R
「どこに行っていたんだい?」
R氏が袋詰めされた煎餅を渡すと、彼の同僚が尋ねてきた。
R氏は答える代わりにパッケージの袋を見せた。R氏が遠出した地方の名前が堂々と記されていた。
「そんなところまで」
同僚は大袈裟なまでに驚き、そしてこう続けた。
「これは日本酒に合いそうだ。ちょうどいい酒が手に入ったところなんだが、良かったら今夜一緒にどうだい?」
「いいね。君の部屋だね」
終業後、ふたりは晩飯も早々に連れ立っていった。
同僚の部屋で、彼らはR氏のお土産を肴に酒を飲み、ベッドの中で一夜を共にした。拍子抜けするほど悪くなかった、そうR氏は思った。
またあくる日。
昼食を終えたR氏が給湯室で歯を磨いていると、また別の同僚がやってきた。
「あら、こんな人目につかないところで何をやってるかと思えば。悪い人ね」
彼女はR氏の耳元で囁いた。制服の首元から覗く白い鎖骨が情欲をそそった。
どちらともなく口付けを交わし、舌を絡め腕を回し、身体を弄り交わしあった。
その日の晩、R氏は彼の友人と会った。お土産を渡し、居酒屋を梯子するうちに、気付けば彼女の部屋で缶ビールを開けていた。
「ああ、ダメじゃないの。あなた、付き合っている人がいるんでしょう?」
彼女は官能的な吐息を漏らした。
ふたりは夜に沈んでいった。
明後日、R氏は彼の交際相手に会った。車で湾岸を走り、夕日の綺麗な小高い丘の上に停めた。
「綺麗な景色ね」
彼女は嘆息した。
「そして誰もいない」
街灯もあるし、開放的な場所だ。それなのに人の気配が全く無かった。
「穴場なんだ」
R氏は得意になって言った。実際、R氏はそういう場所を探しあげる才能があった。先日の遠出でも、そうした穴場を見つけたところだった。地元の人も立ち入ったことがないような里山に、とても澄んだ空気と水があった。
「他には誰と来たの?」
「誰とも」
「嘘よ」
女性はこういう嘘に敏感だ。「しかもつい最近でしょ」とまで問い質してくる。R氏は苦笑して言い訳した。
「妹と来たことがあるだけさ」
「本当?」
尚も疑いをかけ潤んだ目で見上げる彼女が次の言葉を口にする前に、R氏は唇で二の句を塞いだ。あの時の妹と同じ、瑞々しいやりとり。彼女は太腿を擦り合わせた。
他にも、R氏は多くと身体を重ねた。ある時は彼の上司と。ある時は彼の後輩と。水商売の女とすることもあった。街中を歩けば、男女問わず声をかけられた。どうやらR氏は、人を惹きつける何かを持っているらしい。
「フェロモンの一種かしら」
乱れた白衣のボタンをひとつひとつかけながら、女医は思案げに呟いた。R氏のかかりつけの医者である。
「それに、身体の節々にしこりがあるのが気になるわ」
「そうなんですか」
「ええ。できものみたいなのもあるわね。マダニ……では無いようだけど」
R氏は不安に襲われて身を乗り出した。
「紹介状を書くから大きな病院で精密検査してくるといいわ」
R氏は紹介状を手に病院を訪ねた。
担当医の男性医師は首を捻った。どうやらR氏の男性器に問題がありそうだとまでは見当がついたが、その先が分からない。
検査入院を勧められ、個室が用意された。R氏はひどく動揺した。
幸いなことに、仕事も金銭面も折り合いがつきそうだった。
毎日誰かがお見舞いに来てくれた。中には小一時間いる客もいて、そういう者は出て行く頃には皆頬を上気させていた。看護師や医師の中には、その仲間に加わるものもあった。担当医もまた例外では無かった。ベッドの上で、R氏が男女問わず数多くの人間と関係を持っていることを知った。
R氏の性事情は明らかに異常だった。
担当医は自らもまぐわいの列に加わっていたが、正常と異常を見極められないほどは堕ちていなかった。
性器に関わるあらゆる情報が調査された。
その日、R氏の精液を顕微鏡で観察していた担当医は、見慣れないものを発見して目を見開いた。
「これは……!」
恐らくこれが原因だろう。
担当医は直感した。あとは裏付けるだけだ。
そう考えていたが、残念ながら遅かった。
殆ど時を同じくして、R氏の容態が急変したと一報が入った。
担当医が病室に駆けつけると、ベッドに仰向けに寝たR氏の全身から、白や赤や黒の、天に向かうごとく垂直に伸びた構造体が生えていた。皮膚を突き破っているようだった。R氏の顔や身体はそれに覆われていて、死んでいるように思われた。男性器のあった部分だけがその原型をとどめていた。
「先生、これは……」
「……花なんだ、これはきっと」
担当医は手袋をした手で慎重にR氏だったものの表面を撫でた。
「寄生性の植物だろう。精液を胞子代わりにして他の人間に植え付ける。そしてその人間がまた性交をすることで繁殖していくんだ」
そして、呆然と呟いた。
「一体彼はどれだけの人間に種を蒔いたんだろうか……」
R is for REPRODUCTION




