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T

「帰ってきたよ」


 L1NEの通知音が鳴った。ひとつ上の彼氏からのメッセージだ。


「お土産も買ってきた

渡すよ

今度いつ会える?」

「うれしい! ありがとう!

明日ヒマしてるよ!」


 彼氏は卒業旅行で隣県に向かった。

 彼氏の友達の伝手で、どこかの山奥の別荘を借りたらしい。最後の思い出作りにキャンプをとしゃれこんだわけだ。


「卒業旅行なんだからディ〇ニーとか行けばよかったのに」


 自分の先輩はそういったところに行く人が多かった。


「男子だからなのかしら」


 わたしはベッドから跳ね起きて、クローゼットを開けた。明日の服装を考えている間に、夜は更けていった。


 翌日。

 空は曇り空で、傘の準備があったほうが良いと天気予報が告げていた。


「さて、と」


 待ち合わせまでは少し時間があった。

 駅前のス夕バで新作のラテを買って、彼氏の到着を今か今かと待った。


「……ごめん! 待った!?」


 彼氏が到着したのは、待ち合わせの時間ちょうどだった。余裕をもってくることの多い彼にしては珍しいことだと思った。


「ううん、全然だよ」


 私たちは連れ立って歩きだした。

 イソス夕で見つけたおしゃれなカフェに向かう。道すがら、旅行の話を聞いた。


「楽しかったよ」


 そして彼氏はふと思い出したようにカバンの中に手を入れた。


「これ、お土産」


 それは、当地のゆるキャラのストラップだった。

 ネコをベースにしたキャラクターなのは見てすぐに分かったが、妙に目が笑っておらず、鼻も口もないのが面白かった。


「こういうの、好きかなと思って」

「ありがとう!」


 正直好きでも何でもなかったが、私の為に考えて買ってきてくれたのが分かって、それだけで嬉しかった。


「どんなところだったの?」


 旅行先は隣県の山奥としか聞いていなかった。地名を聞いても、聞き覚えのない場所だった。


「うん、それがすっごい山奥なんだよ! バスも一日四本しかないようなところでさ」

「えー、行くだけで大変じゃん」

「そうそう。友達の親戚が車出してくれたんだけどさ」


 曰く、彼氏の友達の父親が幼少期を過ごした土地らしい。

 今でも周囲に親戚が住んでいて、一帯がその友達一族の土地とのことだった。


「あ、でも別にバカでかいってほどじゃなかったな。ちょっと広い日本家屋って感じだった」


 電気も水道にもガスにも困らず、近くには本家のばあさんがいるから何かあったら頼りな。

 そう言われて滞在したが、特に困ったことは起きなかったのだという。


「裏が山になってて、ちょっと行くと沢になってるんだ。川魚を釣ったりとかしてな。こんなでっかい魚が釣れんの。それがもう身が詰まってて旨くてさ」


 彼氏はフォークを置いて両手を広げてみせた。


「そういう田舎の山って、なんだか怖いイメージがあるわ」

「怖い、ね。確かに、木が多くて山道は薄暗かったな。でも、そんなに怖くなかったよ。案外ビビりなんだな」

「ビビり、ってほどじゃないと思うけど」


 わたしは確かに、年齢の割に落ち着いていておとなびていると言われることが多い。

 少しからかわれているような気がして、ややムキになって言った。


「そういうんじゃないけど。……でも、祠があったりお地蔵さんが並んでたりするっていうし」

「……ああ、そういえば祠みたいなのはあったな。特に気にしなかったし、ちょっかいもかけてないけど。あ、あと石碑みたいなのもあったな」


 そして彼は急にバツが悪そうな表情になった。


「どうしたの?」

「ああ。うん。そういえば、さ」


『おい、こんなところに変な石碑があんぞ』

『お、本当だ』

『上のほうにもあったぞ』

『俺、間違えて蹴とばしちまったよ』

『おいおい、戻しとけよ』

『いや、転がってどっか行っちまった』

『ええ、まずいんじゃね』

『大丈夫だろ、多分』


「……で、蹴っ飛ばしちゃったままで帰ってきたんだよな」


 わたしは少し慌てた。


「え? それって大丈夫なの?」

「多分? 大丈夫だって。なんともなしでここにいるんだからさ」


 彼氏は快活に笑った。

 わたしも笑い返しながら、心の中には一抹の不安が生まれていた。


 その不安が大きくなったのは、彼氏の家に行ってからだった。


「……ねえ、その痣はなに?」


 彼氏の肩甲骨の間のあたりに、青紫色の曲線の痣が浮き出ていた。


「え? どこ?」

「ここ、ここ」

「うーん、なぞられても分からないかなあ」


 背中にあって、彼氏はそれに気づいていなかったようだった。


「写真撮るよ」


 写真を見て、彼氏は首を捻った。


「あれ? こんな傷、あったかなあ」

「ううん。なかったよ。前は絶対」


 それは、何かの模様のようでもあった。

 彼氏の携帯に写真を転送する。


「なんか怖いなあ」


 口ではそういいながら、彼は能天気なものだった。


「ま、すぐなおるでしょ」

「でもっ……」


 何か言おうとするわたしの唇を、彼氏の唇が塞いだ。

 そのまま、ベッドに倒れこむ。


 終わって帰るころには、わたしはすっかりその件を忘れていた。


 異変が発生したのは、それから一週間後のことだった。


「ヘンなものが見えるんだ」


 彼氏から連絡が無くなったのを不審に思って、彼の家を訪ねると、彼は見る影もなく憔悴していた。


「風邪でも引いたの?」

「ううん、違う」


 首を振って、彼氏は窓の外を指さした。


「何あれ」


 わたしは息を飲んだ。


 それは、得体のしれない何かだった。

 見た目は、泥のようであった。黒に近い茶色で、粘り気があるような感じがした。それが、窓の上辺から、左側の隅を覆うように貼り付いていた。液体の見た目であるのに、まるで意思があるように波打っていて、重力が働いていないのかあまりに粘り気が強いのか、それは窓にひっついて離れなかった。

 恐る恐る近づいてみる。


「何これッ! くさっ!」


 鼻を衝く悪臭に鼻をつまんだ。勢いよく鼻をつまんだせいで耳抜きみたいになってゴワンゴワンくぐもった。

 窓の向こう側にあるのに、それは物凄い臭気を放っていた。得も言われぬ臭い。何かが腐ったようなものと金属の臭いとアンモニアのような臭いと。あらゆる悪臭がそこに混ぜ込まれたような臭いだった。


「見える、のか」


 彼が茫然と呟いた。


「それ、父親にも母親にも見えなかったんだ。臭いも感じなかったって」

「うそっ!?」


 わたしは信じられなくて叫んでしまった。

 彼がすっかり血の気の引いた顔で頷いた。


「ほ、他に見える人は……?」

「……一緒に旅行に行ったやつらはみんな、同じものが見えているって言った。迂闊に外に出て足をとられた奴は、剝がそうとしても着替えても風呂に入ってもダメで、悪臭と恐怖で狂ってしまいそうだって言ってた。いや、多分、狂ってしまったんだと思う。自分の足に火を当てて燃やして、病院に搬送されたらしいから」


 コツ、コツと窓ガラスをノックするような音がした。


「時々こうなるんだ」


 彼は頭を抱えていた。目の下に浮かんだ隈がいまさら脳裏に浮かんだ。


 ルルル、と携帯電話が不意に鳴った。

 彼氏の携帯電話だった。


「……もしもし」

「……」

「……何かわかったのか? いま俺の彼女も家に来ていて、それが見えるっていうんだ」

「…………」

「……ああ、頼む。聞かせてくれ」


 そこまで話して、彼氏はスピーカーホンに切り替えてくれた。


「友達だ。あの旅行先を選んだ」


 彼は小声で教えてくれた。


「昔から住んでるおばあさんに、助けを求めたらしいんだ」

「もしもし、彼女さん?」

「……はい、そうです」

「……これはうちのばあちゃんに聞いた話なんだけど、あの山では昔大規模な戦いがあったらしいんだよ。戦国時代とかの頃らしい。で、敵味方問わず多くの兵が死んだ。勝敗もつかない泥仕合だったらしい。麓から、ちょうど俺らが釣りをしていた沢にかけての山道にかけて、うず高く死体が積まれ、出血が流れを作って道を作ったなんて話もあるくらいだ。祠と石碑は、その兵士たちを鎮めるためのものらしいんだ。死んだ兵士たちの、浮かばれなかった魂が怨霊となって悪さをしないようにするため、だって」

「「…………」」

「あれを蹴っ飛ばした俺らに、その怨念の一部がまとわりついて悪さを始めたんじゃないかってばあちゃんは言っていた」

「ど、どうしたら助かるんだ!?」

「分からないって。おばあちゃんも知らないし、あっちの一族の人にも聞いたんだけど、誰も何も知らないってさ」


 全てを諦めたように、乾いた笑いさえ含んだような声だった。


「じゃあ、どうしてわたしは……?」 

「多分なんだけど、痣を見たか触ったかだからじゃないか?」


 電話の向こうから推測が聞こえた。


「みんな、いままでなかったはずの痣ができてるんだ。キミ、痣を見たんだろう? 多分触ったりもした。だから感染(うつ)ったのかもな」


 わたしは柄にもなく涙ぐんでいた。


「俺たち、これからどうなるんだろうな」


 別れ際、彼氏がポツリと呟いた。


「言えた義理じゃないけど、気をつけてな」

「……うん」


 帰り道。夕方らしい斜陽はなく、急に夜に切り替わったように、辺りは薄暗かった。

 わたしは足元に細心の注意を払ってゆっくりと家へ歩いていた。悪臭は鼻に残っていて、思い出すだけで怖くなった。


「ただいま」


 リビングに入る。


「おかえり」


 普段は何とも思わないのに、母の声と、夕方のワイドショーのかしましい音が救いだった。


「ただいま」

「どうしたの、そんな泣いて」


 訳もなくあふれてくる涙をぬぐって、私は伏しがちだった顔を上げた。

 正面。庭に続く大きな窓。降ろされた雨戸と窓ガラスの隙間に、彼氏の家で見たのと同じあの泥がうごめいていた。


「いけない、洗濯物を取り込み忘れていたわ」


 母がパタパタと歩いてきて、立ち尽くしているわたしの脇をすり抜け、わたしが見据えている窓を開けようと手をかけた。


(やめて!)


 声も出なかった。

 わたしは目をぎゅっと閉じた。悪臭が急に鼻の奥をついた。


T is for TOMB

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