大怪我
「おばあちゃんっ!」
アリアは焦っていた。森の中を走ってくる途中にも、腕に抱く子狼の鳴き声が段々と小さくなって、弱っていくのが分かったからだ。
「ちょ…ちょっと!あんた、一体何があったのさ!?何でそんなに血だらけなんだい?……大体その黒いもんは……」
アマンダは孫が抱える「黒いもん」に目を向けた。
「大変なの!!この子怪我してて、森で会ったんだけど、、色々あって………、と、とにかく!おばあちゃんっ、お願い!この子を助けて!!」
アリアの腕の中にいたのはまぎれもなく、黒い子狼だった。小さな身体からは血を流しており、特に腹部の怪我がひどい。だが、アリアの服についている血はその狼のものだけではない。
「…あんた、その腕!」
アリアの左腕は、今まで暗闇を走って来たために本人も言われて気づいたのだが、見ているほうが悲鳴をあげたくなるような酷い有り様だった。
「今はどうだっていいわ!それよりも早くこの子を…!」
「………あぁ、わかったよ」
アマンダはひとつため息をついた。そして、アリアから狼を預かると家の奥にある治療室まで連れていこうとした。
「ガウッ、ガゥ」
「……?なんだいコイツ」
アマンダが視線を下ろすと、そこには怪我をした狼と同じような容姿の狼がいた。アマンダが抱えている狼をじっと不安そうに見ている。ふと、アマンダと目が合うと一瞬びくっとしてから、ギンッと彼女を睨み付けた。
「この子、その怪我をした子の仲間なの。ずっとその子を守っていたもの。きっと、心配なんだわ…。治療室に一緒に連れていっちゃ駄目…?」
アマンダは再びため息をつくとちらっと自分を睨む黒狼を見てから「勝手にしな」と言って家の奥へと行ってしまった。その後ろを小さな子狼とアリアは静かについていった。
「ほら、できたよ」
「…ありがとう」
アマンダは自分の孫の腕を包帯でぐるぐる巻きにし終え、しかめっ面で今日、何度目かのため息をつく。
「あいつの怪我、相当ひどかったよ。特に腹なんかずたずたさ。あんたがここに連れて来なかったら死んでたろうね。」
「…そう、よかった…」
「しかも、ありゃ、普通の怪我じゃないね。ただの打ち身や事故じゃ、腹はあんな風にならない。別の獣にやられたか、もしくは…人間がやったか、だね」
「…人間が…」
祖母の言うように、もしかしたら人間がやったのかもしれない、とアリアは思った。それくらいあの時のアリアに対する狼の怯え方は尋常ではなかった。今も、落ち着かない様子で、治療を終え手術台の上で眠る仲間の傍らに座っている。時折、こちらをじっと見つめては目が合えば逸らす、という動作を繰り返している。しかし、それにしても
(…やっぱり綺麗)
先程は周りが薄暗かったために見えづらかったが、やはりこの狼の瞳は素晴らしく美しかった。アリアは小さな狼の目に釘付けになっていた。
(もう一匹の目も赤いのかしら…)
アリアはボーっとそんなことを考えた。
「ちょっと、あんた…何ボーっとしてんだい。孫が遅いと思って心配してりゃ、血だらけで帰って来られるこっちの身にもなんなさいよ。ただでさえ、もう短い寿命がさらに縮まったわ」
「…大体、あの子らはどうすんのさ。今は手当てをしたからいいものの、怪我が完治するまでは毎日薬を塗って、包帯も巻かなきゃならん。身体だって清潔にしなきゃいけない。つまり、今このまま野生にかえしても、手負いの方は死んじまうよ」
「それに、あっちのギラギラ睨んでくる方なんて、私があの子に抗生剤を投与しようと注射器を取り出した途端、飛びかかろうとしてきたじゃないか。あんたが押さえたからどうにかなったけど。要するに、あの子の面倒をみるってことは、あいつも一緒ってことだろ。私も一応、医者だからね。噛みつかれて手が使えんようになったら困るわけさ」
アマンダは孫の目を見て言った。
「で、どうする」
「私が世話をするわ」
アリアは即答した。
「あんたもそんな大怪我してんだ。とっとと寝ちまいな。後、あそこの机の上に薬があるからちゃんと飲むんだよ。明日、その怪我のせいで熱が出るかもしれないからね」
アマンダはそう言うと治療室から出ていってしまった。
物言いはひどく冷たい印象を受けるが、アマンダが本当は優しいことをアリアは知っていた。先ほどアリアが狼の世話をすると言った時も、「ふん」と言うだけで反対は全くしなかった。アリアを攻め立てるように話したのも、アリアの気持ちを分かってのことだったのだろう。
アリアは立ち上がると机まで行き、祖母が言った薬を手に取った。そして、あらかじめ部屋においてある井戸水がはいった樽の元へ行き、置いてあったコップに水を入れると薬とともにそれを口に流し込んだ。この一連の動作を行いながらも、彼女は自分に向けられる視線を感じとっていた。
「ねぇ、」
視線の主は耳をピクリとさせた。アリアはその主の元へ行くと綺麗なその赤い目に語りかけた。
「あなたは多分、頭がいい狼なのね。私たちの話にもしっかり反応していたし」
「だから、分かるかもしれないけど、あなたのお友だち、しばらく私が面倒をみようと思うの。その怪我では外には出られないのよ。」
「ねぇ、いいかしら?」
すると、目の前の黒はもぞっと動いたかと思うと、ゆっくりとアリアの足元に行き、自分の鼻先をアリアの膝に擦り寄せた。急なことでアリアはひどく驚いたが、同時に嬉しい気持ちもわき上がった。
「これからよろしくね」
アリアは目を細めて微笑んだ。




