ゆめのおわり
問題というのは、先送りにすると、厄介なことになって帰ってくることがある。
こっそり帰国した私の元に、数日後にお客さんが来た。
階下に降りて出迎えると、険しい顔をしたウィリアムが仁王立ちしていた。
その顔には怒りはなく、助けてください、と書かれていた。
…仁王立ちというより、死にそうな顔で立っている、という表現が正しいかもしれない。
ーー
「レミリア様、知恵をお貸しください…!」
ウィリアムは、すぐさま頭を下げる。
私は事態がつかめず、首を傾げてしまう。
「えっと…何かあったの?」
私の反応を受けて、一から説明してくれる。
「実は…レミリア様がジャッカルでルーメス様と婚約されたとの噂を聞きつけ、ノルン様の元に婚約を希望する令嬢が殺到しているのです。基本的にはお断りしていますが、他国の王族ともなれば、断ることが難しい場合も多く、ずっと予定が埋まっている状態でして。」
私との婚約が完全に蓋していたなんて、すごく驚く。
ノルンは私と婚約秒読みとでも言いふらしていたんだろうか。
「それで…耐えかねたのか、ノルン様の姿が見えなくなってしまったのです。」
「えっ?行方不明なんですか!?捜索の魔法とかでも、見つからないんですか?」
青天の霹靂。
まさか行方不明になっているなんて。
ノルンだけこんなにカオスなのは、どうしてなんだろうか。
ルートがバグっているとしか思えない。
「王族の魔法を簡単に破ることは難しいですし…気配があってもノルン様の魔法で姿を隠されてしまうと、見つけられないんです。」
場所はわかっていても、出てきてくれないということか。
「でも、ノルン様は王になる気はあるんですよね?それなら候補の人たちが来なくなれば自然と戻ってくるのではないですか?」
そう簡単に責任を投げ出してしまうかと言われると、そんなことなくもなくもない。
いやあるかもしれない。
死亡フラグがあるんだった。
「それが…アルガーデンの王家と関係者しか立ち入れない勉強の場にも、現れないんです。居なくなる前も、何だか憂鬱そうで、魂が抜けたような調子でしたから…全部嫌になったんじゃないかと…私は…!」
感極まったのか、ウィリアムは苦しそうに息を詰まらせる。
自分の責任だと、不安な日々を送っているようだ。
「…もう二度と戻られないのではと思えてなりません…婚約者のいるレミリア様に頼るのは筋ではありません。しかしお願いです…ノルン様を探す手助けをしてくれませんか?」
そういえば、ルーメスとの婚約は既成事実と化しているらしい。
否定する要素がないから、そういうものだと思われているのだろう。
私なんかが捜索の役に立てる気はしないけれど、場所が分かっているのなら、後は色んな人で呼びかけるしかないのかもしれない。
「ええ。構いません。一緒に探しましょう。」
ノルン様は、自暴自棄になって、再び死亡フラグが建ってしまったのかな。
もし亡くなられでもしたら、嫌だな。
私の事を嫌っているとしても、私にとっては小さい頃から見てきたから、とても悲しい。
ーー
ウィリアムの指定する場所は、王城の庭園だった。
庭園内にいる気配はするのに、何度呼び掛けても出てきてくれないらしい。
もう3日経っているのに、食事も採っていないと。
こんなに近くから出ていないのに、姿を現さないなんて。
ノルンの考えていることはよくわからない。
「ノルン様、居ますか?ウィリアムが心配していますよ~」
当たり前だけど、私の呼びかけにも全く現れる気配はない。
少し話は変わるけれど、私の魔法は、妖精魔法だ。
花の妖精と話したり、お願いをすることができる。
ただ花の妖精は花から数メートルしか行き来できないから、あまり日ごろ使うことができない。
でもこの広い庭園内なら、ちょっとすごいことができる。
ここは薔薇がたくさん咲いているから。
『フローリカのお願いは、人探しね。この庭園の中の王子様を探すのね。』
妖精がお願いを聞いてくれる。
場所をはっきりさせても、ノルン様が出てきてくれなければ会えはしない。
でも、場所が分からなければ聞こえていないのか、聞こえていて無視しているのかすらわからないままだ。
まずは場所をはっきりさせたい。
妖精に導かれて、庭園の中にあるベンチの前に来る。
ゲームの背景でも、見たことがある場所だ。
『王子様はここにいるわ。でも魔法で見えないみたい。頑張ってね、私達のフローリカ。』
ありがとうとお礼を言うと、妖精は微笑んだ後、花びらで休むために去っていく。
何の変哲もないベンチだけど、ここにノルンは寝そべって居るらしい。
私はパンを取り出して、ベンチに置く。
「ノルン様、せめて食事は採ってください。ウィリアムが死にそうな顔で心配していますよ。」
ノルンは返事をしてくれないから、私も作戦を練る。
どうしたら、良いだろうか。
ウィリアムで駄目なら、国王様やジル?
「国王様に言いつけますよ。」
まあ、もうすでに知られているか。
うーん。
「ジル様の後を継ぐんじゃないんですか?しっかりしてくださいよ。」
駄目だ。
全然反応しない。
と思いきや、パンは消えた。
聞いてはいるらしい。
お腹は空いているのかな。
私はお供え物のように、パンをもう一つ置く。
そっちは食べてくれなかった。
後は何だろう。
あ。そうだ。
「キスしますよ。」
「は?」
…………。
微妙な空気が流れる。
あれ、嫌いな人にそう言われたら跳び起きると思ったのに。
引かれちゃったみたい。
でも返事は返ってきた。
「今声出しましたね!良いから出てきてくださいよ!ウィリアムに何かあったらノルン様のせいですよ?さあ!」
「…何しに来たの?君、ジャッカルに居たんじゃないの」
「終わって帰ってきたんです。そしたらウィリアムが死にそうな顔でノルン様を連れ帰ってきて欲しいって。」
「余計なことを……」
「あまり心配かけないであげてくださいよ。ノルン様のことをすごく思っている方なのは理解しておいででしょう?それに王になりたくないわけじゃないのであれば…」
「なりたくない。」
私はえ、と思わず零す。
あんなにやる気だったのに。
「何のためにやっているかわからない。俺は王になりたいわけじゃない。」
本当に、疲れてしまっているらしい。
まあ元々王になる予定ではなかったのだし、いきなり言われても大変だろう。
「でしたら、お休みされてはどうですか?ウィリアムだって、行方不明になるくらいなら静養を咎めたりしませんよ。」
私は元気づけようと、努めて明るく話す。
どうあれ、ウィリアムは彼の味方なのだから、心配を掛けるくらいなら巻き込んであげるべきだ。
「君は何なの?助けたかと思えば、婚約は全力で嫌がる。俺にどう思われたいの?」
私が良く知る怖いノルンと、ウィリアムやジルと話す優しいノルンの中間のような声で、自暴自棄になったノルンは問いかける。
何だか、似たようなことを誰かにも聞かれたことがある気がする。
「良く思われたいですよ。困っているなら助けたい。婚約は…別の話ですから。」
ノルンは、姿を現す。
出てきたのは、小さい頃から見守ってきた方の、ゲームと同じノルン・ヴァイツェンだった。
すぐ目の前に、立っていた。
けれどその顔は俯いて、今にも泣きだしそうだった。
「僕はずっと……君のことが好きだったのに。どうしたらよかった?どうして君は僕のことを拒絶しながら、嫌ってくれないの?…ああ、最悪。もうどうにもできないのに。八つ当たりだ。だから会いたくなかったのにさ。」
私は事態が呑み込めず、固まってしまう。
(ノルン様、今、なんて……?)