二つの黒
ーークゥ、ン
(…怪我をしているのかしら)
アリアに向かって吠える狼はきっと後ろの仲間を守ろうとしている。辺りが薄暗くて、はっきりとは見えないが、立っていられないほどの大怪我なのだろう。
ーークゥ、ン
ーーガウガウ、ガウゥガルルル
(…どうにか、しなくちゃ)
アリアは意を決して、未だに吠え続ける狼に目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。普通に考えると有り得ない行為だ。さすがに、狼のほうも驚いたのか、目を丸くし吠えるのを止めた。
「…あなたのお友だち、怪我をしているの?…えっ…と、、私のおばあちゃんがね、お医者さまなの。…それで…その……おばあちゃんにその子を診てもらえば、きっとその子の怪我は治るわ」
「…だから、一緒に来ない…?」
それを聞いた狼は更に目を丸くし、ポカーンと固まってしまった。さっきまでのうるささが嘘のようだ。動かなくなってしまった狼にアリアはどうしようと思いつつも、怪我をした子の具合が心配だったためにそろりと二匹に近づき、横たわっていた狼に触れようとした。ーーーその時、我に返ったのかアリアが自分の片割れに触ろうとしているのに気づいた。
ガゥッ!ガッ!
「っい!!」
固まっていた狼はおもいっきりアリアの左腕に噛みついた。あまりの痛さにアリアは顔をしかめ、歯を食いしばった。
(…う、痛い…)
一方、噛みついた本人も自分がアリアに噛みついてしまったことに驚きを隠せないでいる様子だったが、アリアへの警戒を解くことはなく、小さく唸りながら庇うように横たわる仲間におおい被さっていた。アリアの腕からは血がだらだらと流れ始めていた。
(…ここでひるんではだめだわ)
そう、明らかに目の前の子狼は瀕死状態なのだ。普段、医者である祖母の手伝いをしているため、少しなら自分にも分かる。このままでは出血多量で死んでしまうだろう。
「ねぇ!お願いよ!このままだと、この子は出血が酷くて死んでしまうわ。私、あなたたちを貶めようなんて思ってない!お願いよ…お願いだから、信じて…!」
アリアはしっかりと狼に目を合わせ、強く語りかけた。アリアにじっと見つめられた狼はしばらく目を揺らしていたが、アリアの腕をちらりと見て、 何かを考えるように目を閉じ、再びアリアと目を合わせると、ゆっくりとその身体を横たわる仲間からどけた。
「…クゥン、クゥ…ン」
「痛くて、つらいのね…。おばあちゃんのところに行けば、大丈夫だからね」
アリアは右腕に小さな手負いの狼をそっとのせると、すぐに立ち上がった。腕の中の黒を一撫でし、もう一方の黒に行きましょうと促すと彼女は日がほとんど沈んで、暗くなった森を走り出した。
ーーマルザス村
グランバルト王国の北東に位置する人口五百人と、とても小さな村である。その村の近くの森の入り口付近に古い家が一軒。周りは畑に囲まれ、非常に静かである。古ぼけた木造のその家は一見、今にも倒れそうな印象を受けるが、意外と頑丈で、最近あった大雨も楽々しのいでいた。まぁ、畑の野菜はいくらか駄目にしてしまったが。そんな家の住人アマンダ・バンフィールドは自分の小さい孫の帰りを待っていた。
今日、アマンダの元に村長のところのバカ息子が訪れた。なんてことはないかすり傷をさも大怪我のように誇張していた。大方、うちの孫に会う口実が欲しかったのだろう。非常にうるさかったため、薬を多く作り、押し付けるように渡した。怪我をしたら今度から自分でそれを塗るように言うと、村長の息子は苦い顔をして悪態をつきながらどしどしと家に帰っていった。その時、薬を多く作ったことで、薬を作る際に使う薬草を切らしてしまったのだ。やってしまったと思った。その薬草がないと本当の非常事態にとても困るからだ。
そこで我が孫に日が暮れる前に草を採ってくるよう頼んだのだがーー。
「帰ってこないわねぇ」
窓の外はもうすっかり日が沈んで真っ暗だ。さすがに心配になって家の中で探しに行こうかどうかと迷いはじめた時ーー
ーーバンッ!
驚いてドアの方に目を向けたアマンダの先にはーー
「おばあちゃんっ!」
黒いものを抱いた血だらけの孫がいた。