第158話 これじゃあ宝探しっていうより…… ◆――ショコラ
……人間って、時々変なことやるわよねぇ。
たったったったっと前を走るおちびを追いかけながら、あたいはやれやれとため息をついた。
おちびの誕生日――を想定したお祭り。
なにやら城中の人間がどたばた、こそこそしているとは思ったけど、こんなへんてこなことをやりだすなんて。
そもそも鍋の悪魔て何よ、鍋の悪魔て。
もしかして魔界の大鍋のことかと思ったけど、常識的に考えておちびの誕生日にわざわざそんな物騒な単語出したりしないわよねぇ?
一体何がやりたいのかしら……。
それに……。
走るおちびに合わせてとことこ歩きながら、あたいはちらりと後ろを振り返った。
その途端、王宮の廊下に並ぶ太い丸柱の後ろにいた双子の騎士、それから王妃と国王がサッと柱の陰に姿を隠す。
……あの人間たち、一体何をやっているわけ?
どう見てもバレバレな尾行に、あたいは心の中で「はぁ?」と悪態をついた。
そもそも四人も大人が尾行してたら、丸柱ぐらいじゃ隠れきれないんですけど。
王妃のボリュームたっぷりのドレス、思いきりはみ出ちゃってますけど。
……もしかしてあれで、おちびを見守ってるつもりなの?
あまりにも雑な尾行っぷりに、あたいはまたハァとため息が出る。
これじゃあ宝探しっていうより……初めてのおつかいを見守る大人たちの奇行って感じよね。
ほんと、人間って変なことばっかり考えるわねぇ。
あたいがまたくるりとおちびの方を向くと、途端に柱の影からサササッと奇行の大人たちも出てくる気配がする。それに気づかないふりをしてあたいは歩き出した。
「ショコラ……! ついたよ!」
しばらく歩いたのち、おちびとあたいは馴染みのある扉の前に来ていた。
それは厨房に繋がる大きな扉で、過去何度も一緒に忍び込んできた場所だ。
「ここになべのあくま……いるのかな!」
『うん、いると思うわよぉ。鍋のあいつが』
一応聞かれるのを考慮して、あたいは猫語でおちびに話しかけている。おちびには人間の言葉に聞こえるけど、それ以外の人間には猫の言葉にしか聞こえないってやつね。
おちびがおそるおそる扉の取っ手に触れようとして、ぴたりと止まった。
「なべのあくま……こわかったらどうしよう」
ふっ。さすがおちび。魔王を退ける力を国王に授けたくせに、こんな子供だましの悪魔を怖がるなんて、まだまだ可愛いところあるじゃない。
『だぁーいじょうぶよう。鍋の悪魔なんて、このあたいがちゃちゃっとやっつけてあげるから!』
言いながらあたいは肉球から爪を繰り出し、わきわきさせた。
「ショコラ……!」
『だからあんたはあたいを信じて、中に入りなさい。それに、悪魔の弱点である白い豆とかいうのもあるんでしょ?』
「う、うん! そうだね! ショコラがいるからだいじょうぶ!」
ようやく決心がついたらしい。
ふーっ! と大きく息をしてから、おちびが取っ手に手をかける。
その横であたいは考えていた。
……もしかしなくても、鍋の悪魔って多分アイツのことよね? これはむしろあたいにとってチャンスなのよね……!
ギラギラと目を輝かせながらあたいは舌なめずりした。そんなあたいの様子に、おちびは気づいていない。
おちびが、ギッ……と子どもにとっては少し重ための扉を開く。
普段人でごった返していることの多い厨房に、今日は誰もいなかった。
「……だれもいないね」
『そうねぇ……。あ、そういえばなんか言ってたわね。今日は使用人たちもみんな、あんたの誕生日に免じてお休みもらってるんでしょ?』
王女の生誕祭に豪華な宴! ……というのは昨日の時点でもう開催しおわっていて、代わりに今日はみんな休みをもらっているらしい。
普通今日こそ豪華な料理を前にみんなが集まるもんじゃないの? と思ったりするんだけど、そこはあの王妃と国王のことだもの。なーんか普通の王侯貴族とは違うのよねぇ。
騎士団育ちの国王はともかく、王妃は令嬢、それも公爵令嬢とかいうコテコテの貴族のはずだったんだけど……あの変な父親の影響かしら。
考えている間に、おちびがそろりそろりと厨房の中に入っていく。
うんうん、いい忍び足よ! 次回おやつ泥棒をする時も、ぜひその忍び足を使ってほしいわね!
と、その時。
ごとん、と物音がしたかと思うと、厨房の奥で誰かがゆらりと立ち上がった。かと思うと、かぼちゃでできているらしいオレンジの仮面をかぶった顔がこちらを振り向く。
「がおおぉお……! ――っていってぇええ!!!」
『なぁーーーにしてくれてるのよ~~~!!!』
そう、両手を上げた〝鍋の悪魔〟らしきやつがおちびを脅かす前に、あたいは獅子のごとく飛び出していって、やつをばりばりと爪で引っ掻いてやったの!
「いてーー!!! いててててて!!!」
ハロルド――じゃなかった、鍋の悪魔があたいをはがそうとむんずと胴体を掴んでくるんだけど、そう簡単に引きはがせるようなあたいじゃない。全力でしがみつくついでに、今度は足でケリケリしてやったわ!
そんなあたいたちの様子を、鍋の悪魔に一瞬びくついていたおちびがぽかんとした顔で見ている。
「なべの……おじちゃん?」
「ち、ちがぁう!」
べり、とあたいを剥がしながら、自称鍋の悪魔は必死に言った。
「俺は恐ろしい鍋の悪魔だ! だがお前はもっと恐ろしい猫の悪魔を連れているようだ――いってぇっ!」
だーーーれが悪魔よ! 今のあたいは聖獣よ!
そもそもあんた、絶対こういうことすると思ったわ! ハロウィンイベントとかに乗じて、不必要なくらい子供を脅かすタイプだと思ってたわよ!
だからあたいが、思いきり成敗してやるわよぉおお!!!
……別に、決して、普段この男におやつを取り上げられている恨みからやっているわけじゃないわよ、決して。
ほんとよ? わかった? わかったなら……。
『思い知りなさーーーい!!!』
鍋の悪魔に向かって、あたいは思いっきり飛びついた。
「ちょまっ! ちょまーーーっ! た、助けてくれ姫さん! 早く鍋から白い豆を見つけて投げてくれ! でないと俺がこの悪魔にやられる!」
「わ、わかった! んっと……おなべ……おなべ……」
こくりとうなずいたおちびが、きょろきょろと辺りを見回す。
そこに、いつの間にここに入ってきたのか、神官服を着て白いお面をかぶったピンク髪の女が立っていた。
……まぁお面かぶってるけど、どう見てもリリアンだわね……。
「わたくしは~現れたる救いの天使~。聖女よ~、鍋はこちらですわ~」
ブハッ!
あたいは危うく吹き出すとこだった。
棒読みにもほどがあるでしょう! あいつ、演技へたくそだったのね!
でもおちびは素直だから、なんの疑いもなくタタタっと女のもとに駆け寄って差し出された鍋をのぞき込んでいる。
……大丈夫? この子、すぐ騙されて攫われちゃわない!?
「てんしさんありがとう!」
「どういたしまして~。白い豆を見つけたら~思いっっっきり、悪魔にぶつけるといいですわ~!」
……『思いっっっきり』のところだけやたら力がこもってるわね……。
「しろいおまめ……おまめ……あったよ!」
言って、おちびが鍋の中から白い豆を摘まみ上げた。
「これをあくまになげればいいのっ?」
「そうですわ~。『鬼は~そと』って呪文を唱えるといいですわ~」
「おにはそと……? まめまきみたいだね? わかった、おにはーそと!」
言いながらおちびが掴んだ豆を鍋の悪魔に投げた。
途端に悪魔が大げさなぐらいのけぞる。
「アイタタタ~~~! やられた~!」
同時に大きな手が、もう十分だろうと言わんばかりに、ガッ! とあたいの首根っこをつまんで引き離した。
何よこいつ! 案外力あるじゃない! 今まで手加減していたってわけ!?
それが気に入らなくて、あたいはフンフン! と一生懸命手を伸ばして掻いてみたけど、残念ながら届かずだったわ。
「おみそれいたしました! 勇敢な姫にはこれと、これをさずけましょう~~~!」
なんてわざとらしく言いながら、鍋の悪魔とやらがワゴンの下に隠してあった何かを差し出した。
「あっ! ドーナツ!」
途端におちびの顔がパァッと輝く。
なんですって? ドーナツ!?
捕まったままのあたいがぐにゃっと体をひねると、皿にのっているつやつやのチョコレートドーナツが見えた。そばには何やら手紙らしきものもある。
でも、ドーナツは一個しかない。
『ドーナツ‼』
あたいはクワッ! と吠えてジタバタしてみたけど、大きな手があたいの首根っこをがっちりと掴んでいて全然届かない。
あたいがもだもだしている前で、おちびが嬉しそうにドーナツを受け取っている。
あ゛~~~!!! あたいもドーナツ食べたかったのに~~~!!!
あたいはしょぼくれてぷらーんと体の力を抜いた。
「んしょ……んしょ……」
そんなあたいの前で、おちびが何やら一生懸命やっている。見ればドーナツの真ん中あたりを一生懸命ちぎっていた。
「っはい! ショコラもどーぞ!」
そう言って、おちびはずいっとあたいに向かってドーナツを差し出してくれたのよ。
『おちび……』
「はんぶんこだよっ」
言って、おちびがえへへっと笑っている。そこに悪魔がぬっと声をかけてきた。
「おいおい、いいのかお姫さんよ。半分ことか言ってるけど、どう見てもこの猫にあげた方がでかくねーか?」
うるさいわね! 余計なこと言うんじゃないわよ!
あたいがまたじたばた暴れると、悪魔があたいを床に下ろしてくれた。
すかさず、あたいはおちびが差し出した大きい方のドーナツをぶんどってやったわ。
「いいんだよぉ。だってしょこらはアイよりおおきいんだよ。そのぶんいっぱいたべるでしょ?」
「大きい……? こいつがかぁ?」
おちびの言葉に悪魔が不思議そうに首をかしげている。
「あんたいまだに気づいてないの? 本当にバカね」
そこにリリアン――もとい救いの天使の辛辣な言葉が響いた。
「なっ! バカって言うやつの方がバカなんですぅ!」
「それより手紙見て。早くしないと日が暮れちゃうわよ」
何かを言いかけた悪魔を押しのけて、天使が皿に乗っていた手紙をおちびにわたす。
おちびがもぐもぐとドーナツを食べながらそれを開いた。
リリアンに口喧嘩で勝てる未来が1ミリも見えない男、ハロルド。






