青
「はい、できたよ」
アリアはウィーの包帯を付け替えると彼に優しく触れた。
ちなみに、ルーフスとウィオラはオスである。
これはアリアが二匹とじゃれていた際に発覚したのだが、祖母には「そんなの、今ごろ気がついたのかい」と鼻で笑われた。どうやら彼女は知っていたようだ。
「だいぶ、良くなってきたね」
ウィーの怪我は一ヶ月前と比べると素晴らしく良くなっていて、後二週間ほどあれば、完治するだろうとアマンダは言っていた。
後二週間で二匹ともお別れかと思うと、とても寂しいが、狼である彼らを思うと、やはり自然に帰したほうがいいのだろう。
ならば、自分にできることはお別れするその日まで、二匹の面倒をしっかりみることだ。
そうして、アリアは残りの時間を惜しみながら彼らと過ごすことに決めた。
「アリア、悪いんだけど集落のほうに行ってきてくれないかい。ほら、ハロルドじいさんのとこさ」
「わかったわ」
ハロルドじいさんとは、先日アリアに本を譲ってくれた優しいおじいさんのことだ。そのときもアマンダの言付けで彼のところに行った。
「はい、これ。じいさんには前回と同じ薬だからって言っておいておくれよ」
そう言ってアマンダはアリアに薬が入った袋を渡した。
「気を付けて行くんだよ」
「うん!」
小さな黒たちは、二人の会話を静かに聞いていた。
「はい、ハロルドさん。これ、おばあちゃんからです。前と同じ薬だそうですよ」
「ありがとう。いつもすまんのう」
アリアは現在、集落に下りていた。アリアの家は森の入り口付近にあり、集落からは離れたところにある。アマンダは薬の調合や庭の整備で忙しく、またアリアの怪我がほぼ治ったので彼女にお使いを頼んだのだ。ちなみに、当たり前だが、狼二匹はお留守番だ。
「この間いただいた本、ものすごく興味深かったです。私、恥ずかしいですけど、魔石ってものの存在自体知らなかったんです。まさか、身近にそんなすごいものがあるなんて」
「そんなの知らなくて当たり前じゃよ。なんせ、君はまだ12歳じゃないか。むしろ、しっかりし過ぎじゃ。それに、魔石は日常生活じゃ、そんなに目にせんからのう」
「はい!本に書いてありました!家の中核に設置して、そこから家中にエネルギーを送れるようにしてあるんですよね」
「そうそう。あと、付け足すなら、家にとっては大事なものじゃから、あまり目のつかんところに取り付けてあるんじゃ。だから、お前さんが知らんでもしょうが無いさ」
じいさんはそう笑って「ああ、そういえばこれを」というとアリアにチョコレートやクッキーが入った小袋を渡した。
アリアは貰えないと言ったが、ハロルドがニコニコしながら、甘いものが苦手で食べてくれる人を探している、と言ったのでアリアはありがたくもらうことにした。甘いものは好きなので内心は結構嬉しかった。
「気を付けて帰るんじゃよ」
「はい!ありがとうございました!」
おばあちゃんと同じことを言ってる、とアリアはこっそり思いながら、ハロルドじいさんに別れを告げた。
(…あの子は、大丈夫かのう…)
ハロルドは、小さな娘の背中を見送りながら一人、そんなことを思っていた。
ハロルド自身が本人に言ったように、アリアはしっかりしすぎている。12歳なら多少の物事の分別がついてもおかしくはないが、それにしても、アリアは大人すぎる。同い年である村長の息子のジョージと比べるとその差は歴然だ。
それに、先ほどハロルドがお菓子を渡そうとしたときだって、彼女は遠慮をしていた。アリアが甘いもの好きだと知っているハロルドは、少し悲しいものを感じた。アリアは大人すぎる。
(…やっぱり、二人のことがあったからなのかのう…)
ハロルドは、眉を下げながら自分の家へと消えていった。
「あの子たち、寂しがっているだろうな…」
アリアはそう呟きながら帰路についていた。
今日は雲一つない見事な青空で、なんだか心も弾む。アリアのポケットはお菓子が入っているため、少し膨らんでいる。るんるんと鼻歌を歌いながら、アリアは二匹に早く会いたいなと思っていた。
「おい、アリア」
背後から少年の声が聞こえた。アリアは無視を決め込んで、さらに歩幅を大きくした。
「おい!無視するな!!」
その声が聞こえたかと思うとアリアの後ろから手が伸びて、アリアの肩をぐいっと掴んだ。
「なんで無視するんだ!オレが話しかけてるのに!」
アリアの目の前には、彼女と同じ歳くらいの少年が立っていた。
顔はまぁまぁ整っていて、茶色の短い髪と、アリアと同じで青い目をしている。
アリアは彼に向かってうんざりそうに、はぁ、とため息をついた。
「なんでため息をつくんだ!?失礼なやつだ!」
「…なんでって、私、あなたとあまり関わり合いになりたくないのよ。正直、面倒だわ」
アリアがそう言うと、少年ーージョージは驚愕を顔に浮かべた。
だが、彼はそう言われてもしょうが無い。なぜなら、アリアと会うといつも、彼女をからかったり、馬鹿にしたりする。
彼は村長の一人息子で、甘やかされて育ってきたせいか、少しひねくれていて、高慢な態度をとることが多い。そして、アリアに対しては特にそういった傾向が多くみられるのだ。
初めはアリアも傷ついていたが、今はもう話が通じない相手として割り切って、できるだけ関わらないようにしている。
「め、面倒…?」
「そうよ。め・ん・ど・う。あなた、いつも私につっかかってくるじゃない。まったく、何がしたいのよ」
アリアは苛立ったようにジョージに言った。内心は早く家に帰って、二匹を構い倒したくてしょうがなかった。
「…何が………した…か………でも…」
ジョージはブツブツ何かを呟いていたが、よく聞き取れなかった。
「私、もう行くわよ」
アリアがそう宣言して、歩みを進めようとしたら「ちょっと、待ってくれ!」と焦ったようにジョージが叫んだ。
「もう…何?」
ジョージはアリアをちらっと見ると、目を泳がせたが心を決めたように目を閉じ、しばらくしてから自分のポケットに手を入れた。
そして、目的のものを取り出すと、アリアの前につき出した。
「…これ…」
ジョージの手にあったのは青いキラキラとした石でできたブレスレットだった。
ジョージはアリアとは目を合わさず、小さく「お前にやる」と呟いた。
「あなた…何か企んでるわけ…?」
「…は!?そんなわけないだろ!オレはただ……」
「…ただ?」
すると、ジョージは顔をみるみると赤くしながら口をもごもごさせた。
「もう…言いたいことがあるなら、はっきりしなさいよ!」
アリアは内心戸惑っていた。いつも自分に意地悪ばかりするジョージが、この綺麗なブレスレットをくれると言うのだから。
きっと、何か悪いことを企んでいるに違いない、とアリアは考えたのだ。
「…だから……」
「だから?」
「こ、この石がお前の目の色と一緒だったから…」
「……え…?」
アリアは今度こそ、驚きを隠せなかった。ジョージの顔はもう、林檎になっていた。
「た、たまたま人から貰ったんだ!オレはいらないからお前にやる!」
ジョージはそう口早に言って、ブレスレットをアリアの手に押し付けると、集落の方へ逃げるように走っていってしまった。
アリアは唖然とジョージの後ろ姿を見ていた。残された彼女の手の中には彼女と、そしてジョージと同じ、美しい青色がキラキラと輝いていた。
走るジョージの後ろ姿を赤と赤紫の不気味な光が、彼を射ぬくように、ギラギラと光った。