第8話:【前編】『お風呂は、全人類の夢である』
「ダメだ、耐えられん! QOLの天敵は、この肌にまとわりつくベタつきだ!」
拠点の改修から一夜明けた朝。レンは自分の首筋を拭いながら、拠点の中央で高らかに宣言した。
魔法パンで腹は満たされ、低反発マットで安眠も確保した。だが、エンジニアとして、そして一人の人間として、どうしても譲れない一線がある。
「シア! お前、最後に身体を洗ったのはいつだ!」
「……な、何を破廉恥なことを! 巫女は清浄な魔力で身を清めるのが作法です。水で直接肌を濡らすなど、野蛮な行為……」
「野蛮で結構! 魔法の洗浄なんて、表面の汚れを散らしてるだけだろ。エンジニアなら、物理的に温水を浴びて、毛穴の奥までデバッグしなきゃ落ち着かないんだよ!」
レンは不敵に笑うと、拠点から続く資材倉庫へと足を向けた。
目指すは、この島に眠る「配管資材」の確保だ。第3話で直した大気集水機から水を引こうにも、肝心の導管が風化でボロボロでは話にならない。
「ポッド、重い資材を運ぶ準備をしておけ。……ん? 待て、あそこにあるのは……」
埃を被ったガラクタの山。その隙間から、鈍く真鍮色の光を放つ球体が見えた。
レンは迷わずガラクタを掻き分け、その「球体」を引っ張り出した。
「これ、地下機関室で見た警備ビットの同型機じゃないか! しかも三機も転がってる!」
レンは目を輝かせ、三機のビットを並べた。
「それは、かつて島を巡回していた警備機たちの残骸です。ですが、魔力が尽きて久しく、今ではただの動かない石ころ……」
「石ころなもんか! 構造を見る限り、こいつらは最高に優秀な『多目的ドローン』だぞ! ちょうど重機が足りなくて困ってたんだ。よし、お前らもリゾートのスタッフに採用してやる!」
右手の紋章が激しく脈動する。
「リペア&カスタム! 姿勢制御ジャイロ刷新、魔力吸入端子を最新式にアップデート! 今日からお前らはビットA・B・Cだ。空飛ぶ建設作業員として、主人のために働け!」
レンが魔力を流し込んだ瞬間、沈黙していた球体たちが一斉に目を覚ました。
レンズに青い火花が灯り、重力を無視してフワリと浮き上がる。
「ピポッ! 管理者権限、暫定承認。建設プロトコル、スタンバイ!」
「よし! 偵察機じゃない、お前らは今日から現場の華だ! さあ、あそこの真鍮パイプを運ぶぞ!」
レンの指示が飛ぶ。
ビットたちは編隊を組み、巨大な真鍮製のパイプを磁気吸着で持ち上げると、軽々と空中を運搬し始めた。シアは、一族の聖なる遺物が「配管工事の重機」としてこき使われる光景に呆然と立ち尽くす。
「……精霊様。私は夢を見ているのでしょうか。それとも、この男が本当に……」
「感心してる暇はないぞ、シア! 給水ラインの構築はビットたちに任せる。俺は地下機関室から『熱』を引っ張ってくる! お湯が出ないリゾートなんて、仕様書の段階でボツだからな!」
レンは巨大なレンチを肩に担ぎ、昨日直したばかりの地下へのハッチを開けた。
大気集水機からの冷たい水と、地下機関室の溢れる排熱。それらを連結し、拠点に「最高の展望露天風呂」を作る。
レンの執念は、既に理論上の熱交換効率を弾き出していた。
「おらっ! 地下のメインコア、お前の余分な熱を俺の風呂にバイパスさせろ! これが真のエコ給湯システムだ!」
レンが最深部の廃熱パイプにレンチを掛けようとした、その時。
「待ってください! そこは禁忌の補助回路です! 下手に弄れば、島全体の魔力バランスが崩壊してしまいます!」
シアが悲鳴のような声を上げた。だが、レンの瞳には「成功のビジョン」しか映っていない。
「バランスが崩れる? なら、俺がもっといいバランスに『最適化』してやるよ。シア、お前も風呂上がりの牛乳を楽しみにしてろ!」
警告を笑い飛ばし、レンのレンチが巨大なボルトを力強く回した。




