第5話 波照間へ
与那国から那覇へ、そして旅の最終目的地である日本最南端・波照間島へ。
滞在時間はわずか数十分、目的は観光ではなく、ただその土地の空気に触れること。
プロペラ機の揺れに身を任せ、蒼空は二つの最果ての島を「空」で繋いでいきます。
那覇に戻った。
与那国から那覇まで、約一時間。
乗り継ぎ時間、五十五分。
蒼空は搭乗口エリアのシートに座って、スマートフォンを開いた。
波照間行きの便を確認する。
出発まで、四十分。
那覇の空港は、いつも賑やかだ。
観光客が多い。
大きなスーツケースを引いている家族連れ。
修学旅行らしい学生のグループ。
みんな、沖縄に来た理由がある。
蒼空の理由は、飛ぶことだ。
観光はしない。
でも、ここまで飛んできた。
それでいい。
* * *
波照間行きの便に搭乗した。
またプロペラ機だった。
与那国行きより、少し小さい気がした。
席に座った。
窓の外を見た。
那覇の滑走路が広がっている。
離陸した。
那覇の街が窓の下に広がって、海になった。
また沖縄の海だ。
でも今度は、南に向かっている。
波照間島は、日本最南端の有人島だ。
那覇からさらに南へ飛ぶ。
蒼空は窓から目を離さなかった。
* * *
飛行時間、約三十分。
あっという間だ。
でも、飛ぶ。
短くても、空は空だ。
機体が揺れた。
プロペラ機の、あの細かい揺れだ。
ふわっ、ふわっ、と繰り返す。
蒼空はそれを感じながら、窓の外を見た。
雲の下に、海が見えた。
那覇周辺の海より、さらに青い。
透明度が高い。
珊瑚礁の形が、上から見えるほどだ。
こんな海の上を、飛んでいる。
* * *
波照間島が見えてきた。
小さい。
与那国より、さらに小さい。
海の真ん中に、ぽつりと浮いている緑の点。
それが波照間島だった。
滑走路が見えてきた。
着陸態勢に入った。
機体が高度を下げる。
島が近づく。
海が近づく。
着陸した。
* * *
波照間空港に降り立った。
タラップを降りた。
外に出た。
静かだった。
与那国も静かだったが、波照間はさらに静かだった。
風の音しか聞こえない。
遠くに、海の音がする。
空港は、本当に小さかった。
ターミナルビルというより、小屋に近い。
売店が一つ。
蒼空は昨夜、陸に言った。
「空港に売店が一個しかなかった」
本当にそうだった。
一個しかない。
でも、ちゃんとあった。
* * *
売店を覗いた。
波照間の黒糖が並んでいた。
与那国でも黒糖を買った。
でも波照間の黒糖は、また違う。
島が違えば、黒糖も違う。
一袋買った。
外に出て、ベンチに座った。
折り返しの搭乗まで、三十五分。
空を見上げた。
青かった。
どこまでも、青かった。
日本の、一番南の空だ。
本州からはるか遠く、沖縄本島からもさらに南。
こんな場所まで、飛んで来た。
蒼空はしばらく、その空を見ていた。
今日は与那国と波照間、両方降りた。
どちらも初めての空港だった。
どちらも、小さくて、静かで、風が強かった。
新しい空港に降りるたびに、その土地の空気がある。
那覇の湿った南国の空気。
与那国の潮の匂い。
波照間の、静かな風。
全部、飛んだからこそ知れた。
* * *
搭乗が始まった。
蒼空は立ち上がった。
バッグを肩にかけた。
搭乗口に向かった。
タラップを上がりながら、振り返った。
波照間の空が、広がっていた。
青くて、静かで、遠い。
来た。
ここまで飛んで来た。
蒼空は機内に入った。
席に座った。
シートベルトを締めた。
那覇に戻ったら、羽田行きに乗る。
今日の最後の便だ。
プロペラが回り始めた。
また飛ぶ。
まだ、空の中にいられる。
* * *
離陸した。
波照間島が、窓の下に小さくなっていった。
緑の点が、海の青の中に沈んでいく。
蒼空はそれが見えなくなるまで、窓から目を離さなかった。
来た証だ、と思った。
飛んで来て、降りて、また飛んで帰る。
それだけだ。
でもそれが、全部だ。
波照間の黒糖が、バッグの中にある。
与那国の黒糖も、一緒に入っている。
二つの島の空気が、バッグの中に詰まっている。
蒼空は窓の外を見ながら、思った。
今日は、いい日だった。
Good Day‼
バッグの中には、与那国と波照間、二つの島で手に入れた黒糖が静かに収まっています。
飛んで、降りて、また飛ぶ。その繰り返しの中にだけある確かな充足感。
最南端の青い空を背に、彼女は今日という「いい日」を締めくくる帰路に就きます。




