第173話 PM21: 20
◆――PM21: 20
「ハァ、まったく……!」
おおきなためいきがきこえる。
だれ? ……パパ?
「う……ん……」
きこうとおもってうごいたら、だれかがハッといきをのむおとがした。
「パパ……?」
いって、わたしはぱちっとめをあけた。
……ふしぎ、もうぜんぜんねむくないかも。いっぱいねたから?
ねころがったまま、わたしはおへやのなかをみた。
……ここ、どこ?
おへやのなかには、ろうそくがいっぱい。
それから……すぐそばに、おとこのひとがいた。
「ひゃっ!」
だれ! パパじゃない!
わたしはいそいで、べっどのはんたいがわににげた。
てであたまをかくしてぶるぶるしていると、ひくいこえがきこえる。
「起きたか」
……? あれ……?
そのこえ……きいたことがある。
わたしはどきどきしながら、おとこのひとをじぃっ……とみた。
ちょっとくらくて、みえにくいけど、わたし、このひとしってるかも。
えっと……たしか……。
「……らうる……おじさん?」
わたしがいうと、おとこのひとはぴくっとした。
「……ほう。私の名前を覚えているのか」
きかれて、わたしはこくんとうなずいた。
だってこのおじさん……なんかいかあったことが、ある。
ショコラはこのおじさんのこと、
『不審者よ! 何考えているかわかんないし、近づいちゃだめよ!』
ってすごくきらってたけど、アイは、ほんとはそんなにきらいじゃないの。
おじさん、かおはこわいんだけど……たまに、たすけてくれるから。
おたんじょうびのときも、まいごになったアイを、たすけてくれたから……。
それにだっこしてくれたとき、ちょっとパパににてるなあっておもったの。
ママにきいたら、『エーメリー公爵ラウル様は、パパのお兄ちゃんなのよ。だからアイの伯父さんということね』っていってたから、おぼえてる。
「おじさん……ここ、どこ……?」
わたしがきくと、おじさんのかおがすごくこわくなった。
それは、まえのパパが、アイをぶつときのかおににていて。
! このひとは、こんなふうにきいちゃいけないひとだったかも!
そうおもったら、からだがすっごくつめたくなった。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
たたかれる!
わたしはいそいでぎゅっとちいさくなって、あたまをかばった。
「もうきかない! もうきかないから!」
わたしがぶるぶるふるえていると、おじさんのこまったこえがきこえた。
「ち、ちがう」
それからおおきなてが、わたしのあたまにふれてくる。わたしはびくっとした。
「っ……!」
ぼんぼんっ、ぼんぼんっ。
「……っ……。…………?」
ぼんぼんっ、ぼんぼんっ。
……こ、これ……あたま……たたかれてるの……?
ぼんぼんっ、ぼんぼんっ。
でも……べつにいたくないよ……。……もしかしてぶたれてるわけじゃ、ないの?
どきどきしながらみてみると、おじさんはすごくこまったかおで、ずっとわたしのあたまをぼんぼんしていた。
「すまない。こんな風に怖がらせるつもりではなかったのだが……」
そういってるときも、おかおにぎゅっとしわがいっぱいで、ちょっとこわい。
「ラウル様」
そこに、ちがうこえ。
あっ! さっき、アイにあまいおみずのませてくれたおにいちゃんだ。
おにいちゃんはおへやのすみっこにいたみたいで、しずかにちかづいてくる。
「顔が怖いです。眉間に皺を寄せるのをおやめください」
「む……こうか……?」
おじさんがムムム……といいながらがんばってるけど、ぎゃくにかおがぴくぴくして……それはそれでちょっとこわい。
「……」
それをみたおにいちゃんは、なにもいわなくなっちゃった。
かわりに、ふぅ、とちいさくいきをはいて、わたしのほうにやってきた。
「それから、子供を撫でる時はこうです」
いって、おにいちゃんがわたしのあたまをなでる。
なでなで……。そのては、ママみたいにやさしい。おにいちゃんは、て、ちょっとちいちゃいんだねぇ。
「む……そうやるのか……」
こんどは、おじさんがアイのあたまをなでる。
さっきのぼんぼんとちがって、こんどはちゃんとやさしい。
…………もしかしてさっき、アイをなでてたの?
あんなにぼんぼんしてたのに?
あたまのなかに、はてながいっぱい。
でもきいたら、おこられちゃうかも……。
そうおもってたら、おじさんがアイのあたまからてをはなした。
「……それから、先ほども怒っていたわけじゃない。ただ……君にどう話すべきか、悩んでいた」
……おこってたわけじゃ、ないの?
わたしがじぃっとみつめると、おじさんのかおがまたこわくなった。
びくっとする。
「ラウル様、顔」
「ハッ……」
おにいちゃんにいわれて、おじさんはごしごしとかおをこすった。
「……すまない。私は生まれつきこうなんだ。感情表現が苦手で、父にもよく『お前は面白みのない人間だな』とよく言われた。そのせいで母にもいらない苦労をかけた……」
そういったおじさんのかおは、なんだかかなしそう。
「……おじさん、だいじょぶ?」
アイがきくと、おじさんはちょっとだけ笑った。
「大丈夫だ。もう諦めている」
……ほんとうに……?
わたしがじぃっとみていると、おじさんがつづけた。
「それより、すまない。私の力不足でヴァルター侯爵の暴走を止められなかった。先ほど闇魔法を払うための聖水を飲ませたが、もう気持ち悪くないか」
さっきのんだおみず、せいすいだったの?
だからあたまがすっきりしたのかな。
「うん、だいじょうぶだよ。それより……」
ヴぁるたーこうしゃく……って、だれだっけ。
わたしはいっしょうけんめい、おもいだそうとした。
ヴぁるたー……ヴぁるたー……うーんと……。
あっ!
それからぴんとくる。
「さっき、おめんかぶってたひと!」
ばしゃからおりたときに、しろいおめんをかぶってたひと。
おめんでかおはみえなかったけど、おおきなからだとか、かみのけが、みたことあるなっておもってたの。
「そうだ。……よく覚えていたな。仮面をかぶっていたのに」
「うん。だって、あんなにふとったひと、ほかにしらないから。……あっ」
わたしはあわててくちをおさえた。
「? どうした?」
おじさんがふしぎそうにきいてくる。
わたしはちょっときまずくなった。
……どうしよう、いってだいじょうぶかな。
「…………おじさん」
「なんだ」
「あの…………ママに、いわないって、やくそくしてくれる?」
「何やらよくわからんが……君が嫌なら、約束しよう。君のママには言わない」
「あのね……おみみかして」
わたしがいうと、おじさんはちょっとぎょっとしたようだった。
「む……。そ、そんなに近づいてもいいのか?」
っておにいちゃんにきいてる。
「ラウル様から近づくのは問題ですが、聖女様が言っているのなら問題ないかと」
「わ、わかった」
それからこわいかおで、アイにおみみをちかづけてくる。なんでかしらないけど、ぜったいにわたしをみないようにしているみたい。
「あのね……」
わたしはこしょこしょささやいた。
「ほんとは『ふとってる』って、ひとにいっちゃ、いけないんだよ……」
まえにね、「あのひと、ふとってるねぇ」っていったら、こまったかおのママに「しー……」てされたの。
それでね、ほかのひとの、たいけいのことをいうのは、あんまりよくないことなんだって。
いわれたほうは、かなしいかもしれないんだって。だからおもってても、くちにださないでねってママにいわれたの。
「……ああ、なるほど」
おじさんはうなずいた。
「確かに、人の外見についてあれこれ言うのは良くないことだ」
う……そうだよね……。
「ま……ママにないしょにしてくれる?」
わたしはしんぱいになって、もういっかいきいた。
「大丈夫だ。誰にも言わない。ここだけの秘密だ」
ほっ。
よかったあ……。
きっとママはおこんないんだけど、それでも、アイがいっちゃったって、しられるのやだったの。
「すぐにでも君をここから逃がしてやりたいのだが、さすがにこの屋敷の中では分が悪い。せめて私が、君の父親ほど剣を使いこなせていたら……」
きみのちち……。
「パパのこと?」
わたしがきくと、おじさんはうなずいた。
「そうだ。君の父親――ユーリは、この国一番の剣の使い手だからな。……彼はすごい。あれだけの腕前がありながら、頭もとても賢い。何より、穏やかでいながら、ちゃんと人の上に立つ王の素質がある。……同じ父を持っていながら、私とは大違いだ」
「? そうなの?」
「ああ。……私には、何もないからな」
そういったおじさんは、またちょっとさみしそうなかおをしていた。
「勉強も、剣術も、どれだけ頑張ってもせいぜい中の上。何より致命的な口下手で……王位継承戦に負けるのもしょうがないというものだ」
「ラウル様、それは」
「慰めはいらん。事実だ」
「……失礼いたしました」
おにいちゃんがなにかいおうとしたけど、おじさんにとめられて、すぐにしずかになった。
わたしはこまった。
だって、おじさんのつかうことばはむずかしくて、ちんぷんかんぷんだったのだ。
ちゅーのじょーってなに? おーいけーしょーせん……?
どれもよくわかんないけど……。
「アイはおじさんのこと、きらいじゃないよ?」
そういったら、「……ははっ」ってこえがきこえた。
「そうか。嫌いじゃない、か」
……あ。おじさん、わらってる。
ずっとこわいかおだったけど、わらうとちょっと、パパみたいだね。
アイ、そっちのほうがすきだなぁ。
それに……。
「おじさん、なにもなくないよ。ちゃんとあるよ。つぼみ」
「……? つぼみ?」
「うん」
わたしは、おじさんをじっとみた。
じぃぃいっとみた。
そしたらね――おじさんのからだがぽぅってひかって、おじさんのなかに、おはな、あるのがみえた。
それはたてにながくって、くきに、いっぱいつぼみがくっついてる。
らべんだーのおはなを、すっごくおおきくしたかんじ?
「しかも、もう、ちょっと、さきかけてるね」
「……? なんの話をしている?」
「あのね、ちょっとまっててね」
わたしは、てをぱんってあわせた。
「よいしょっ!」
それからぱっ! てゆびをひらくと――あ、よかったあ。
おじさんのおはなが、わ~~~ってさいていたの。
「なん……!?」
おじさんは、すごくびっくりしている。
「ラウル様!? どうされました!?」
おにいちゃんがはしってくる。
「い、いや……! なんだこれは……!?」
「あのね! おはな、さいた!」
わたしはうれしくなってにこにこした。
「アイの、〝さいのうかいか〟だよ」
もう、なんかいもつかったから、アイもこのことば、おぼえたよ。
「〝才能開花〟……? もしや、聖女の使う〝スキル〟のことか……!?」
「うん」
わたしがうなずくと、おじさんも、おにいちゃんも、びっくりしたみたいだった。
「ラウル様、まさか……!?」
「ああ、どうやらそのまさかのようだ。今までぼんやりとしていたものが、今ははっきり見える! これは……!」
「あのね、おにいちゃんのさいのうはね――……」
そのときだった。
おにいちゃんがとつぜん、ハッとしたかおになる。
「何か来ます!」
さけんだおにいちゃんは、バルコニーのほうをみていた。
わたしとおじさんも、バルコニーをみた。
バルコニーにつづくまどのむこうには――おおきなおおきなくろいかげがあった。
そのおおきなかげをみて、わたしはさけんだ。
「ショコラ!」






