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君主たる魔導書-マスターグリモワール-  作者: 逸れの二時
第一章 痛みの連鎖
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追跡

 元騎士団長、そして今はただの男になったディルクは、革のジャケットに革のブーツと身軽な格好でケレストロウズ公国領、ケメルダの街中を歩いていた。


 道行く人々は以前と違い、道を空けたり畏敬の籠った振る舞いをしたりすることなく彼の横を通り過ぎていく。それなりに長く騎士の位にいた彼にとっては新鮮なことであったが、その騎士としての肩書はもう使えないため、冒険者を名乗って凶悪な魔術師の影を追っている。


 調査しやすいよう、無理を言って国の印章を押した書類を準備してきた甲斐もあり、入国から何から何まで今のところ順調に事は進んでいた。


 しかしながら一つだけ、不可解なことがディルクの肩にのしかかる。先日殺されたという労働者の男のことである。


 彼は首の骨を折られて殺害されていたと、ディルクは衛兵隊の詰所で聞いている。腕っぷしの強い者なら素手でも殺せるのではないか。そう疑問を抱いたのも束の間、信じられない力で首が曲がっている、人間の仕業とはとても思えないと検死をした薬師が言っていたそうだ。


 人間の仕業ではない――。でもそれは魔術を使えない人間という意味に違いなかった。


 魔術が唯一許されていたゴスリック王国が、とうとうそれを禁止してしばらくの月日が流れた今、魔術師の仕業であるとの言葉は誰からも出てこない。


 魔女狩りが行われて魔術師は絶滅したと思われているのか。あるいはその言葉を発するのが恐ろしいのか。


 明確な答えはわからないものの、ディルクはもう確信している。直感があの邪悪な魔術師の仕業であると告げていた。


 念の為に遺体を見せていただけますかと、死体安置所である教会のモルグで死体を見れば、何のためらいもなく命を奪われたのであろう男が静かに眠っている。


 脂肪は付いているが、全体的にはしっかりとした筋肉があり労働者らしい体つきで、特に腕周りの筋肉が発達している。


 だが大きな体に似つかわしい太い首。それがいとも簡単に、明後日の方向を向いていた。涙を堪えなければならないような強い薬品の臭いが悲劇の大きさを物語る。


 本来ならばこの男は、暗い地下室の冷たくて堅い寝台の上で、身元の確認と墓場の場所が決まるのを待つ必要はなかったはず。一体どんな人物だったのか。今となっては話をすることも叶わないこの目の前の男に、ディルクしばし黙祷を捧げた。


 もう結構ですと関係者に告げて、ディルクは神の加護があるはずの教会を出ていく。悼むのはもうたくさんだと彼は半ば目を背けるようにして、とにかく手当たり次第に魔術師の男を見なかったかと通行人に声をかけた。


 灰色の長い髪に虚ろで冷たい赤い目の男。かの邪悪な魔術師の特徴を憶えている範囲で詳細に述べるが、みな口を揃えて知らない、わからないと言うばかりだった。


 聞き方が悪いのだろうか、それともあの邪悪な魔術師はここに来ていないのか? いや、そんなはずはないとディルクは独りで自問自答し、思案しながら日が傾き始めるまで聞き込みをしていると、ついに一人の女性から有力な情報がでてきた。


 待ちに待った情報源は、貴婦人のような赤いドレスと黒いハットの気位の高そうな女性。


 ディルクはつい興奮気味に彼女に邪悪な魔術師を見た場所を問うと、なんとつい五分前くらいにその特徴の男を見たと言う。気味の悪い男だったと鼻で笑い、彼女は知りもしない人間を嘲っている。


 しかしディルクは癇に障る彼女の態度など気にしないまま、急いでその場所を聞きだして走り出した。礼儀正しい元騎士の彼はお礼を言うことも忘れて、全速力で現場に向かった。


 どうか誰かが殺される前に前に合ってくれ。そう願って彼は剣の鞘に手をかけたまま駆けた。

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