第8話 エルと俺、二人の過去
ガラガラガラ
後ろで、洞窟が崩れ落ちていく。
「セーフ……」
間一髪で洞窟から出られた俺は、そのままへたり込んだ。
「くぅ」
「ナオ」
「お疲れさん、だって?まったく……」
この二匹を見てると、ものすごく癒される……。
「高良!」
「エル!」
声がした方を見れば、エルが駆け寄ってきたところだった。無事だったのか。良かった……。
「無事でよかった……。逃げてる時、気づいたらいなかったんだもの」
「ああ、悪ぃ」
「……ん?何、その丸いの」
エルが、チビ二匹に気づいて指差す。
「あ、こいつらか?洞窟の中で助けたんだ」
「ふーん……。まさか、ドラゴンの子供じゃないでしょうね?」
「違う違う!よく見ろよ、あのドラゴンとはかけ離れてるだろ?」
チビをよく見せる。もう一匹のナオナオ言う奴は見た目からしてドラゴンの子供だから、そっと隠した。
「それもそうね……」
あのドラゴンの遺伝子がどっかいったみたいなチビを見て、エルも納得したらしい。
ふー、良かった……。エルに本当の事知られたら、こいつら二匹とも殺されそうだもんな……。
「で?まさか、飼う気?」
「へ?こいつら、飼えんのか?モンスターなのに」
ケガしてるかどうか確かめたら、自然に戻してあげようかと思ってたんだけど。
「ええ。少人数だけど、モンスターを飼ってる人はいるわよ」
「くぅ、くぅ」
「ナオ!」
俺の後ろにいたはずのチビが、突然前に出て来た。ん?何だって?ふむふむ。
「飼ってほしいって?俺は大歓迎だけど……エル?」
ちらり、とエルを見る。
「別にいいわよ?この二匹、無害そうだしね」
「よっしゃぁ!良かったな!チビ!」
「くぅ!」
「ナオ!」
チビ二匹も、嬉しそうに返事してる……と、思う。
「ん?その二匹とあんた、喋れんの?」
「ああ、何でか知らねぇけど」
「じゃあ、ジェラルド博士のとこに行くと良いわ!そんなケース、珍しいと思うの!」
出たー、ジェラルド博士……。あのじいさんのとこ行くのか……。
「博士はモンスターに詳しいから、並のペットショップよりも良い餌とか育て方を教え
てくれるわよ!」
「くぅくぅ!」
チビが、ご飯!腹減った!って叫んでる。んー、そんなら行こっかなぁ……。
「つーか、ペットショップってあるんだ」
「ええ、一応」
「そういやこの世界に来てから、普通の動物をを見た事ないんだけどさ、何で?」
希少なのか?
「あー……。それは、モンスターになっちゃたり食べられたりして減ったからだと思うわ」
「モンスターになった?」
聞き捨てがならない言葉を耳にして、思わず聞き返す。
「ええ。前にも言ったでしょ、二年前に突然、モンスターが現れたって。その後にね、ある人のペットが突然モンスターになっちゃったの。その時は原因は不明だったんだけど、繰り返すモンスターの解剖で、何かの薬を飲んだんだって分かった。よく分かんないんだけど、その薬を浴びたり吸ったりして体内に侵入したら、その薬の影響で細胞が活性化して脳がおかしくなるとかなんとか……」
「ふぅん」
「でね、ある日、人間にも影響がある事が分かったの」
「その薬を浴びたり吸ったりしたら、人間でもモンスターになるって?」
「うん。それで……その人たちは、モンスターになって暴れだした。もちろん軍が止め
ようとしたんだけど……その薬は、何者かによって大気中に撒かれて、国中に散乱したの」
いきなりドラマみたいな展開。第三者の登場。まるで物語みたいで、信じられない。でも、エルの目は真剣だ。
「それで、その薬の予防薬が開発されて、注射が始まって……。でも、この国に住んで
る人はものすごい数だから、間に合わなかった」
「間に合わなかった、って……?」
「モンスター化した人間に襲われて、死者が出たの。とある男女がモンスター化して、自分たちの子供を襲った。襲われたのは姉妹。元気で健康だった妹は重傷を負いながらも助かったけど、病弱だった姉は死亡した。両親は、軍の兵により撃たれたの。現場は悲惨だった」
恐ろしい、耳を閉じていたくなるような話。話を聞いていた俺には、一つの予感があった。まるで、見ていたような口調。
「な、なぁエル?その、妹って……」
「そう、それが私。見て」
そう言うと、エルは突然服を脱ぎ始めた。今まで一度も着ていないのを見た事がない黒コートを、するすると脱いでいく。
「え、ちょ、待て……!」
待て待て待て。今まではシリアスな話だっただろう。何でいきなりこうなった。誰も今ここでエロなんか求めてねぇよ。
「高良?そっぽ向かないで、こっち向いて」
「な、何でだよ!」
「良いから」
エルにそう言われて、渋々エルに向き直る。渋々な、し・ぶ・し・ぶ!何も期待なんかしてねぇから!
「これ」
エルが、自分の背中を指差す。
「だ、大丈夫なのか、それ!」
背中は大きくえぐれていて、肩にも切り傷がついていた。治ってはいるものの背中の傷は痛々しくて、見てられない。恥ずかしさなんか一気に吹き飛ぶ、見てるだけで痛くなりそうな傷だった。
「大丈夫。……これが、モンスター化した両親につけられた傷の一つ。他は治ったけど、どうしてもここだけ治らないの」
悲しそうな目で傷跡を見るエル。
きっと、大変だったんだろう。モンスターが繁殖した時、頼りになるのは家族だ。その存在がいるだけで心が落ち着く事を、俺は身をもって知っている。そんな中、いきなり両親に襲われるなんてトラウマどころじゃないだろう。俺があのドラゴンにつけられたトラウマなんて、エルのと比べたら無いに等しい。
「お姉ちゃんも、お父さんも、お母さんも。あの日、みんな死んじゃった。一番悪いのは、あの薬をばら撒いた奴なの。最初はモンスターに復讐しようと思って軍に入ったんだけど、モンスターと戦ってるうちに気づいたの。モンスターも、被害者なんだって。だから、私は薬を撒いた奴に、私の家族の仇に、復讐してやるの!」
今まで冷たかったエルの目が、突然憎しみでいっぱいになった。
「みんなを見てると、うらやましく思うの。両親と一緒で、兄妹とも遊んだりして。両親がいないのなんて、私ぐらい。誰も、私の気持ちなんて分からない……」
「俺も」
「え?」
突然叫んだ俺に、エルがびっくりした顔を向ける。でも、励ましてやりたかった。力になりたかった。だから。
「俺にだって、両親はいない。一人っ子だから、兄妹もいない」
エルが息を呑む音がする。
「お前には、今までの家族との思い出があるんだ。その事件を忘れろとは言わない。その最っ低な奴を、憎むのもお前の自由だ。でも……。でも、復讐なんて悲しい事するのは、やめてくれ」
「高良……には、何で両親がいないの?」
「俺の両親は……」
思い出すのは、あの、小説を一心不乱になって書いた部屋。一人暮らしで、とにかく徹夜で。怒る人もいないから、何でも好き勝手できて。
でも……悲しい。静かで好き勝手出来て、時々それを嬉しいと思う罰当たりな自分もいるけど。でも、しんとした部屋は寂しい。一人で食べる飯も寂しい。外に出た時、友達の家に行った時。そのたびに見る親子に、胸がちくりとする。
「俺の両親は、殺されたんだ。エルと、似たような感じかな?まぁ、こっちの犯人はもう、捕まってるんだけどな……」
「殺され……た?」
「ああ。……悪ぃ。詳しいことは、話したくねぇんだ」
話すだけで、思い出してしまうから。
目の前で、両親が殺された。ずっと住んでいた家も、焼け落ちた。両親との思い出の品なんて、何も残ってない。
でも。
両親に襲われ、目の前で姉貴を両親に殺され、両親まで殺されたエルは、俺よりも辛いだろう。
「殺されたなんて……。じゃ、じゃあ、高良も復讐しようと思ったの?」
エルが、恐る恐る聞いてくる。
「いいや」
「え?」
俺の返事に、エルは一瞬呆けた顔になった。
「俺は最初、エルみたいに復讐しようとした。でも、親がせっかく守ってくれた命を、そんな事に使いたくなかったんだ。それで、犯人が捕まった時―――吹っ切れたんだ」
「そう……なの」
今まで、誰にも話した事が無かった。親がいないなんて、殺されたなんて、他人からすれば興味の対象でしかない。それに、同情されるのが嫌だった。だから、誰にも話さなかった。
ささいな事でも、両親の事を思い出してしまう。思い出すたびに胸がちくりとして。忘れようと思ったけど、忘れられなかった。忘れたくなかった。
でも、エルになら話していいと思った。それで正解なんだと思う。
「私……、復讐はしないわ」
エルが、決断したように顔を上げた。
「犯人は、必ず捕まえる。でも、それは私の復讐じゃないわ。軍の一員として―――この国の、平和のために!」
「うん、それでいい」
エルの頭を撫でてやると、急に顔が赤くなって、その後に気持ち良さそうに目を細めた。
チビたちにそっくりだなぁ……。何つーか、その……
……かわいい、な。




