第154話 ハ~困っちゃうわ ◆――ショコラ
「ごきげんよう、エーメリー公爵様。この度はお会いできて嬉しいですわ」
彩り豊かな花々が飾られ、華やかに整えられた初夏の陽光が差し込む応接室で。
私はユーリ様とともに、仏頂面で座るエーメリー公爵さまことラウル様に対面していた。
部屋には私たちの他に、念のため護衛として連れてこられたハロルドもいる。
その位置を確認してから、私は目の前に座るラウル様を見た。
ユーリ様と同じ漆黒の髪は硬質な輝きを放っており、同時にゆるくカーブがかかっているあたりは、どこかサクラ太后陛下と同じものを思わせる。
黒の目も、ばちっと目力のある大きな目ではなく、サクラ太后陛下のすずやかで凛とした雰囲気を思わせる形をしている。
上背はユーリ様とほとんど同じぐらいかしら?
父親似であるユーリ様、ダントリー様と違って、長兄であるラウル様はどちらかと言うと雰囲気がサクラ太后陛下に似ていらっしゃるみたい。
そしてユーリ様のような筋肉はなく、またダントリー様のようなやわらかさもないラウル様は、いかにも気難しそうな雰囲気を漂わせていた。
そばには細身で小柄な赤髪の従者が控えている。
長い前髪で片方の目を隠しているけれど、それでもとても美少年だということがわかる。年は……二十歳前後ぐらいかしら……?
主同様、顔に一切の笑みは浮かんでおらず、少しとっつきにくそうな印象よ。
「……」
私が挨拶をしても、ラウル様はずっと無言だった。
今回は『私に挨拶をしたい』と聞いていたから先に口を開いたのだけれど、もしかして男性としか口を利かないお方だったりするのかしら?
ちらりとユーリ様を見ると、ユーリ様もためらいがちに口を開いた。
「こうやってお会いするのはいつぶりでしょう。祝賀会以来ですね」
「……」
それに対しても無言だ。
えええ……? そちらから会いにきたのに、これでも返事をしないなんて。一応私たち、こう見えてもこの国の国王と王妃なんですけれど……?
外交用のにこやかな笑顔を浮かべつつ、頭の中に〝不敬罪〟という単語が頭の中にちらつく。
顔に出してしまいそうになるのを必死にこらえながら私は言った。
「……こうして面と向かってお会いするのは初めてな気がいたしますわ。公爵様はとてもお忙しそうでいらっしゃいますから」
少し嫌味っぽくなってしまったけれど大丈夫かしら? 実際初めてだし。
令嬢だった頃はこうして話をすることなどなかったし。
そんな私の気持ちが伝わったのか、その時になってようやくラウル様が口を開いたのだ。
「……単刀直入に聞きたい。懐妊は本当か」
ふ、不敬不敬不敬~~~!!!
敬語を忘れていますわよ~~~!!! 私こう見えても王妃でしてよ~~~!!!
と叫びたい気持ちをグッとこらえて、私はにこやかに微笑んだ。
まぁ、人の口に戸は立てられぬというものよね。
ユーリ様やみんながどんなに隠していても、王妃が公の場に姿を見せなくなって、さらに連日吐きまくっているとなればまぁ……大体城内の人間なら予想はつくものね。
城で働いている人間は多いし、その中におしゃべりな人が紛れ込んでいない方が珍しいというものよ。
「ええ、ありがたいことに。だからアイの誕生祭で、正式に発表するつもりですわ」
というわけで私もあっさりと認めてしまったわけだけれど、ラウル様はどう出るのかしら?
「…………………………………………それは、おめでとうございます」
あら。
意外にも、たっっっぷりの間はあったけれどお祝いの言葉は述べてくれるのね?
「陛下方に似た、すこやかな子が生まれてくることを祈っている。では」
言うなり、ラウル様が立ち上がる。
そのままラウル様が立ち去ろうとしていることに気づいて私は驚きの声を上げた。
えっ!?
「あの、もう行かれるのですか!?」
まだ話し始めて一分も経ってないわよ!?
「それだけ知れば十分」
えっ、えええ~~~!?
このお方、コミュニケーション能力大丈夫かしら!?
いえ大丈夫じゃないわね!?
だからこそお父様とユーリ様に王位継承で負けたのかしら!?
「では」
驚きすぎて言葉も出ない私たちをよそに、ラウル様と赤髪の従者はさっさと部屋を立ち去ってしまう。
「えっ、えええ~……」
「なんだありゃ。すごいな!?」
それまで黙って見ていたハロルドも、ラウル様たちが部屋を出た瞬間大きな声で言った。
「シッ! まだ部屋の近くにいる頃よ。聞こえたかもしれませんわ!」
私に注意されてハロルドが「おっと」と肩をすくめる。
まぁ、ハロルドの気持ちもよくわかるんだけどもね。
だって本当に、「一体何をしにいらしたのです!?」と肩を掴んで問いかけたいくらいなんだもの。
冗談抜きであの方、何をしに来たのかしら……。
理解できない、という顔で私はユーリ様を見た。ユーリ様もまったく同じ顔で、私を見ていた。
◆◆◆
◇ 黒猫・ショコラ ◇
◆◆◆
ヘイヘイヘイヘ~~~イ!
お久しぶり! みんな元気?
シャイニーキュアミルキィハッピーミューズフォーチューンブロッサムマジカルアクアフローラサニーリーチェショコラたんことショコラ、つまりあたいはとっても元気よ!
ん? この名前?
最近文字を覚えたおちびがね、この間あたいの名前を紙に書いて教えてくれたのよ。まさかこんなのがあたいの正式の名前だなんて夢にも思わなかったから、あまりの長さに思わず笑っちゃったわよ。
しかも知ってる? 王妃たちは知らないけど、聖女の名づけって実は力があるの。だからおちびに名付けられたあたいって、なんとおちびから力を得ているのよねぇ。それが聖女の力だから、あたいは魔物じゃなくて、おちびの眷属扱いになってるって魔王様――あ、今は元魔王様か――が去り際に教えてくれたのよ! 最初聞いた時はたまげたけど、案外これも悪くないなって思い始めている。
だって名前って、長ければ長いほど力を持つらしいの。つまりシャイニーキュアミルキィハッピーミューズフォーチューンブロッサムマジカルアクアフローラサニーリーチェショコラであるあたいの力は、それはもう笑っちゃうぐらい強くなってるのよ。
王妃たちは気づいてないみたいだけど、ぶっちゃけおちびの力のせいで、今のあたい、癪なことに魔物じゃなくて聖獣になっちゃってるってわけ。
あ、だからここも書き換えておくわね。よいしょっ。
◆◆◆
◇ 聖獣・ショコラ ◇
◆◆◆
ハ~困っちゃうわ。ただでさえ美猫で魔物として強くてかっこいいあたいなのに、ここに聖獣って要素まで加わっちゃうなんて……。みんな大丈夫? あたいの最強っぷりに、心と体がついてこれそ?
「ねぇしょこら? だれとおはなししてるの?」
天に向かってウィンクをしていたあたいに、石畳にしゃがんだおちびが話しかけてきた。
「ん? ちょっとね、観衆にあたい語りを聞かせていたとこよ」
「かんしゅう……? ショコラはむずかしいたんご、いっぱいしってるんだねぇ。えらいえらい」
言いながら小さな手が、ぽすぽすとあたいの頭を撫でる。
おちびのお姉さんぶった態度をハン! と鼻で笑いつつ、あたいはその小さな手にされるがままになっていた。おちび、子供だから手の体温が高くて気持ちいいのよね。包み込む大人の手とはまた違った良さがあるっていうか。
そんなあたいたちは今、王宮の庭園にいた。
王妃様のつわりとやらがよくなって、おちびが王妃にあげるお花を探しに来たのだ。つわりの最中は花の匂いもダメらしくて、厳禁だったのよね~。
少し離れた先では、おちびの護衛として双子騎士が庭をはいずりまわってやっぱりお花を探している。
「ママ、このおはなならへいきかなぁ?」
なんて言いながらおちびが鼻をくんくんさせている。
「人間って大変ねぇ。つわりがあるなんて」
思い出してあたいはしみじみ言った。
いや、もしかしたら猫にもつわりがあるのかもしれない。でもあたいは魔物だし、そもそも魔物の繁殖方法って普通の生き物とは違うから、あたいには無縁な話なのよね。
でもほんと、つわりの最中はあっちもこっちもてんやわんやで大変だったのよ。
みるみるうちに痩せてやつれた王妃の部屋には入れなくなるし、国王もいつもそわそわとして落ち着かないし、何よりおちびもおとなし~~~くなっちゃって!
いつもならあたいが「厨房にお菓子あさりに行きましょ」って誘えばふたつ返事でついてきてくれるのに、つわりの最中は、
「ううん。いい。たべもののにおい、ふくにつくかもしれないから」
ってまるで大人みたいなこと言うのよ?
おかげであたい、あの期間中はぜーんぜんお菓子にありつけなかったわ!
思い出してあたいはぐぬぬと歯噛みした。
一応これでもあたいなりにどうにかしようと思って(べ、別におちびのためってわけじゃないわよ?)、あたいと違って人間みたいに子が産めるリリアンに、
「あんたどうにかしなさいよ! サキュバスな上に神官なんでしょ!」
って言ってみたけど、ダメだったわ。
「神官でもサキュバスでもどうしようもないわよ! 人間とは体の造りが違うんだから!」
って返されて終わったの。まったくもう、本当に役立たずなサキュバスなんだから。
それなら賢竜であるローズ様を頼ろうかと思ったんだけれど、残念ながらローズ様、もう魔王じゃなくなっちゃったからあたいとの通信網も切れちゃったのよねぇ。
探しに行こうにも何カ月かかるかわからないし、その間おちびのそばを離れるわけにもいかないし、向こうからの便りを待つしかなかったのよ。
……あ、今ここで「じゃあショコラも役立たずじゃない」とか思った人いる? いたら手を上げてみて? 猫パンチするから。
でもね、ふふん。期待に沿えなくて申し訳ないけど、実はあたいは役立たずじゃなかったのよ!
というのもハロルドとリリアンが王妃の部屋にやってきた日からあたいは王妃の部屋に入ることが許されたんだけど、それで気づいちゃったの!
あたいが王妃のお腹の上に乗ってあげると、王妃が喜ぶってことに!
「ショコラがお腹に乗っていると……あったかくて、それにほどよい重みがあって気持ちいいわ……」
って言ってたのよ!
あれ? あたい、もしかして温石扱いされてる? って思ったけど、まぁそんなことで喜んでくれるのならそれぐらいお安い御用よね。
三つ編み侍女たちに見つかるとおろされちゃうけど、そうじゃない時はしーっかり乗ってあげたわ! 王妃、いつもニコニコだったんだから! 嘘じゃないわ、本当よ!
思い出してフン! と頭をそびやかしていると、花を集めているおちびとあたいの上に突然フッ……と影がおりてきた。
んあ? 何?
ぐりん、と顔を上げて見上げると、そこには陰気な顔をした男が立っていた。
「ニャッ!」
驚いてあたいは後ろに飛びずさった。ボワ! と尻尾が太く膨らむ。
「ショコラ、どうしたの? ……あ」
おちびもその男に気づいた。
子どもってキャラものになった瞬間とんでもない記憶力の良さを発揮しますよね。






