父、絶句!婚約破棄された娘が死にたいと毎日、嘆く。自分が選んだ婚約者が大切な娘を捨てた愚行……その後、復縁したい?手遅れだ。娘はもう……
モンブラン伯爵家の屋敷には、ここ数日、重苦しい空気が漂っていた。
原因は、ただ一つ。
伯爵令嬢、ルキュレ=モンブラン。
先日まで、彼女には婚約者がいた。
ポワント=ペルセ伯爵令息。
幼い頃から両家の付き合いがあり、将来は夫婦になるものだと、誰もが信じていた。
――少なくとも、ルキュレはそう信じていた。
ところが。
「ルキュレ嬢。申し訳ないが、婚約を破棄させてもらいたい」
そう告げられたのは、つい数日前のことだった。
理由は簡単だった。
ポワントには、新しく心を奪われた女性がいた。
伯爵令嬢フルカ=モンターニ。
美しく、社交的で、華やかな令嬢だった。
ポワントは彼女を選んだ。
そして、ルキュレを捨てた。
その日から。
ルキュレは自室からほとんど出てこなくなった。
「……死にたい」
今日も、ベッドの上で呟く。
「私なんて……何の価値もないわ」
窓辺に置かれた花瓶には、数日前まで綺麗な花が飾られていた。
だが今は、枯れかけた花が数本残っているだけだった。
モンブラン伯爵は、廊下に立ったまま頭を抱えた。
「どうすればいいのだ……」
娘を愛している。
だからこそ、婚約者を自分が選んだことが悔やまれた。
家柄も、性格も、将来性も。
すべてを調べたつもりだった。
まさか、あの男が娘を捨てて、別の令嬢に乗り換えるとは思わなかった。
「私の判断が間違っていた……」
伯爵は深くため息をつく。
そのときだった。
「旦那様」
背後から声がした。
振り返ると、そこには一人の青年が立っていた。
銀色の髪。
整った顔立ち。
鍛えられた身体には、王都の騎士団の制服をまとっている。
名は、ヴェルビー。
モンブラン家に仕える護衛騎士であり――
ルキュレの幼馴染でもある。
「ヴェルビー……」
「お嬢様のことでしょうか」
「ああ」
伯爵は苦々しい顔をした。
「もう何日もあの調子だ。食事もろくに取らん。誰が声をかけても、死にたいとしか言わない」
「……」
「私には、どうしてやればいいのか分からない」
ヴェルビーは黙っていた。
しばらくして、伯爵が苦笑する。
「お前なら……何とかできないか?」
「難しいです」
「即答か」
「はい」
ヴェルビーは真面目な顔で頷いた。
「お嬢様が傷ついた原因は、私には取り除けません」
「……そうだな」
「ですが」
ヴェルビーは少しだけ視線を落とした。
「お嬢様が一人で苦しまないようにすることなら、できるかもしれません」
「本当か?」
「はい、今のお嬢様を見ているのは辛いですから……」
伯爵はしばらく考えた。
そして、思い切ったように口を開いた。
「ヴェルビー」
「はい」
「私にできる範囲で、謝礼を出そう」
「謝礼、ですか?」
「ああ。だから……頼む。ルキュレを救ってやってくれ」
ヴェルビーは驚いたように目を瞬かせた。
だが、すぐに頭を下げる。
その顔には、ほんの少しだけ決意が浮かんでいた。
翌朝。
ルキュレはベッドの中でぼんやりと天井を見つめていた。
「……今日も、生きているのね」
自分で言って、自分で悲しくなる。
そんな彼女の部屋の扉が、控えめに叩かれた。
「ルキュレお嬢様」
「……何?」
「私です」
聞き慣れた声だった。
「ヴェルビー?」
「はい」
「何か用?」
「少しだけ、扉を開けてもよろしいでしょうか」
「……好きにすれば?」
扉が開く。
入ってきたヴェルビーの手には、小さな花束があった。
「これを」
「……花?」
「庭に咲いていました」
白い小花。
決して高価なものではない。
けれど、朝露をまとった花は、とても綺麗だった。
「どうして……?」
「綺麗だったので」
「それだけ?」
「はい」
ヴェルビーはそれ以上、何も言わなかった。
ルキュレは花束を見つめる。
「……私、今は何もする気になれないわ」
「はい」
「食事もしたくない」
「そうですか」
「外にも出たくない」
「分かりました」
「……慰めないの?」
「慰めてほしいのですか?」
「……分からない」
「では、今日は何も言いません」
そう言って、ヴェルビーは花を花瓶に飾った。
それだけだった。
帰るときも、余計なことは何も言わなかった。
翌日。
また花が届いた。
その翌日も。
さらに、その翌日も。
「今日は黄色です」
「……昨日は白だったわね」
「はい」
「どうして毎日、違う色の花なの?」
「どの色の花もよく見れば綺麗だと思いませんか?」
「そうね」
ルキュレは小さく答えた。
そして、ほんの少しだけ花瓶に近づいた。
「……どの花も、一輪一輪が違うのね」
「そうですね。でもそれは人も同じだと思いませんか?」
「え? 人も」
「花も人も、みんな素敵な個性があり、そして、美しいところを持っていると思います」
「私にもそんなところがあるのかな」
「もちろん、お嬢様にもたくさんありますよ」
ヴェルビーは嬉しそうに微笑んだ。
「そうだといいけど……」
「また明日も持ってきます」
「……別に、無理しなくていいわ」
「無理ではありません」
「どうして?」
「お嬢様が花を見るときだけ、少し顔が明るくなるので」
「……」
ルキュレは何も言えなかった。
そんな日々が、一週間続いた。
花。
短い会話。
そして、静かな時間。
ヴェルビーは決して、ポワントの悪口を言わなかった。
ルキュレに忘れろとも言わなかった。
早く元気になれとも言わなかった。
ただ、毎日やって来た。
ある日。
ヴェルビーがいつものように花を届けに来ると、ルキュレが尋ねた。
「ねえ、ヴェルビー」
「はい」
「どうして、そんなに私に優しくするの?」
ヴェルビーの動きが止まった。
「……お嬢様だからです」
「それだけ?」
「……」
「昔からそうよね」
ルキュレは少しだけ笑った。
「私が転んだときも、泣いたときも、いつもあなたがそばにいた」
「覚えておられましたか」
「忘れるわけないでしょう」
その言葉に、ヴェルビーは目を細めた。
「……そうですか」
「ヴェルビー?」
彼は小さく笑った。
「嬉しかっただけです」
その笑顔を見て。
ルキュレの胸が、ほんの少しだけ温かくなった。
婚約破棄された痛みが消えたわけではない。
ポワントを忘れたわけでもない。
それでも。
――この人が来てくれるなら。
明日も、少しだけ生きてみてもいいかもしれない。
そう思えた。
そして、その日から。
ルキュレはヴェルビーが来る時間を、少しずつ待つようになっていった。
翌朝。
いつものように扉が叩かれる。
「ルキュレお嬢様。入ってもよろしいでしょうか」
「……ええ」
以前よりも、ほんの少しだけ明るい声だった。
ヴェルビーが部屋に入る。
手には、今日も花束。
「今日は赤い薔薇です」
「綺麗ね」
「お嬢様に似合うと思いました」
「……え?」
ルキュレの頬が、わずかに赤くなる。
ヴェルビー自身も、自分が何を言ったのか気づいたらしい。
「……失礼しました」
「べ、別に……」
二人の間に、妙な沈黙が落ちる。
けれど。
以前のような重苦しい沈黙ではなかった。
ルキュレは花束を受け取る。
「ありがとう、ヴェルビー」
「はい」
「……明日も来る?」
一瞬。
ヴェルビーの目が大きく見開かれた。
「もちろんです」
「……そう」
ルキュレは俯いた。
その耳まで、ほんのり赤くなっている。
ヴェルビーはそんな彼女を見つめながら、胸の奥でそっと息を吐いた。
――よかった。
少しだけ、笑ってくれた。
彼女を傷つけた男のことなど、今はどうでもいい。
自分が望むのは。
ルキュレ様がもう一度、心から笑えるようになること。
ただ、それだけだった。
……少なくとも、今は。
だが。
ヴェルビー自身も、まだ知らなかった。
毎日届けているその花が。
やがて、ルキュレの心に別の花を咲かせることになるとは――。
そして。
ルキュレを捨てたポワントが、後になってどれほど後悔することになるのかも。
まだ、誰も知らなかった。
◇
モンブラン伯爵家に、一通の手紙が届いた。
差出人は、伯爵令嬢フルカ=モンターニの父親だった。
その内容を読み終えたモンブラン伯爵は、静かに息を吐いた。
「……そういうことか」
フルカの父親は、激怒していた。
娘が既に婚約者のいるポワント=ペルセ子爵令息と関係を持ち、モンブラン伯爵令嬢ルキュレを傷つけたこと。
そして、その結果としてモンブラン伯爵家から多額の慰謝料を請求されたこと。
何より――
娘が一人の男のために、伯爵家同士の関係を壊しかけたことを知ったのだ。
フルカの父は、すぐさま娘を叱りつけた。
そして。
フルカとポワントの関係を終わらせた。
さらに、自らモンブラン伯爵家へ出向き、深々と頭を下げた。
「このたびは、誠に申し訳ございませんでした」
「……頭を上げてください」
「いいえ。娘の不始末は、父親である私の責任でもあります」
フルカの父は苦々しい顔をしていた。
「娘には二度とポワント殿と会わせません。そして――」
そこで、彼は一度言葉を切った。
「ポワント殿を、ルキュレ嬢との婚約者に戻していただきたい」
「……!」
モンブラン伯爵は目を見開いた。
「本当に、それでよろしいのですか?」
「はい。ポワント殿が自ら婚約を破棄したとはいえ、そもそもの原因は娘にあります。私どもとしても、できる限り元の状態に戻したいのです」
「分かりました」
モンブラン伯爵は深く頷いた。
胸の奥に、久しぶりの安堵が広がっていく。
これで。
これで娘は、もう一度幸せになれるかもしれない。
そう思った。
娘の部屋へ向かう足取りが、自然と速くなる。
扉を開けると、ルキュレは窓辺に座っていた。
以前とは違う。
毎日花を届けてくれるヴェルビーのおかげで、少しずつ笑顔を取り戻している。
「お父様?」
「ルキュレ。いい知らせがある」
「何でしょう?」
「ポワント殿と、もう一度婚約することができるぞ」
「…………」
ルキュレは瞬きをした。
「……ポワント様と?」
「ああ」
「もう一度?」
「そうだ。彼はフルカ嬢とは別れた。フルカ嬢の父君も謝罪に来てくださった。これで、お前は元の婚約者を取り戻せる」
「……そうですか」
ルキュレは静かに答えた。
以前なら、嬉しかったかもしれない。
けれど。
今の彼女の胸に浮かんだのは、ポワントではなかった。
毎朝、花束を持ってきてくれる青年。
何も言わずに隣にいてくれた人。
泣いている自分を責めず、笑えるようになるまで待ってくれた人。
ヴェルビー。
「お父様」
「何だ?」
「ポワント様本人からも、詳しい話を聞きたいです」
「分かった。では屋敷に呼ぼう」
「お願いします」
ルキュレは微笑んだ。
その笑顔を見て、モンブラン伯爵はすっかり安心した。
――きっと、娘も喜んでいるのだ。
そう思い込んでいた。
◇
一方。
「……俺は、助かったのか?」
ポワントは一通の手紙を握りしめながら、胸を撫で下ろしていた。
フルカとは別れることになった。
父親からも激しく叱責された。
そして、自分がどれほど危険な立場にいるのかも理解した。
慰謝料。
婚約破棄による責任。
家同士の関係。
このままでは、自分の将来が危うい。
そんなときに届いたのが、モンブラン伯爵からの手紙だった。
『一度、屋敷へ来てほしい』
それだけの短い文面。
だが、ポワントは勝手に都合のいい解釈をした。
「……ルキュレと、復縁か」
安堵の笑みが浮かぶ。
「まあ……仕方ないか」
ポワントは椅子に深く座り直した。
「ルキュレは、フルカほど美人ではないが……」
そこで、鼻で笑う。
「金はある」
愛情など、必要ない。
自分が困らない生活ができるなら、それでいい。
「少しくらい我慢すればいいだけだ」
最低の言葉だった。
そして彼は知らなかった。
その考えが、一時間後に木っ端微塵に砕かれることを。
◇
「失礼します」
モンブラン伯爵邸。
応接室にポワントが入ってきた。
「お久しぶりです、伯爵」
「ああ」
モンブラン伯爵は、どこか複雑そうな顔をしていた。
「ルキュレを呼ぼう」
「はい」
ほどなくして。
扉が開いた。
「失礼いたします」
入ってきたルキュレを見て。
ポワントは一瞬、言葉を失った。
以前とは、少し違って見えた。
美しくなったわけではない。
化粧が変わったわけでもない。
ただ――
目に、力が戻っている。
「ルキュレ……」
「お久しぶりです、ポワント様」
にこり。
ルキュレが微笑んだ。
その笑顔に、ポワントは少しだけ戸惑う。
「その……今回のことだが」
「はい」
「フルカとは別れた」
「そうですか」
「だから……その」
ポワントは咳払いした。
「もう一度、やり直さないか?」
「…………」
ルキュレは黙って彼を見つめた。
そして。
「では」
静かに口を開いた。
「少し、お話をしましょうか」
「ああ」
「私、聞きたいことがたくさんありますの」
そこからだった。
「まず、どうして婚約を破棄されたのですか?」
「それは……フルカが――」
「フルカ様が好きになったから?」
「……そうだ」
「では、どうして今度は私と復縁したいのですか?」
「それは……」
「フルカ様と別れたから?」
「……」
「ご自分の立場が悪くなったから?」
「いや、それは……」
「お金が必要だから?」
「…………」
ポワントの額に汗が浮かぶ。
ルキュレは微笑んでいた。
だが。
目は笑っていなかった。
「では、私のことを愛しているのですか?」
「もちろん――」
「嘘ですね」
「……!」
「あなたは、私を愛していません」
淡々と告げる。
「愛していたなら、婚約を捨てて別の女性を選んだりしません」
「それは……一時の気の迷いで」
「一時の気の迷いで、私の人生を壊したのですね?」
「……」
「私がどれだけ泣いたか、ご存じですか?」
「……」
「毎日、死にたいと思うほど苦しみました」
ポワントの顔から血の気が引いていく。
「食事も喉を通らない。眠れない。何をしても楽しくない。鏡を見ることすら嫌でした」
ルキュレの声が震える。
それでも。
涙は流さなかった。
「それなのに」
彼女は静かに笑った。
「あなたは今さら戻ってきた」
「ルキュレ……」
「私を何だと思っているのですか?」
「……」
「捨てても、いつでも戻れば受け入れてくれる馬鹿な女だと思っているのですか?」
「違う!」
「では、何ですか?」
「俺は……」
答えられない。
ルキュレはゆっくり立ち上がった。
「もう結構です」
「ルキュレ!」
「誰があなたなんて、浮気男とよりを戻すものですか!」
応接室に、ルキュレの声が響いた。
「私は、もうあなたを愛していません!」
ポワントが固まる。
ルキュレはそのまま振り返った。
そして。
扉のそばに立っていた一人の青年へ歩いていく。
「ヴェルビー」
「はい」
呼ばれた騎士が一歩前へ出る。
ルキュレは、その腕にそっと自分の手を添えた。
「私には、もう愛する人がいるのです」
「……ルキュレ様」
ヴェルビーの声が震えた。
ルキュレは彼を見上げる。
「この人です」
そして。
「ヴェルビーです」
その瞬間。
ヴェルビーの目が大きく見開かれた。
「お嬢様……」
「もう、私を一人にしないでください」
「……はい」
ヴェルビーは震える声で答えた。
「決して」
「…………」
ルキュレの目から、一筋の涙がこぼれた。
けれど。
それは悲しみの涙ではなかった。
◇
「待ってください!」
ポワントが立ち上がった。
「そんな……騎士と?」
「何か問題でも?」
「身分が違いすぎる!」
その言葉に、ルキュレの眉がわずかに動く。
「私が誰を愛するかは、あなたに関係ありません」
「しかし――」
「ポワント殿」
モンブラン伯爵が低い声で遮った。
「君はもう、ルキュレの婚約者ではない」
「伯爵!」
「そして、二度と娘を傷つけるようなことは許さん」
ポワントは言葉を失った。
だが。
モンブラン伯爵もまた、ヴェルビーを見た。
「……ヴェルビー」
「はい」
「お前の気持ちは分かった」
伯爵は苦々しく息を吐く。
「だが、身分が違いすぎる」
「承知しております」
「本当に分かっているのか?」
「はい」
ヴェルビーはまっすぐ伯爵を見た。
「ですが、私はルキュレ様を愛しています」
「……!」
「旦那様は以前、ルキュレ様を立ち直らせたら、自分のできる範囲のことをしてくれるとおっしゃいました」
「……確かに言った」
「ならば、お願いします」
ヴェルビーは深く頭を下げた。
「私にできることなら、何でもします」
そして。
顔を上げる。
「ルキュレ様が私を認めてくださるのであれば――」
一瞬だけ、声が震えた。
「私は、彼女との結婚を希望します」
「ヴェルビー……」
ルキュレの目から、また涙がこぼれた。
今度は止まらなかった。
「……本当に?」
「はい」
「私でいいの?」
「あなたがいいのです」
その言葉を聞いた瞬間。
ルキュレはヴェルビーの胸に飛び込んだ。
「……嬉しい」
ぎゅっと。
彼の服を握りしめる。
「私も、あなたがいい」
「ルキュレ様……」
「私を救ってくれたのは、あなたよ」
「……」
「毎日、花を持ってきてくれて」
「はい」
「何も言わずに、そばにいてくれて」
「……はい」
「私が立ち直るまで、ずっと待ってくれた」
ルキュレは顔を上げる。
「そんなあなたを、いつの間にか好きになっていました」
ヴェルビーの目が潤む。
「……私は、ずっと前からでした」
「え?」
「幼い頃から」
「……嘘」
「本当です」
ルキュレは驚いたあと。
くすりと笑った。
「それなら、もっと早く言ってください」
「申し訳ありません」
「遅すぎます」
「はい」
「でも……許します」
ルキュレはもう一度、彼の胸に顔を埋めた。
その姿を見つめながら。
モンブラン伯爵は、長いため息をついた。
「……まったく」
困った娘だ。
だが。
その顔を見れば、もう反対する理由などなかった。
あれほど暗かった娘の瞳に。
今は、明るい光が宿っている。
「ヴェルビー」
「はい」
「……娘を泣かせたら許さんぞ」
「承知しております」
「幸せにできるか?」
ヴェルビーは、迷わず答えた。
「私の命に代えても」
「命には代えるな。お前が死んだら誰が娘を守るんだ」
伯爵は苦笑した。
「だが……まあ、期待している」
「ありがとうございます!」
ルキュレは顔を上げる。
「お父様……!」
「何だ」
「大好き!」
「……今までそんなこと、言ってくれなかっただろう」
「今は幸せですもの」
そう言って笑う娘を見て。
伯爵もまた、笑った。
婚約破棄の日。
ルキュレは、自分の人生が終わったと思っていた。
けれど。
終わったのではなかった。
ただ。
間違った相手との未来が、なくなっただけだった。
そしてその代わりに。
自分を見捨てず、毎日花を届けてくれた幼馴染の騎士がいた。
ルキュレはヴェルビーの腕の中で、幸せそうに笑う。
「明日も、花を持ってきてくれる?」
「もちろんです」
「今度は私からも贈るわ」
「何をですか?」
ルキュレは少し照れながら答えた。
「……私の愛を」
「……!」
ヴェルビーの顔が真っ赤になる。
それを見て。
ルキュレは初めて、声を上げて笑った。
――婚約破棄された伯爵令嬢は。
もう、泣いていない。
彼女の隣には。
ずっと彼女だけを見つめていた、本当の愛があるからだ。
◇
退室するタイミングを逃したポワントは、愕然とその様子を眺めていた。
お、俺は何を見せられているのだ……。
「ルキュレ、待て! このままでは俺は平民になってしまう!」
その言葉に三人は、ようやくポワントが、まだ退室していないことに気づいた。
「あら、ポワント様、まだいらしたのですか?」
「ポワント君、用事は済んだからもう帰っていいぞ」
「ルキュレ様は、私が幸せにします。ご安心を」
悔しがるポワントを他所に、二人は再び見つめ合う。
その後、ポワントは平民になった。
それまで馬鹿にしていた弟に、今までの仕返しをされる未来が待っているのだが、
それはこの話とは別なので、またの機会にお話しできたらと思います。
【おわり】
最後まで読んでいただき誠にありがとうございました。
感謝です。(*- -)(*_ _)ペコリ
山田 バルス




