第155話 ねぇ、どうなのよ! ◆――ショコラ
男はおちびを、何も言わずにじっと見ている。
その姿からして歳は……人間の年齢なんか見分けがつかないわね。国王よりちょっと上かしら? いや、下かもしれない。
陰気な黒髪に陰気な黒い瞳に、なんかとにかく陰気な雰囲気を漂わせている男は、けれどくんくんと匂いを嗅ぐと国王と同じ血の匂いがした。
ふぅん、さてはこの男、国王の異母兄弟ってやつね? そういえば前聖女に、どことなく面立ちが似ていなくもないわ。国王よりだいぶ陰気だけど。
っていうかこいつ、何も言わないけど何? 不気味なんだけど!
それに仮にもこの国の王女で聖女でもあるおちびをこんな不躾に見るって何! 不敬よ!
「シャー!!!」
すかさずあたいが威嚇すると、おちびがあたいをぎゅっと抱きしめた。
「ご、ごめんなさい。ショコラはびっくりしてるだけで、おこってるわけじゃないの」
なんであんたが謝るのよ! 悪いのはこの失礼な男よ! せめて名を名乗りなさいよ名を!
「あ……あの、わたくし、だいいちおうじょのアイともうします」
ああもうっ! なんであんたが先に挨拶しちゃってるのよ! こんな男に礼儀なんていらないわよ!
「……」
せっかくのおちびの挨拶にも、陰気な男は何も答えずじっと無言で見つめている。
「シャー!!!」
あたいはもう一回威嚇した。これで反応なかったら、いっそ真の姿に戻ってやろうかしら!? と息まきながら。
「「アイ様!」」
そこへ、怪しい男に気づいた双子騎士たちが血相を変えて走ってくる。
おちびの元にたどり着いた双子騎士は、すぐさま怪しい男からおちびをかばうように立ちふさがった。
「アイ様になんの御用でしょうか、エーメリー公爵様」
いつもはあの料理人並にちゃらんぽらんな双子騎士の片割れが、珍しく硬い声でしゃべっている。表情も心なしか強張っているし、双子騎士ははっきりとした警戒をあらわにしていた。
ふぅん。この男、エーメリー公爵って言うのね?
あたいがたしっ! たしっ! と尻尾を地面にぶつけながら見上げていると、そこでようやく陰気な男が口を開いた。
「……遠くで見かけたから、挨拶しに来ただけだ」
「アォ~~~ン!?」
挨拶ぅ!?
その白々しさに、あたいは危うく人間の言葉でしゃべりだしちゃうところだったわよ。
あーーーんないかつい表情で見られて、一体どこが挨拶だっていうのよ。そもそもあんた、全然名乗ってないじゃない。
ねぇ、どうなのよ!
あたいが遺憾の意を込めて尻尾でぴしっ! ぴしっ! と陰気な男の脚を叩くと、男が不機嫌そうに身を引いた。
「エーメリー公爵様、離れていた我々にも非があることを重々承知でお願いいたしますが、恐れながらアイ様に声をかける時は事前に告知いただくか、必ず我々を通してください」
双子騎士の冷たい声に、陰気な男はふんと鼻を鳴らした。
「……随分と警戒されたものだな。まるで私が聖女を害するとでも思っているようだ」
いや警戒するでしょ、こんな陰気で怪しい男。
思わずあたいは心の中でつっこみを入れた。
「そういうわけではございません。エーメリー公爵様に限らず、貴い身分である方々全員にお願いしていることでございます。何せアイ様は聖女様であり、まだ幼くあらせられますので」
双子騎士の言葉は嘘ではない。
実際おちびはこの一年、大人の貴族とは数えるほどしか会ったことがないのだ。
正確には会わせてもらってない、が正しいわね。
そして会う時は必ず王妃か国王同伴の場でのみ。難しいことはよくわかんないけど、おちびが小さいのをいいことに、変なことを吹き込まれるのを警戒しているみたい。
まぁ人間の、特にオウコウキゾクってやつは何考えているかわかんないものね。物理的に襲い掛かってくるやつはあたいの猫パンチで瞬殺できるけど、ネチネチした言葉責めとか陰謀とかそういうのはあたいも守備範囲外だもの。
「わかった。では以後気を付けよう」
双子騎士に苦言を呈された男は、意外にも素直にそう言った。かと思うと、またあの陰気な目でじっ……とおちびを見つめてから、ぼそりと呟いた。
「……しかし、やはり似ている……」
ん? 似てるって、誰に?
けどその声はあたい以外には聞こえなかったみたい。
男は呟くだけ呟くと、また挨拶もそこそこにおちびに背を向けて立ち去っていった。
後ろにはひっそりと従者の少年も控えていたようで、その子も男の後をついていく。
男の後ろ姿を見た双子騎士たちが、露骨にホッとしたのがわかった。
それからふたりそろって膝をついて、申し訳なさそうに頭を垂れる。
「申し訳ありませんアイ様。我々がついていながら、すっかり油断しておりました。以後、必ずどちらかが片時も離れることなくついています」
「だいじょーぶだよ。あのおじさんも、ちょっとだけこわかったけど……でもこわくなかったよ」
おじさん。
容赦ないおじさん呼びに、あたいがブフッと吹き出してしまう。
そうよね。おちびの年齢から見たら、あのくらいの男はみーんなおじさんよね。なら今度から陰気なおじさんって呼んでやろうかしら!
……でもこわかったけどこわくなかったってどういうことよ。おちび、あんた言葉が矛盾してるわよ?
あとで突っ込んでやろうと思いつつ、あたいはおちびと、それから双子騎士が持ってきた鼻にふんふんと頭をつっこんだ。
うん。匂いの強くないものをしっかり選んであるわね。これなら王妃に渡しても大丈夫そうよ!
◆◆◆
◇ 王妃・エデリーン ◇
◆◆◆
アイがオリバーやジェームズたちとともに持って帰ってきた色とりどりのお花を、私は幸せな気持ちで眺めていた。
つわり期間中はとにかく匂いに敏感だったから、お花を飾るのも遠慮してもらっていたの。
でも今はもうつわりが治まったからか、そしてアイたちが匂いの控えめな花を選んできてくれたからか、花の香りはほとんどしないし、嗅いでも全然ムカムカしない。
「綺麗なお花をありがとう。久しぶりだからとっても嬉しいわ。やっぱりお花は心が潤うわね」
微笑んでいえば、アイが嬉しそうにえへへっとはにかむ。
う~~~ん。お花も可愛いけど、やっぱりアイの笑顔が世界一! 守りたい! この笑顔!
つわりが収まってからすっかり元の調子が戻ってきた私は、ぎゅうぎゅうとアイを抱きしめた。
サクラ太后陛下協力のもと着々と進めていたアイの生誕祭の準備ももう終えたし、あとは当日を迎えるだけ。
初めての誕生日……アイ、喜んでくれるといいのだけれど。
そんな期待と不安を抱えて、アイの生誕祭は始まったのだった。
王侯貴族の陰謀もの、歴史書とか読むとゲッソリやつれるぐらい闇が深いですよね。






