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7話

「黒子!」

「……陽菜」


 どうやら、陽菜の幻が見え始めたようだ。

 雨の中、陽菜が手を振りながら東屋に入ってきた。


「いやー、急に降ってきたね!」


 陽菜は濡れた髪を、犬のように頭を震わせて、水滴を払う。

 陽菜って、少し犬っぽい。

 笑顔で駆け寄ってくるところや、元気いっぱいで落ち着きがないところ。

 私は犬が好き。けど、現実の犬に触る勇気はない。だから、動画を見るだけで我慢していた。


「……」


 幻なら良いよね?

 悪魔の誘惑に拐かされ、私は陽菜の頭に触れて、撫で始める。


「黒子……? くすぐったいよ」


 雨に濡れたしっとりとした髪。

 犬の毛並みも、こんな感じかな……ついでに頬も触れてみる。引っ張ったら伸びるかな……て、感覚が妙にリアルな気がする……。


「……現実?」

「ん? 現実て……?」

「ま、幻じゃない?」

「幻……? 黒子は何を言っているの?」

「っ……」


 速攻で陽菜から手を離して、私は慌てて距離を取った。そのせいで、ベンチから落ちて、背中を打ってしまう。


「黒子! 大丈夫?」

「……だ、大丈夫……いや、ダメかも」


 陽菜の頭を撫で、頬を揉む。

 警察案件かもしれない……それ以前に、恥ずかしくて陽菜の顔が見れない。


「そうだ……ベンチの下に潜ろう……うん、私には地上の生活は無理だったんだ……」

「く、黒子……! しっかりして……!」


 私がベンチの下に潜ろうとすると、陽菜が私を羽交締めにする。

 それから、十分ほど経って、私は冷静になった。

 数々の醜態を晒してしまった。生きてきてベスト三位にはランクインする自信がある。


「……」


 私は手で顔を隠して、ベンチに座っている。


「陽菜……ごめん」

「ん? 別に気にしてないよ! びっくりはしたけど! あ、触り心地良かった? 何なら、もっと触る?」

「……遠慮する」


 気を遣ってくれているのか、本心なのか……まあ、どちらでも良い。

 ようやく立ち直ると、顔を上げた。

 陽菜と目が合うと、陽菜は笑顔を浮かべた。


「っ……」


 雨に濡れた陽菜も可愛い。可愛いの他に妙な色っぽさを感じる。

 て、私は思春期の男子高校か……!


「黒子て、私のこと避けてるよね」

「え……」


 突然の問いかけに私は固まる。

 やばい、と私の心が警告を鳴らすけど、回避する良きアイデアは浮かんでこない。


「え、ええ……えーと……さ、避けてないよっ。うん、陽菜の気のせいっ……!」


 見苦しいセリフを吐くと、陽菜はお腹を抱えて笑った。


「黒子は分かりやすいね! すぐ、顔に出るもんっ……!」

「……」


 もう、観念するしかないようだ。


「それで……避けてる理由て……最後の日に、黒子にキスしたから……怒ってるんだよね」

「……う、うんっ」


 声を震わせ、私は頷いた。

 もしかしたら、陽菜に私の気持ちがバレているかもしれない。

 ドクン、ドクンと心臓が高鳴る。

 言葉の続きを待っていると、陽菜が私に頭を下げた。


「本当にごめんっ……! 黒子がファーストキスをそこまで大事にしてるとは知らなくて……! なのに、私の軽い冗談で……! 黒子、思いっきり殴ってくれ……!」

「………………」


 どうやら、私の気持ちが、バレたわけではなさそうだ。そもそも、お子様の陽菜に期待したのが間違いだった。


「陽菜の覚悟……よく分かった。目、瞑って」

「お、おう……!」


 目を瞑る陽菜。

 ここで、キスをしたらどんな表情を浮かべるだろう。

 もちろん、そんな大胆な勇気は持ち合わせていない。

 キスの代わりに私は陽菜の頬に向かって手を振り払った。


***


 それから、離れていた月日を埋めるかのように、私達は会話をした。

 気が付けば、雨は止んで、虹が出ていた。

 まるで私達の仲直りを祝福してくれているよう……なんてね。


「学校に戻ろう」

「うん……っ」


 ベンチから立ち上がる。だが、足に痛みが走り、すぐに座り直した。


「黒子……? もしかして、足痛めた? 見せて」


 私が答える前に、陽菜は私の靴下を捲った。


「赤くなってる……」

「っ……」


 見たら余計に痛くなりそうだから、私は目を逸らした。陽菜は私の前で背中を向けると、しゃがんだ。


「おんぶするから、乗って!」

「え……」

「あ、もしかして抱っこの方が良い?」

「ち、違くて……肩貸してくれれば……」

「ダメ。私に任せて」


 陽菜は一度こうだと決めると、折れる事はない。

 懐かしいと思いながらも、私は結論を出した。


「……じゃあ、おんぶで」


 抱っこだと、陽菜と顔を合わせることになるので恥ずかしい。

 私が陽菜の背中に乗ると、陽菜は歩き出した。


「……何か、懐かしいね! ほら、小学生の時、疲れた黒子をおんぶしてた気がする」

「……陽菜が色々連れ回すから……」


 陽菜は外で遊ぶことが好きだ。

 木登りをしたり、鬼ごっこをしたり。男の子らしい遊びを私と好んでしていた。

 けど、体力がないインドアな私は、遊び終わる頃にはライフゲージが尽き、陽菜におんぶしてもらっていた。


「また、鬼ごっこしたいなぁ……」

「……」


 流石に高校生にもなって、鬼ごっこは……でも、陽菜が望むなら付き合っても良いかも。


「陽菜は……どうして、私の友達でいてくれるの?」


 正直言って、私と居ても楽しくないと思う。

 陽菜と遊んでいても体力は直ぐに無くなるし、人と話す事は苦手で、気の利いた話一つもできない。

 いつもより、弱気になっているのは怪我をしてるせいだ。いや、強気な時はないか……。


「うーん……」


 どんな返答が返ってくるだろう。

 陽菜のことだから、斜め上の返答に違いない。


「……黒子と過ごすのが楽しいから」

「そっか……他の友達よりも?」


 今の質問、少し面倒な女ぽいかも。


「……他の友達とは……黒子は違くて……うーん、上手く言葉にできないや」

「それって……」


 私は途中まで言いかけてやめた。


「どうしたの?」

「……な、何でもない」

「っ……く、黒子……首……」

「あ、ごめん」


 強めてしまった腕の力を慌てて、緩めた。

 他の友達とは違う。

 その言葉に私の心は反応して、願ってしまった。

 その感情が恋でありますように、と。

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