第4話 与那国へ
プロペラ機特有の振動に身を委ね、蒼空は日本の西の端を目指します。
那覇から与那国へ、そしてその先にある日本最南端の有人島・波照間へ。
空を知らない大切な人を地上に残し、ただ「飛ぶこと」を求める旅の記録です。
那覇から与那国まで、約一時間。
機体は小さかった。
プロペラ機だ。
座席は二列と一列。
窓が近い。
空が近い。
蒼空は窓側に座って、シートベルトを締めた。
プロペラ機は、ジェット機とは違う揺れ方をする。
空気をつかむ感覚が、直接伝わってくる。
それが好きだった。
* * *
離陸した。
那覇の街が窓の下に広がって、すぐに海になった。
沖縄の海は、何度見ても青い。
でも今日は、その先まで飛ぶ。
那覇より、ずっと南へ。
ずっと西へ。
機体が高度を上げた。
雲の上に出た。
青い空が広がった。
蒼空は窓から目を離せなかった。
* * *
しばらくして、機体が揺れ始めた。
小さな揺れだった。
でも、プロペラ機の揺れは独特だ。
ジェット機より、細かく、リズムがある。
ふわっ、ふわっ、と繰り返す。
蒼空は窓の外を見た。
雲の薄い層を通過していた。
この高度の雲は、いつもこういう揺れ方をする。
問題ない。
むしろ、これが好きだ。
プロペラ機特有のこの揺れ。
空気の中を、ちゃんと飛んでいる感覚。
ジェット機より、飛んでいることが体に伝わる。
蒼空はシートに背中を預けて、その揺れを感じていた。
* * *
与那国島が見えてきた。
小さな島だった。
海の真ん中に、ぽつりと浮いている。
那覇よりずっと小さい。
石垣よりも小さい。
でも、島があった。
人が住んでいて、空港があって、飛行機が来る。
蒼空はその島を眺めながら、思った。
日本の西の端だ。
那覇から、さらに飛んでここまで来た。
陸から見たら、どこへ行ったのかも分からないくらい遠い場所だ。
でも蒼空は今、ここにいる。
着陸態勢に入った。
滑走路が見えてきた。
* * *
着陸した。
与那国空港に降り立った。
ボーディングブリッジはなかった。
タラップを降りた。
外に出た瞬間、風が来た。
強い風だった。
島の風だ。
潮の匂いがした。
蒼空は立ち止まって、その風を受けた。
空港は小さかった。
ターミナルビルが一棟。
売店が一つ。
ベンチがいくつか。
それだけだった。
でも、空港だった。
ちゃんと、飛行機が来る場所だった。
* * *
折り返しの搭乗まで、四十分。
売店を覗いた。
与那国の土産が並んでいる。
花酒。黒糖。島のお菓子。
蒼空は黒糖を一袋買った。
小さくて、重くない。
帰りの電車で食べよう。
ベンチに座った。
窓の外に、さっき降りてきた機体が駐機していた。
折り返し便として、また那覇まで連れて行ってくれる機体だ。
整備士が機体の周りを歩いている。
小さな空港でも、ちゃんと人がいる。
ちゃんと動いている。
蒼空はそれを眺めながら、スマートフォンを開いた。
次の便の搭乗時間を確認する。
あと三十分。
那覇に戻ったら、波照間行きに乗る。
今日はまだ、先がある。
* * *
ふと、陸のことを思った。
今頃、何をしているだろう。
大学か、部屋か、スーパーか。
今朝、見送りに来た。
保安検査の手前で、呆然とした顔をしていた。
あの顔が、少し頭に残っていた。
陸は飛行機に乗ったことがない。
確か、修学旅行も飛行機じゃなかった、と言っていた。
だから、あの先に何があるか知らない。
保安検査を抜けた先。
搭乗口。
機内。
離陸の瞬間。
雲を抜けたときの青。
全部、知らない。
蒼空にとっては当たり前の世界が、陸には見えていない。
それが不思議な感じがした。
でも、おかしくはない。
飛ばない人間には、飛ばない人間の世界がある。
それだけのことだ。
* * *
搭乗が始まった。
蒼空は立ち上がった。
黒糖の袋をバッグに入れた。
搭乗口に向かった。
タラップを上がった。
機内に入った。
席に座った。
シートベルトを締めた。
窓の外に、与那国の空が広がっていた。
青くて、広くて、どこまでも続いていた。
蒼空は窓から目を離さなかった。
来た。
与那国まで、飛んで来た。
それだけで、今日ここに来た意味がある。
プロペラが回り始めた。
機体が動き始めた。
次は波照間だ。
また飛ぶ。
まだまだ、今日は続く。
与那国の風に吹かれ、買ったばかりの黒糖を手に、蒼空は再び機内へと戻ります。
見慣れた雲の上の青と、知らない世界を地上で見守る「陸」への想い。
空を愛する者にしか見えない景色を抱え、彼女のアイランドホッピングは続きます。




