9 本格的に授業と恋が始まる筈で
チュートリアル期間が終わってから、気が付けば1週間。
「シーア、おはよう」
「お嬢様、おはようございます」
早起きしてしまうことにも、シーアに支度を手伝って貰うことにも慣れた。
朝食を食べ、教科書の入った鞄を手に持つ。
コンコン。
「エリエル様、おはようございます」
重なった声に反応したシーアが自室の扉を開けると、毎日かかさず迎えに来てくれる、側近のサリアとタリアが立っている。
「サリア、タリア、おはよう」
「サリア様、タリア様、おはようございます。いつもありがとうございます」
私に続いてシーアもサリアとタリアに挨拶を返す。
この1週間で見慣れた光景だ。
寮から教室への移動も慣れたもので、迷うことなく進んでいける。廊下ですれ違う他の貴族の子女や子息達とも挨拶をしながら歩いていると、あっという間に教室に着いてしまった。
初日と変わらず後ろの席を確保して、隣にサリアとタリアも座る。3人で、今日の授業について話したり、サリアとタリアに好きな人がいないかをそれとなく訊いてみたり(残念なことにいなかった)していると、授業の始まりを告げる鐘が鳴った。
「今日はマナー講義の先生が体調不良でお休みを取られた。なので、今日の授業は予定を変更して、中庭で実践魔法の訓練を行う。汚れてしまう可能性があるから、魔法練習用の服に着替えてから、全員訓練場に集合してくれ」
つ、ついに魔法を実際に使う日が来たのか……。精神年齢が三十路だとしても、ファンタジーの代名詞である魔法を使うとなると心が躍る。
落ち着くために、ジーニア先生は一応先生という立場なので、敬語を使って貴族である生徒に舐められないよう言い切りの形で喋っているらしい。なんていうプチ情報があったな、と、今は余り関係ない思い出を頭の中で再生させつつ更衣室へ向かう。
更衣室には、事前に連絡があったのか、生徒の侍女が着替えを持って待機していた。貴族は基本、着せ替えて貰うのが普通だと、この1週間で私は学んでいる。
シーアの元まで歩いて行き、制服を脱がせて貰う。次に着る魔法練習用の服は、紺を基調とした制服とは違い、グレーのワンピースに黒いリボンタイが付いているものだ。靴もヒールが制服のものよりも低く、シンプルで動きやすそうなデザインになっている。縦ロール以外の、少し乱れてしまった髪も整えて貰う。
「いってらっしゃいませ」
「シーア、ありがとう」
私もサリアとタリアも着替えが終わり、シーア達侍女に見送られながら更衣室を出て、訓練場までやって来た。
訓練場は、学校で言うところの運動場ような場所であり、白い肌が美しいとされる令嬢達のために、端の方にパラソルと椅子が設置されている。
先に訓練場に着いていたのは、魔法の属性が闇であるジーニア先生や、他の火、水、土、の属性が使えるそれぞれの先生達だそうだ。そして、実は王族とその血筋しか使えないらしい光属性の先生は、どこかの公爵家に嫁いだご婦人をお呼びしたらしい。もしかしたら、私になる前のエリエル・マーリアノルト時代に出会っている可能性が高いので、気を付けなければならない。……かもしれない。だって私の属性水だから、少なくとも今日関わり合いになる確率低い筈だしね。
まだ半数ほどしか集まりきっていない訓練場を見て、サリアとタリアがパラソルの下で待とうと提案してくれた。私も日焼けはあまりしたくないので、他の生徒が集まるまでパラソルの下で待機しよう。
「よし、全員集まったな。それでは今から魔法の訓練を行う。前回、前々回は魔法についての座学だったから、今日が初めての実演型の授業になるな。この学園に入学する者は、一定以上の魔力量を持っている筈だ。私達教師も誰かが負傷することのないよう気を付けるが、あなた達も決して人に向けて魔法を行使しないようにしてくれ。それでは、今からそれぞれの属性ごとに分かれて貰う。まず、先生としてお呼びしているのが……」
そうして、ジーニア先生がどんどん先生達を紹介していく。
水の属性の先生は、よく言えばとても優しそうな、悪く言えば気弱そうな若い男性だった。
基本的に、余程のことがなければ先生が替わることはないので、エリエルに良いようにあしらわれていそうだな。
そう思った瞬間、何かが記憶の隅っこでひっかかった。何だろう、と思い出そうとするが。
「そ、それでは、今から授業を始める。しゅ、集中して聞くように」
という先生の声が聞こえた為、私は目の前の授業だけに意識を向けることにした。
「注意事項は、さ、さっきコメット先生も言ったように、決して人に向けて魔法を使わないこと。そして、す、少しでも違和感があればすぐ先生を呼ぶこと。魔法が暴走すれば、自分や周りに危険が及ぶことがあるので、無理をせず、ゆっくり学んでいきます」
「はい!」
水属性の使い手として集まった、私を含む生徒8人が頷いた。
うんうん。無理をして魔法が暴走したら大変だもんね。……魔法が、暴走?
さっき、頭の隅でひっかかったものが主張し始める。私は何か、重要なことを忘れているような……。
「それでは、ま、まず、私が基本の水魔法であるウォーターボールを実践するので、しっかりと見ているように」
はっ! 魔法! ウォーターボール!
その単語に引っ張られて、またもや私は目の前の先生へと意識を向けてしまうのであった。




