第167話 出たわね
「エデリーン様。ヴァルター侯爵さまがいらっしゃいました」
出たわね。ヴァルター侯爵。
「わかったわ。待合室にお通ししておいて。私もすぐに行きます」
言って、ゆっくり立ち上がる。すぐさまアンが部屋を出て、代わりにラナとイブが私の支度をするために駆け寄ってくる。
アイの生誕祭を終え、そして私の懐妊発表をしてからというもの、私に会おうとする人が急増していた。
今日会うヴァルター侯爵もそのうちのひとり。
◆
「ご無沙汰しておりますわ。ヴァルター侯爵」
応接間に移動した私が、やってきたヴァルター侯爵に微笑みかける。
「こちらこそ、ご無沙汰しておりました。エデリーン王妃陛下」
ヴァルター侯爵は、ふくよかな体に、後ろに整えて流した濃い栗色の髪とあごひげをしている。その顔には笑顔が浮かんでいるけれど、瞳には油断ならない鋭さもあった。
侯爵は私のお父様とは同年代である上に、地位もちょうど同じぐらい。
ただし、お父様がユーリ様派だったのに対して、ヴァルター侯爵はラウル様派だった。
つまりお父様とヴァルター侯爵は、バチバチの政敵だったのよ。
ユーリ様が国王になってからだいぶ大人しくなっていたのだけれど、今になって急に私に接触してくると言うことはきっと妊娠のことよね……。一体何を考えているのかしら。
私は警戒を表に出さないよう、努めて穏やかな表情で侯爵を見た。
ユーリ様が国王になってから早一年以上。アイの力もあって国内情勢はかつてないほど安定しているけれど……。
「本日はお時間を頂きありがとうございます。また、遅くなりましたが改めてご懐妊、誠におめでとうございます。本日はささやかながら、お祝いもご用意させていただきました」
「ありがとう」
表向きは懐妊祝いの挨拶、ということね。
私は侯爵からの懐妊祝いの贈り物を受け取った。中身はカメオのブローチ。とても品よく上質なもので、私は丁寧に感謝の気持ちを伝えてそれを受け取った。
「いやはや、それにしてもこれで王国の未来も安泰ですな」
「そうですわね。このまま無事に生まれてきてくれることを、ユーリ陛下も私も、心より願っておりますわ」
「まったくでございます。ちなみに、お腹の子の性別は、もう判明されたので?」
……来たわね。
私は微笑を崩さないようにしつつ、身構えた。
王妃失格だと言われそうだけれど、本当はこういう腹の探り合いはあまり得意ではないのよ。王妃になった以上、そうも言っていられないけれど……。
「さぁ、それはまだ……」
「大神官様のお力を借りれば、そろそろ判明するのでは?」
「そうですわね。でも、私もユーリ陛下も、どちらが生まれても構わないと思っているのです」
「なるほど……。ですが、もし男児だった場合は王位継承権にもかかわってくるのでは?」
わっ。そこ、触れてきます!? 思ったより踏み込んでくるのね!?
「そうなりますわね。まぁですが……まだ生まれてきたわけじゃありませんから。確証のないことは言わないようにしていますの。判明すれば、正式な報せとして出しますわ」
つまり、遠回しに「それまで口出ししないでちょうだいね」と言っていたりする。
「ふぅむ……」
あごひげを撫でながら、ヴァルター侯爵はどこか納得がいかなさそうだった。
その後も、お腹の子のことやら、アイのことやら、ユーリ様のことやら、色々なことを私から聞き出そうとするものだから、全部のらりくらりと交わすはめになったわ。
途中「お腹が張ってきましたから今日はここで」と切り上げなければ、夜まで捕まっていたかもしれない。
◆
「お疲れ様でございました! 足をお揉みいたします!」
「ありがとう、アン」
部屋に戻ってから、私は素直にアンのマッサージを受けていた。ここ最近は体、とくに足のむくみがひどくて、靴もワンサイズ上のものに切り替えなきゃいけないくらいだったりするのよ。
「なんだかとても疲れたわ……」
「もういっそ、お体を理由にお会いになるのをやめてはいかがですか?」
「そうね……。それも本気で考えようかしら」
交流をスパッと切ってしまうのは、そう難しいことではない。
ただ、アイを会わせない。そして自分自身も会わないとなると、「王妃は自分を嫌っているんだ!」というような軋轢が生じてしまうことがある。それで私が問題を起こせばそれは私ひとりの問題ではなく、国王であるユーリ様も巻き込んでしまうのよ。
人間関係というのは時計のぜんまいを巻くように、定期的に手入れをしなければいけないものなのよね。
……とはいえそれで消耗していたら、元も子もないのだけれど。
難しいわ。政治。
「ママ!」
そこに元気いっぱいのアイの声が聞こえてくる。
扉の方を見ると、山盛りの〝焼き芋〟を抱えたアイが立っていた。
――ドタバタした生誕祭も終わり、気が付けば時期は秋真っ盛り。
今年も実りの秋のようで、色んな食材が王宮の食卓にも出るようになったわ。幸い私のつわりはつらかったものの、あの一件で完全に落ち着いたみたいで、今は食欲の秋を思う存分満喫できていた。
まず秋といえば、な栗は、焼き栗にモンブランに、マロン・グラッセ。それから栗羊羹! 羊羹の中にごろっとした栗が入っていて、なんだか鉱山の中から宝石を発掘したような気持ちになって楽しいのよね。
さらに秋と言えばかぼちゃよね。かぼちゃのポタージュスープに、かぼちゃのグラタンに、ニョッキ。どれもかぼちゃの濃厚で、それでいてまろやかな甘みがたまらないわ!
そしてなんと言っても、今アイが抱えている焼き芋!
実はこれ、サクラ太后陛下が教えてくれたものなんだけれど、とってもおいしいのよ。
芋と言っても普通のじゃがいもとは違って甘いもので、サクラ太后陛下は〝さつま芋〟と呼んでいたわ。
それをなんと、オーブンでも焼き窯でもなく、大きな壺で焼き上げるのよ!
まずはアイひとりがすっぽり入ってしまいそうなほど大きな壺に、中に〝シチリン〟と呼ばれる小さな携帯焜炉を入れるのですって。
そして壺の内側の側面に沿って、針金で吊るしたさつま芋をびっしりと並べて中の七輪に火を点火。
あとは壺の口を木蓋で覆ったら、時々芋の角度を変えながらじっくり焼き上げるだけ。
……焼き上げるだけ、なんて簡単に言ってるけれど、実際にその仕事を行っているのはもちろんハロルドよ。
壺の中の熱さにふぅふぅ言いながら頑張ってくれていたわ。
いつも思うんだけど、ハロルドって本当によくやってくれているわよね……。ぼたもちの時もたい焼きの時もそうだったし、太后陛下からも結構な無茶ぶりを振られていると思うのよ。
今回の焼き芋だってそう。大きな壺を手配したかと思うと、ちゃんと壺の下部には空気穴をあけて。それからもちろん七輪の用意。
……本当に、よく頑張っているわ……。
王宮料理人だからもちろん年棒は弾んでいるはずだけれど、ここまで来たらもう、爵位のひとつやふたつあげてしまいたくなる。
料理人としては難しいかもしれないけれど、騎士の方に何かと理由をつけて叙爵できたり、しないかしら?
職権乱用? でもハロルドは前聖女であるサクラ太后陛下の御心を救っているのよ。それくらいあってもいいと思うのよね……よし、あとでユーリ様に相談しよう。
そんなことを思っていると、またアイの可愛らしい声がした。
「ママ! はい、ママのぶんのやきいも!」
見れば、アイがパカッと割った芋を半分、私に差し出してくれていた。
「ありがとう。これ、おいしくって大好きなのよね」
「アイも!」
言うと同時にアイは焼き芋にぱくりとかぶりつた。
私も遠慮なく、まだほくほくとしたあたたかさ残る焼き芋を口に入れたわ。
途端に広がるのは、栗ともかぼちゃとも違う、さつま芋のねっとりとした濃厚な甘み。
う~~~んこれこれ!
おいしさに頬を押さえながら私は悶絶した。
まさか、芋にこんな食べ方があったなんて。そして焼いただけで、こんなに甘くなるなんて!
アイもとっても気に入ったみたいで、毎日といっていいぐらいハロルドに焼き芋をおねだりしているのよ。
でもその気持ちもわかるわ。
砂糖をたっぷり使ったお菓子もおいしいのだけれど、それとは違う優しい甘みというのかしら? でも決して甘さが足りないというわけではない。それに加えて、ほっくほくだったり、ねっとりしていたり……絶妙なバランスが沁みるのよね。
ショコラもちゃっかりおこぼれをもらっているみたいで、ラナがお皿に盛ってくれた焼き芋をハグハグと食べている。
聖獣になったことが告知されてから、ショコラはようやくお食事食べ放題となったみたいで、毎日ご機嫌よ。
……ん? でも心なしか、ショコラの体が以前よりも丸くなったような……?
元々ころころしていたけれど、なんだか体全体が巨大化しているような……?
冬毛? この時期、もう冬毛って生えてきたかしら?
私はじっとショコラを見つめた。
……いえ、これは冬毛というより、ショコラの体そのものが大きくなっているわね……! だって後ろから見た時の体のシルエット、明らかに以前より大きいもの。
そこまで考えて、私はふと気づいた。
………………そういえば、私も最近ドレスのサイズがひと回り大きくなったわよね?
もちろん、妊娠しているしお腹周りも少しずつ膨らみ始めているからサイズが大きくなるのはなんら不自然なことではないんだけれど……。
ないんだけれど……。
考えながら、私は自分の顎にそっと手をやった。
途端に、ぷにゅり、という、なんともやわらかなお肉に触れる。
あら~! なんてたっぷりとしたお肉なのかしら! まるで食べごろの豚さんのよう――……。
って違う違う違う!!!
お肉の厚みに一瞬正気を失いかけて、私はあわててアンに言った。
「あ、アン! 鏡を持ってきてくれるかしら!?」
「承知いたしました!」
アンは有能なので、すぐに小さな手鏡を持ってきてくれた。
私はその鏡を恐る恐る覗き込み――……。
「イヤァアア~~~!!!」
――この世の終わりのような悲鳴をあげたのだった。
ある程度太るのはしょうがないとは言え、人生で出したことのない体重を叩き出すと悲鳴が出ますよね。
生まれて初めて二重アゴになった写真はいまでも戒めとして引き出しに入れています(涙目






