第160話 ……まあうん、あの人よね ◆――ショコラ
部屋の中にいたのは、灰色のハイネックドレスと、同じく灰色の深いつば付き帽子、それから灰色の仮面をつけた灰色の魔女だ。
除く髪色はグレイヘアで……まあうん、あの人よね。
それはおちびも気づいているようで、警戒心はどこへやら。ニッコニコで灰色の魔女に駆け寄っている。
「まじょさま! なぞなぞください!」
鍋の悪魔の時と違って、今回はだいぶ前のめりねぇ。
まぁどう見てもあの人だし、危険な気配ないものね。
「私のなぞなぞに、全部答えられるかしら? ぜんぶ解けたら、宝の地図をあげましょう。覚悟はいいですか?」
「はいっ!」
おちびがぴしっ! と背筋を伸ばして、目をらんらんと輝かせている。
魔女はにこりと微笑むと、ゆっくりと話し出した。
「では一問目。朝になると空を赤く染め、夜になると消えるもの。毎日顔を出すけれど、決して同じ色じゃない。なーんだ?」
「あさ……? あ、わかった!」
答えはすぐにわかったみたいで、おちびが顔を輝かせながらぴょんと跳ねる。
「おひさま!」
「そう、正解です」
朝になると昇って、夜になると沈む。
まぁこれくらいはね。あたいのアドバイスがなくてもおちびなら余裕でしょうね。
「じゃあ次は二問目です。あなたが歩けばついてくるけれど、どんなに速く走っても前にはいけない。太陽が出ているときにだけあらわれる友だち。なーんだ?」
「たいようがでてるときだけ……?」
おちびが、「うーん」と考え込んでいる。
ああもう、簡単じゃない。あれよ、あれ。
「……あ、わかった! かげだ!」
おちびが部屋の中の影を見ながらはしゃいだ声を上げた。
そう! 大正解よ!
まぁね、これもね、ほんとお子様向けって感じよね。
「正解。それでは最後の三問目です」
魔女が微笑む。おちびがごくりと唾を飲んだ。
「お顔があって、あなたのことをそっくり真似するの。でもしゃべらないし、自分のことは言わない。なーんだ?」
「ん……っと……?」
おちびがうんうんと難しい顔で考え始めた。
ま、あたいは賢い猫だからすぐにわかったんだけど、もしかしたらおちびにはちょーっと難しいかもしれないわねぇ?
ここはいっちょ、賢い猫こと聖獣のあたいが、助け舟を出してあげようかしら。
考えてあたいはあたりをきょろきょろと見回した。
すると――やっぱりあったわね!
あたいはとことこ歩いてから、その台にぴょんっと乗った。
それから「にゃーん!」とひときわ高く鳴く。
「ショコラ?」
鳴き声に気づいたおちびがあたいを見る。
「なんでそこにのって……あっ!」
あたいの目の前にあるものに気づいて、おちびもようやく気付いたらしい。
「まじょさまわかったよ! わたしのことをまねして、でもしゃべらないのは……かがみだ!」
自信たっぷりに言いながら、おちびがビシッ! とあたいが乗っている鏡台を指さした。
鏡台の上にはもちろん、大きくて丸い鑑が乗っていて、そこにはあたいの麗しい姿と、自身たっぷりの顔をしたおちびが映り込んでいる。
そうそう、どんなに現実では騒がしくても、鏡の中に映っている姿たちは喋らないものね。
「ふふふ、大正解ですよ」
灰色の魔女がころころと笑った。
「では見事全問正解したあなたには、ご褒美としてこれを授けましょう」
そう言って魔女が差し出してきたのは封筒に入った手紙とお皿に乗った――。
「なぁにこれ?」
『にゃにこれ?』
あたいとおちびはそろって声をあげた。といってもあたいはぬかりなく猫語だけど。
だって……魔女が差し出してきたのは、一見するとぼたもちに形がよく似ているんだけど、意味がわかんないくらい緑色のものだったのよ。
緑っていうか、もうちょっと薄い、黄緑ぐらい? 青りんごみたいな色?
青りんごなら青りんごで理解できるんだけど、目の前のものは、ぼたもちの見た目をしていながら色は青りんごなのよ?
この色、大丈夫そ? カビじゃない? 食べて大丈夫なの?
あたいがうさんくさいものを見る目でじぃ~~~っと見てる横で、おちびは目をきらきらとさせていた。
「わぁ! きれいなきみどり! おばあちゃん、これなあに?」
コラコラ。魔女様の呼び名が消えて完全におばあちゃんになっちゃってるじゃない。バレバレとはいえ雰囲気ってものがあるでしょ雰囲気が。これだから子供はだめなのよ。
「これはね、〝ずんだ〟っていうのよ」
「ずんだ?」
ずんだぁ? 何よそのもったりとした呼び名は。
「ずんだはね、枝豆を潰してつくったあんこなの」
「あんこ!」
へぇ、じゃあこれ、元はやっぱり豆ってこと? 枝豆って初めて聞いたけど、こんな色しているのねぇ。
あたいは身を乗り出してずんだとやらを見た。それからくんくんと匂いを嗅いでみる。
うん、確かにこの爽やかな香り、豆の匂いな気もしなくもないような……え? 猫なんだから匂いぐらい嗅ぎ分けろって?
バカ言わないで。犬猫の嗅覚は確かに人間よりは優れているんだけど、それは種類にもよって違うのよ。汗とか脂とかそういう匂いは得意だけど、逆に植物みたいな匂いはそれほど得意じゃないの。もちろん人間よりは優れてるけどね。
「さっき投げた白い豆があるでしょう? あれは大豆と言って、極東の国から仕入れてきてもらったものなのよ。枝豆はその大豆が、まだ緑色の時に収穫して作るものなの。ハロルドさんが、とてもおいしく作ってくれたのよ」
あたいはハロルドの名前を聞きながら密かに感心した。
あいつ、本当になんでもできるわねぇ……。そういうところは素直にすごいと思うわ。
「ねぇねぇおばあちゃん、たべてみてもいい?」
おちびはと言うと、魔女の話を聞きながら待ちきれないというようにこてんと首をかしげておねだりをしている。ちゃっかり魔女の膝に頭をのせているあたり、この子、自分が可愛いのをわかってやっているわね……。小悪魔め。
「もちろんよ。はいどうぞ」
言いながら魔女が、手ずからずんだとやらを切り分けておちびにあーんしている。
「気に入ってくれるといいんだけれど……どうかしら?」
おちびはもちゃもちゃと租借をして(あ、もちろん実際にはお口は閉じているわよ? 王妃の教育のたまものね)、それからぱぁぁっ! と顔を輝かせた。
うん。わかりやすい。これは気に入った時の顔ね。
「おいしい!!!」
「ふふふ。よかった、おかわりいる?」
「いる!」
すぐさま次のずんだがおちびの口に吸い込まれていく。
一生懸命咀嚼しているその顔は、本当においしそうで。
……ねぇ、ちょっと。
我慢できず、あたいは後ろ足で立つとちょいちょい、と魔女に向かって前足を伸ばした。
「あら、あなたも食べたいの?」
気づいた魔女が目を丸くしてあたいを見ている。
……何よう。猫がずんだを食べたがっちゃだめなの? いや普通の猫は駄目かもだけど……。
あたいが必死の思いをこめて前足でちょいちょいちょいちょいちょいちょいと魔女を突いていると、ふいにそばにあったでっかい雪だるまの置物がごそりと動いた。
「!? ッシャー!!!」
突然の気配にあたいが毛を逆立てて威嚇する。途端、雪だるまの頭がぼろりと取れた。
そこから現れたのは――。
「おっとっとっと」
動きづらそうな雪だるまの置物――もとい、着ぐるみをきた大神官が、よたよたと落ちた頭を追いかけていたのよ。
「あらまぁホートリー。頭が取れて全部丸見えじゃない」
「ホッホッホ。いやはや申し訳ない」
汗をかきかき、大神官が謝っていた。
「ホーのおじいちゃん?」
当然そんな状態では、おちびにもバレるというもので。というかバレない方が不思議よね。
「おっとっと、バレてしまいましたな。最後に驚かせるつもりが……」
いや十分びっくりしたわよ。あんた、おちびが入ってきてからずーっとあそこに不動で立ってたわけ? 普通に怖いわよ。
「それはそうと太后陛下、そこのネコ殿なら人間の食べ物をあげても大丈夫ですぞ。なんせアイ様のお力により、誇り高き聖獣になりましたからね」
そうそう、もっと言ってやって! あたいは聖獣だから、人間の食べ物だってぜーんぜん平気なんだって!
「ああ、そういえば、以前そんなことを言っていましたね……。あなたがそう言うのならきっと平気なのでしょう。ではショコラにも、ずんだをあげましょうね」
言いながら魔女があたいにもずんだを差し出してくる。
これこれぇ~。これを待っていたのよ!
あたいはご機嫌であーんと口を開けた。
まず口の中で感じるのは……初めて食べる豆の風味豊かな香り。
んんん? 何これ。確かに餡子と同じ豆っぽさがあるんだけど、餡子よりだいぶさわやかかも?
それからひんやりとした、ちょうどいい甘みね。あんこみたいに甘い! って感じじゃないんだけど、豆の青臭さと砂糖の甘味がちょうどいいっていうの? うんうん、悪くないわよ。なかなかおいしいじゃない!
あたいはまたパカッと口を開けた。
「あらあら、あなたもおかわりがほしいの?」
魔女がくすくすと笑いながらあたいの口の中におかわりを入れてくれる。
う~~~ん。ずんだの風味と甘さもいいけど、そこに絡んでくるもち米のもっちもち感も、たまらないじゃない。人間の食べ物をそんなに食べてきたわけじゃないけれど、豆と米ってこんなにあうものなのねぇ。
あたいとおちびはそろってもちゃもちゃとずんだのぼたもちを食べていた。
そんなあたいたちを見て、魔女がふふふと笑う。
「では、ふたりが食べている間に次の手紙を読んであげましょうね」
そう言って、魔女は読み始めた。
実は何を隠そう、ずんだが一番好きです!






