11話 困った救世主
「ヨグ、話があるんだけど?」
「万能ペンを作るのに忙しいので、千年後にお願いします」
「だーめ!」
「むぎゅう」
ヨグの頬をお餅のように伸ばしながら、さっきの深刻そうな表情など無かったかのように鹿尾は自室へと連れて行き、人払いをする。
とてもではないが、鹿尾は他の人たちにこれからする話の内容を立ち聞きさせるつもりはなかった。それだけ危険な会話となる予定なのだ。
気楽そうにポスンとソファに座るヨグはなにも考えてはいないようで、幼い子供のように無邪気に足をパタパタと振っている。愛らしい顔立ちと小柄な体格のヨグは、普通ならその様子を見て警戒心など持たないだろう。
だが、鹿尾は警戒心マックス。どんな化け物と対峙するよりも警戒して、ヨグの対面に座った。
正直、胃がシクシク痛むし、尋ねたくない。なかったことにして、美しき新妻とイチャイチャプレイをしたい。だが、それが許されないことは知っていた。
「ヨグ……真面目に聞いてほしいんだけど、『奇跡』を使用したのかい? 人類を救済するために、人々の願いを叶えたのかい?」
他人が聞いたら、笑ってしまうだろうセリフだが、鹿尾にとっては真剣そのものだった。そして誤魔化すことなく、答えが返ってくることも知っている。
「人類を救済とか、今の私では無理なことを知っているじゃないですか。たしかに人類の願いを叶えましたが、全人類を救済することなど、名を捨て格を堕とした私にはできません。ただ今持っている力と知識を駆使して、困っている人を助けただけです。ほら、汝隣人を助けよって教えの通りに」
「前の世界では願いを叶えることなど無かったじゃないか? 異世界に来て規則が緩んだということ?」
もし厳格に定めたルールが破られているとなると、大変なことになる。事態は最悪の未来へと突き進むだろう。鹿尾は最悪の答えが返ってきた時には命を賭けて防ぐつもりで体内のマナを練り上げる。が、それは結果的に杞憂に終わった。
「いえ、ルールを破ってはいませんよ。『善人』の優しい願いをささやかな形で叶えただけです。地球では『善人』はいませんでしたからね」
「そんなことはないはずだ。地球にだって『善人』は少ないけどいただろう?」
「言い直します。『マナ』を宿す『善人』が存在しませんでした。知っているでしょう? 一般的な地球人は私の中では『人間』とは定義されなかったのです。そこら辺の羽虫や石ころと同じ。救う価値はありませんでした。そしてマナを宿す魔法使いは私の名前を取り上げて封じることを願いましたからね」
なんでもないかのように答えるヨグに、鹿尾は戦慄した。
鹿尾が迂闊であったのだ。魔法が当たり前にある世界に転移するにあたり、覚えていなければならないことであったのだ。
(いや、絶対に覚えていなければならなかった。なのに忘れていた……。仕事が忙しくて、正気ではなかったとはいえ、忘れていたなんて……自分が信じられない)
目の前で暇そうに欠伸をしている子供は、本来は古来より生きる3博士が創り上げた人類の救世主、神の如き力を持つ存在であった。
ヨグの本当の苗字は口にしてはいけない言葉だ。
人類の救世主として創り上げた3博士は、端的に言うと失敗をした。彼らはヨグに人類の救済を命じたが、創造した際に致命的な失敗をしていたのだ。
『我ら人類を救済したまえ。世界を滅亡から救い給え』
3博士がヨグに命じた内容は単純そのものだった。しかし、その命令に『我ら』と定義付けをしてはいけなかったのだ。
ヨグは『マナ』を宿す『魔法使い』の中で『善人』を救済するようにと認識した。当然だ、3博士は不老不死と言われ莫大なマナを宿している。普通の人間とは構造が違いすぎて、もはや同じ種族とも言えない存在だったのだ。
なのでヨグが最初にしたのは、天使や悪魔の介入を防ぐことだった。彼らは良くも悪くも『人類』を守る存在だ。そして『人類』はヨグにとっては害虫としか認識されず、介入をしてくる天使や悪魔たちは邪魔者でしかなかった。
そのため信じられないことだが、ヨグは地球に行ける次元門を破壊したのだ。一度破壊されれば、新たなる次元門を作っても、地球に繋がる可能性は宇宙に捨てた針を見つけるくらいに可能性は低い。もはや神も悪魔も地球には介入は不可能となった。
まさか次元門を破壊するなど不可能だと思っていた3博士が動揺する中で、幻界を支配し、妖精界からマナを流し込んだのだ。マナが飽和すると、魔物が産まれてくる。マナは普通の人間にとっては毒のようなものだ。ほとんどの人類は強いマナを受けて、適応できずに死ぬこととなる。
幸いすぐに気づいたため、次元門は閉じさせたが大変な事件であった。
そして少なからずマナが地球に蔓延したと見たら、次は魔導スマートフォンを作り、電波を介して、人々をマナに感染させようとして、さらには魔導発電所を建設し、マナの汚染地域を広めて、魔導ドローンにて魔法でないと対応できないように魔法使いを表に出そうとヨグは画策した。
いずれも『人類』を魔法使いに覚醒させ、適応できない人間を粛清する現代版ノアの方舟を行おうとしたのだ。
ヨグは70億人の人類を粛清し、魔法使いを残し、ほんの一握りまで人口を削減しようとしていた。常人なら気が狂っていると思われる恐ろしき所業だが、ヨグは特に気にすることなく、玩具で遊ぶように楽しみながら事態を悪化させていった。
ここにきて、3博士は自身の失敗を悟った。そもそもヨグという名前を使うなよと、他の魔法使いたちから非難されたが、この名前だから強大な力を得たのだと抗弁していた3博士であったがヨグが制御不可能だとようやく認識したのだ。
ヨグは自身の行いが善だと信じている。行いに悪気はない。ただ人類を害虫と認識しているだけだ。よくあるSF映画で暴走するAIに悪気がないように。
そのため3博士は、ヨグを封印することに決めた。名を取り上げて格を下げて、『地球の救世主』という存在を取り上げたのだ。
神より名を取り上げるという罰当たりなことをするため、全世界の魔法使いの9割が集められた。彼らも人類が滅亡すれば悲惨な未来しかないことを知っているので、進んで参加した。
儀式は成功し、ヨグは封印の鍵となる相馬家に預けられて、養子となったのである。その結果、神堕としを行った魔法使いたちは、数年後には3博士を除き、皆が病死や事故死をしてしまったが、少なくとも人類は救われたのである。
━━そして、今。ヨグは別世界にて『万能ペン』を創り上げた。この世界の人類は全てマナを内包していると予想すると、再びヨグは予想不可能な行動を取り、世界を救うという大義のもと活動をしようとするのではないかと鹿尾は疑っていた。
「『救世主』として活動したのではなく、あくまでも自身の良心に従った一魔法使いのやったことというのかい?」
「そのとおりです、兄さん。話が早くて助かります。私はそこら辺の魔法使いができることをやったのみ。知識さえあれば、誰でも作れちゃうものなんです」
「君はそういうだろうけど、気になることを言ってたよね? インクは君しか作れないとか?」
もう話に飽きたのだろう、コロンコロンと転がり、眠そうにウトウトとし始めるヨグを揺さぶる。興味のないことややりたくないことを前にすると、この子はすぐに別のことをし始めるのだ。
「えっと……石炭を握りしめるとダイヤモンドにするくらいのマナがあれば楽勝です」
「それができるのはヨグ以外には超男だけだからね?」
「兄さんがなにを気にしているかはわかります。マナが蔓延し、人々が苦しむことはないかと思ってるんですよね? でも、この万能ペンは特にマナを撒き散らすわけではないですし、そもそもこの世界は高濃度マナが空気に混じってるから、地球のような危険性はありませんよ」
「たしかに、地球とは違う環境だから問題はないか……とでも言うと思ったかい? ヨグはこの世界の文明を止めようとしてない? この『銀灰』はそれだけのポテンシャルがある」
ヨグの本能は『人類を滅亡から救う』だ。そして、ありがちなことであるが、ヨグは文明が、科学技術が進むことを嫌っていた。なので隙あらば、技術を停滞させようとするのだ。それはある意味正しいことなのかもしれない。無知で原始的な生活の方が、きっと人類は滅亡する可能性が低くなるだろう。
しかし人類は自分たちの足で前に進むのだ。決して神に頭を抑えられて生きていくのではない。
「この『銀灰』は、石炭よりも火力は強く、1週間という破格の効果時間を持ち、薪よりも安くなる。そうなるとどうなるか? もう炭だって作られないだろうし、石炭が発見されても銀灰よりも高いし性能も悪いから研究もされないだろう。そうなるとコークスも発明されることなく、高火力の高炉も建設はさせず、その結果エネルギー部門は技術が停滞するだろうね。エネルギー問題に対する技術が進まないと関連して、様々な技術も生まれることはないだろう。この銀灰だけで、地球のように技術が進むと思うかい? この銀灰が広まれば石油も石炭もコストの悪い燃料だ」
技術が進めば、原子力のように銀灰よりもコストパフォーマンスのよい物が生まれるかもしれない。だが、この時点で銀灰が流通すれば、石炭も石油も研究をすることはなくなる。エネルギー部門に研究費をかけるのはバカにするものだとの考えが一般的になり、未来においても、タブーになったかのように研究はされないに違いない。
「良いではないですか。人類にとってはそれが良いんです。『お困りですか?』と尋ねたとき、人々は純粋なる願いを向けてきました。なのでか弱い子供ではありますが、私は『銀灰』を創り上げたんだよ。そして皆に知られたから、もうこの技術は隠蔽できません」
「はぁ~……そうだよな」
「そうですよ、遥か未来を予想しても、この技術を使うことに皆さんは躊躇いを持たないと思うよ」
「次になにかやるときは僕に許可をとるように、お願いだよ?」
ニコニコと微笑むヨグの姿は、愛らしい子供であった。だがその瞳に宿る無邪気に輝く邪悪さに、鹿尾は頭を抱えてしまうのであった。
━━そして、銀灰の影響はすぐに分かるのである。
ジェルズ王国の外交官の怒りという形で。




