ソナリアの花束
ノルンが、ずっと私のことを好き?
どうして?いつから?
私はものすごく、混乱する。
さっぱり、辻褄が合わないじゃない。
「ノルン様、私のことが嫌いだと言っていませんでしたか!?」
私が反論すると、ノルンは遠い目をしながら、答える。
「そんなの嘘だよ。嘘ついたってバレるから幻術まで使ってさ…。でも、どうせ好かれないなら、嫌われてしまおうと思った。頭の中僕の言葉でいっぱいになればいいって思って。」
思わず目を逸らす。
結構思惑通り、いっぱいになっていました…。
何なら寝込んだり。
「君は僕との婚約の何がそんなに嫌なの?最初は兄さんが好きなのかと思ったのに、駆け落ちしても驚きもしないし。好きな相手がいるのかと思えば、片っ端から男と交流したり…」
何だか人聞きが悪い。
でも、詳しく調べは付いているだろうから、言い返すのも野暮だ。
「嫌というか…私はただ、平穏に暮らしたいのです。ノルン様のお相手には相応しくありません。」
「…確かに禁制区なら静かかもしれないけど…それなら古群の王子はどう説明をつけるの?平穏とは程遠いよ」
紅蘭が平穏とは程遠いというのは、どういうことだろうか。
古群の王子として誤解されているのかな。
「紅蘭様の周りはそういった風では…」
彼は本当に全く女性の噂が無い人だ。
何が原因なのかはさっぱりわからないけれど。
ノルンは小さく、知らないのか…と呟き、納得する。
「知らない、とは?」
私が聞くと、大きく目を逸らす。
「いや、…そうだね、ライバルは居ないと思う。彼は訳アリだからね。脱線だから気にしないで。」
何か怪しい。
問い詰めたいところだけど、口を割ってくれそうにはない。
「…ごほん。でも、それでも、君のところにやっかみが来たことなんて一度もないだろう?僕のことをもっと信じてほしかったよ。君にとっては信用できなかったかもしれないけどさ。」
確かに、今日まで生きてきて、ライバル視されたことはない。
ノルンの元に人が殺到したのも、私の婚約の噂が出てからのようだし、上手いこと何とかしてくれていたのだろう。
「…いや、ごめん。今更言われても君からしたら困るよね……。とにかく、僕は王には相応しくない。ずっと良い王になれば、君が振り向いてくれるかもしれないと思ってた。だから、はなから王になりたかったわけじゃない。ただ君に良く思われたかっただけ。君のように無償で人助けなんてできない。」
「それは私も変わらないです…人助けなんて自己満足で…」
「ううん、違うよ。だって君は僕を助けた。でも、僕のことが好きなわけじゃない。だから、全然違うんだよ。」
ふと、1つ気が付く。
ノルンが私のことを好きなのは…。
「…うん。君が兄さんに言って僕を助けたんだって、ずっと知ってた。兄さんが書いた手紙の写しを、勝手に見ちゃったから。それで気になって、元気になってすぐに全部調べた。」
(手紙の写し…。)
手紙を書くとき、紛失や改ざんを防止するために、相手に送るものと同じ内容の手紙を書き残すことがある。
私の父も、重要な書類の時はそうしている。
王家では全ての手紙でそうする習わしなのかもしれない。
「最初はただ嬉しかった。誰かが自分を気にしてくれているって。図書館に抜け出していた時、幻術を使っているのに君に話しかけられた時は、運命かもって思った。」
ノルンと図書館で会ったことなんて会ったっけ。
覚えていないけれど、あったのかもしれない。
「全部僕の勘違いだったけどね。」
ノルンは苦笑いを浮かべながら、私の手を引いて、庭園の出口に向かう。
前を歩く表情は見えないけれど、私はいまだに混乱していて、それどころじゃなかった。
「王になんかなりたくないなあ。君が居てくれるなら頑張れたのに。」
全然、知らなかった。
ノルンは、ずっと私のことを見ていてくれたんだ。
今なら、ノルンが私を好いてくれた気持ちがわかるような気がした。
自分のことを良い風にずっと見守ってくれた人が居るのって、嬉しい。
庭園の外には、ウィリアムと、ローナが居た。
「ノルン様…!!」
ウィリアムは、号泣していた。
それを見て、ノルンは苦笑いを浮かべる。
そして、しっかり頭を下げる。
「ごめん、ウィル。色々嫌になっちゃって。ほら、失恋したし。ちょっとしばらく休んでもいい?」
ウィリアムは大きく頷くと、目をごしごしとハンカチで拭いて、衛兵に指示を出す。
どこかの別荘とか馬車を、手配しているんだろう。
「ローナ、行きましょう?」
私は邪魔しては悪いかと去ろうとすると、心配そうな目と目が合う。
「お嬢様。ご無礼を承知で、お聞きしてもよろしいでしょうか。」
ローナは私に気を遣って、小さな声でこっそり尋ねる。
「ノルン様に、本当のことをお話しされなくて良いのですか…?いえ。本当に婚約が嫌であるなら別です。ですが…お嬢様はノルン様を嫌っているようには見えません。」
私は、少し考える。
ノルンとの婚約が嫌だったのは、もちろんノルンが嫌いだからではない。
乙女ゲームの波乱万丈な生活ではなく、平穏を望んだから。
でももう、既に波乱ばかりの人生を送っているような気がする。
それに、私はノルン様の告白を聞いて、嬉しかった。
それは恋とか愛とかなのかはわからないけれど、嘘をついたままで、不誠実なままでいいんだろうか。
「でも、今更聞いたって、ノルン様は切り替えているところなのに、困らないかしら?」
「何が?」
「うぇ?」
ローナと私は、思わず目を合わせる。
横を向くと、私達のすぐそばに、ノルンの顔があった。
「ガっ…ガールズトークに乱入してはいけませんよノルン様……!プライベートというものが…」
完全に聞かれた。
いつからだろう。
というか、さっきまでウィリアムと話していたはずなのに。
ノルンの幻術は、時間的な痕跡がないから相当厄介で、どこからどこまでが幻術か心配になってくる。
さっきのは本物だよね??
「いやー地獄耳っていうのかな、嘘って聞こえたからさ。いや、何のことかなって。」
ニコニコ。という感じでこちらを凝視してくる。
ああ、逃げられない。
まるで死刑囚のような気持ちで、私達は断罪人の前に座り込んでいた……。
ーー
「やあ、おはよう。愛しのレミリアちゃん」
偽婚約話のことを聞いて以来、ノルンはかの恐ろしいノルン様に早変わりしてしまった。
毎日のように部屋の前に立っていて、死神か何かにしか思えない。
本当に怖いですありがとうございました。
「…今日はどうされたんですか…」
今朝は特に早い。
ゲンナリ答えると、ノルンは正装していた。
「パーティがあるからさ。君が未婚であることを世界中にしっかり紹介しようと思って。」
「新手の拷問ですか…?」
何が悲しくて、世界中に相手のいない悲しさをばらまかなければいけないのだろう。
私は扉を閉めようと左手で衛兵に指示する。
当然王子様の右手の静止で、一切言うことを聞いてもらえなかった。
「ノルン様も新しい婚約者を見つけてくださいよ…」
尚も乗り気じゃない私は、棘を刺す。
ノルンは苦笑いをする。
「冗談だよ。今日は見ての通り出なくちゃいけないから、その前に君の顔を見たかっただけ。でも、婚約のことはどうしても考えて欲しい。僕は君をどうしても諦められないし、君と一緒なら、理想の王にだってなれると思う。一度でいいんだ。チャンスが欲しい。」
そう言うと、ウィリアムが背後から時間です、と声を掛ける。
ノルンは名残惜しそうに私の頭を撫でた。
「また来る。しつこくてごめん。でも、もう後悔したくないんだ。」
私は頷き、見送る。
その背中を見ながら、ふと思う。
(こんなに人に愛されたことなんてないかもしれない。)
前世でも、こっちでも。
私は確実に、絆されつつあった。
ーー
ソルトと紅蘭とは、若干疎遠状態になっている。
寂しいけれど、私は婚約したことになっているから、既婚の令嬢の元には、会いに来れないというマナーがある。
今会いに来るのは誤解と知っているノルンくらいだ。
ここ最近、ノルンとの婚約をどうしたらいいのか考えて、日々が終わってしまう。
貴族の娘として、頷くべきで、あんなに愛してくれるなんて、幸せなことだと思う。
でも、だからこそ、気後れしてしまう。
相応しくないように、感じてしまう。
ポン、と優しく肩を叩かれる。
どうやらまた考え込んでいたらしい。
「お嬢様、買い物に出かけませんか?」
「ローナ…」
私は断る理由もなく、頷いた。
ーー
連れて来られたのは、可愛らしい服が並ぶブランド店だった。
「珍しい買い物ね?」
普段はフローリカ行きつけの店があるから、それ以外で買うことは少ない。
「ノルン様との婚約をどうするにせよ、せっかくなので着飾ってお出迎えしてあげてはどうですか?きっと喜ばれますよ。」
おめかしして、お出迎え…。
「何か気があるみたいじゃない…?」
ちょっと気恥しい。
「では送ってもらったと答えてはどうですか。」
ローナが自分を指さす。
確かに、ローナからの贈り物なら、着ていても不自然じゃない。
それで、私は1つひらめく。
「あ、それなら。お互いの服を選んでみない?」
我ながら名案だ。
ローナはいつも大人しい服しか着ないけど、絶対にお姉さんファッションが似合う。
タートルネックみたいなのとか、もふもふしたやつとか。
持ってきて早速宛がっていると、ローナは驚いた顔をする。
「そんな、私はこのような華美な服は相応しくありません。お嬢様なら似合いますが…私には…」
「そんなことないわ!絶対に似合うもの!それに、私が着て欲しいの。」
好みはあっても、華美な服が相応しくない人なんていない。
それにこれまで私に派手めな服を持ってくるとき、本当はちょっと嬉しそうなローナを知っている。
きっとローナは自分には似合わないと考えているだけで、本当は好きなんだと思う。
すっごく似合うのに。
ーー
ローナとの買い物の帰り道、花屋を通りかかる。
そこで目に留まったのは、リナリアだった。
ソナ束の世界では、ソナリアという、架空の花だ。
買おうか迷っているとき、背後から声がかかる。
「それ、欲しいの?」
ニコ、と微笑みかけたのは、ノルンだった。
「ノルン様!?どうしてここに…?」
花屋の店員さんに花束を頼み、色まで指定しながら、こちらに答えてくれる。
「帰り道。可愛らしいお姫様が居ると思ったらレミリアだった。」
何だか気恥ずかしいことを言われた気がする。
確かに結構珍しいピンクのドレスで、お姫様みたいなデザインだけど。
「ローナに貰ったの…」
ローナと目を合わせると、頷いて肯定してくれた。
「うん、センスが良いね。レミリアにすごくよく似合ってる。」
上機嫌なノルンは、店員から花束を受け取ると、私の手を取ってローナに話しかける。
「ローナさん、しばらくレミリアをお借りしても?」
ローナが頷くと、ウィリアムがローナを馬車に乗せる。
送っていってくれるらしい。
護衛兵に囲まれて逃げ損ねた私は、ノルンに尋ねる。
「どこへ行くの?」
それを肯定と受け取ったのか、嬉しそうにリードしてくれる。
「ふふ、どこまでも」
その日、私はこの世で一番綺麗なものを見た。
船上から眺める色とりどりの花火も、花びらでできた川も、この町全体を使ったイルミネーションも、ノルンの魔法はとっても綺麗だった。
まるで世界中を使ったキャンバスみたい。
子どものころに想像するようなキラキラしたものがたくさんあって、私はそのどれもに目を輝かせた。
「とっても綺麗。ノルンはすごいわ!」
私がそう言うと、ノルンはすごく嬉しそうに、愛おしそうにこちらを見るから、私は目を離せなかった。
(私…ノルンのこと……)
「レミリア、僕は君のことが好きだ。だから、またこうして時間をくれる?」
私は頷く。
こんなに楽しい時間、断る理由がない。
「良かった…じゃあ、これ貰って。」
ソナリアの花束。
さっき買っていたやつだ。
前世でのこの花は、リナリア。
花言葉は…。
「ノルン、期待を持たせて、がっかりさせたくなかったの…だからずっと、言うかどうか迷っていて…」
すごく、緊張する。
何て言われるだろう。
こんな恐怖を、ノルンはずっと持っていたのかな。
「何の話…?え、レミリア?」
誤解しているのか、青ざめていく。
その頬に優しく触れて、必死に絞り出そうとする。
恥ずかしい。でも言わなくちゃ。
「私、ノルンが好き…。気持ちが釣り合わないかもしれないけど…でも、今知って欲しいと思ったの。」
私はソナリアの花束を受け取り、抱きしめる。
この花は、ノルンに貰った花。
そう思うと、すごく大切なものに思えてくる。
「レミリア……!」
ノルンは、私を花ごと抱き留める。
夜の外気は涼しいのに、すごく温かく感じる。
それはきっと、私の顔が熱いせいだ。
(告白するのってすごく緊張するし、恥ずかしい。でも…)
目の前の人が、私のためにそれを何度も我慢してくれたんだって、今わかったから。
同じ経験をして、それに気づけて嬉しい。
「ノルン様、私と…」
「レミリア、それは僕に言わせてくれるかな?」
私は静かに、言葉を待つ。
するとノルンは、首元からネックレスを取り外す。
ネックレスには、指輪が付いていた。
「今はこんな簡素なものでごめんね。」
ノルンは跪いて、指輪をこちらに向ける。
「レミリア、僕と婚約してください。そして一緒に、この国を支えてくれませんか?」
「はい。私で良ければ。良き王になってくださいませ。そして最後まで、お供させてください。」
ーー
薬指に、綺麗な指輪がはめられる。
仮のものだけど、これも相当に高価なものだと思う。
ところでこれは、何の指輪だろう。
「あ。それ、うちの王位の証。次期皇帝のね。」
「そんなもの代わりに使わないでください!!!!」




