで来たらあなたと私は一蓮托生。今さら聖女の誘拐には関わっていないと言っても、誰も信じますまい。あとはあなたが王位に就くか、あるいは私もろとも破滅するか。道はふたつにひとつですぞ」
「……わかっている」
あっ、あ~~~!!! なんか王位に就くとかどうとか、とんでもないこと言いだしてる! やっぱりどっちも悪い奴なんじゃない! ならやっぱ今飛び出しちゃおうかしら!?
フッ! フッ! と息が荒くなってしまう。そんなあたいの前に、赤髪の従者がそっと立つ。多分、太った男からあたいを隠しているのだろう。
やがて気がすんだのか、太った男がのしのしと部屋から出て行った。
「リュシアン。部屋の前で見張りを。話を聞かれたらまずい」
「はい」
陰気な男の命令で、従者が部屋の外に出ていく。
中に残されたのは、あたいとおちびと陰気な男の三人だ。
あたいがのそのそとベッドの下から這い出ると、陰気な男がじっとあたいを見つめていた。
「さて……改めて聖獣よ」
「何よ!」
あたいはがうっと吠えた。といっても猫の姿じゃ全然迫力はないんだけどね。
――と思ってたら、陰気な男がすぅとしゃがんで、あたいの前に片膝をついたのよ。そしてそのまま手を胸にあて、あたいに首を垂れる。
「此度はすまなかった」
お、おお!?
何よ急に……! そんな臣下みたいに頭を下げちゃって……!
あたいが戸惑っていると、陰気な男がなおも続ける。
「すべては私の力不足が招いた事態……。咎はすべて私が受ける。だからどうか聖女と、それからリュシアンを、王宮に……いや、ホートリー大神官の元に連れて行ってもらえないだろうか」
ホートリー大神官?
もちろんおちびは家に連れ帰るけど、なんでホートリー大神官? それに。
「リュシアンて誰よ」
「先ほど見張りに立たせた従者だ」
ああ、あの赤毛、リュシアンって名前なんだ。
「でも、なんであの赤毛を大神官のとこにつれていかなきゃならないワケ? そもそも何がどーなっておちびがこんなところに誘拐されたのか、さっっっぱりわかんないんですけど! 説明してもらってもいーい!?」
あたいがぐいぐい迫ると、陰気な男が今気づいたというようにハッとした。
「そうだった。すまない、考えが至らなくて……今、すべてを説明する」
そう言って男が語ったのは、ヴァルター侯爵と呼ばれる太っちょの、荒唐無稽な計画だった。
「知っての通り、ヴァルター侯爵は昔から私を王太子として擁立してくれていた。だが私は破れ、腹違いの弟ユーリが国王の座に就いた」
「そうね。そんで、あんたはそれにずっと不満があったってこと?」
「いや、私に不満はない。元々、王位には向いていないと長年思っていたんだ。だがそんなことを口に出すわけにはいかなかった。だからユーリと王位を巡って争って負けた時は――心底ほっとしたよ」
ふぅぅ~~~ん?
あたいはうさんくさそうに陰気な男を見た。
「でもあたい、聞いたことあるわよ。あんたが、おちびのパパが即位した後も虎視眈々と王位を狙ってるって」
「そう、見せかけていたんだ。……そうしないと、ヴァルター侯爵が暴走するかもしれなかったから」
「暴走って? 今みたいにおちびを攫うってこと?」
「それもあるが……」






