死神はどんな技を繰り出すか
「全ての氷を溶かす、燃え盛る炎――――持続する火の渦。
氷をも、水をも燃やすくらいの勢いのある炎」
《氷姫》が発する極寒の吹雪、《女死神》が唱える灼熱の火炎。
冷えきっている寒さの氷と燃え盛る熱の炎――――赤と青の2つの塊が闘技場の上で混ざり合って、そして弾けあっていた。
「あなたがいくら極寒の吹雪を用いようが、この業火の前には意味を持ちません」
俺の前に現れた女死神は、火炎を味方につけてアケディアを連れてこちらに来た。
「錆びた人形魔物……いいえ、ジェラルドさん。久方振りですね」
「あぁ、そうだな。《蒼炎》は大丈夫、だったのか?」
元々女死神が俺に接触したのは、《蒼炎》のためだった。
《蒼炎》がいるとされていた風の国ヴォルテックシアの王都。そこに居たマルティナ姫様の影響によって近付けなかったために、俺に協力を求めるためにこの魔物の身体をくれたのだ。
《蒼炎》はなんとか倒したと思っていたのだが……《蒼炎》は本来彼女が逃がした犯罪者、だったと思うのだが。
「……その話は後に致しましょう。今は、あの《氷姫》を倒す事に力を尽くすべきでしょう」
「ウフフ……そう、ね。そんな懐かしい友情ごっこは、私のお気に入りの1つになった後で良いと思う、わ!」
うっすらと微笑みを浮かべながら、《氷姫》がパチンと指を鳴らす。すると女死神の後ろの雪原、雪の中から1匹の氷の巨人が現れていた。
氷の巨人に顔こそないが、その手には両手に持つほど大きな槍を持っていた。
「私のコレクションの1つ、氷の巨人フェンリル・リーゼ。その手に持っているのはレーヴァテイン・アナザー。全てを貫く、氷の一撃を喰らいなさい!」
《氷姫》という女王が命じると共に、フェンリル・リーゼは手に持っていた槍を振るっていた。その槍の矛先は俺の方に向かっていたが、その矛先の先に女死神が立ち塞がる。
「無駄ですよ……死神の魔法は絶対なのですから」
氷の槍は女死神の炎に触れた途端、氷は水のように流れ溶けていった。まるで灼熱の鉄板の上に乗せた氷がすーっと溶けていくかのようだった。
「へぇ……私の氷をそんなにすんなりと溶かすなんて、その火炎は凄いわね。けれども灼炎が氷を溶かすのならば、私は溶けてしまった氷を再び固め直すのみだわ」
パチン、パチンと再び氷がその槍に吸い込まれ、そして雪が槍を再び固め直している。
「――――とは言え、炎の中には氷は生みだせないみたいだな」
「……そう、みたいだな。そうでなくては、こんなに流暢に構えていなかっただろうが」
もしも女死神が生み出した火炎の中に《氷姫》の氷が侵入できるのならば、ここまで流暢におしゃべりしてはいけないのだろう。
しかし今のところ、彼女の雪が火炎の壁を通るような感じはない。
「……今のうちに、《蒼炎》の事について話しておきましょう。
《蒼炎》と一緒に逃げ出した仲間の犯罪者達は仲間の死神達の協力もあって、なんとか全員捕まえる事が出来ました。とは言え、《蒼炎》はまたしても逃げられましたが」
「《蒼炎》は……逃げ足の速い奴、みたいだったようだからな」
あいつはルルゲイルの身体に入ったりして、あの白い光に包まれる前も自分の魂の核を飛ばしていた。
――――そんなあいつは、逃げ足にはかなりの自信があるのだろう。確かに、俺も"《蒼炎》が捕まった"と言われても、信じないとは思うような、そんな奴だった。
「――――死の国では今、私達死神が捕らえた犯罪者達を処罰にかけている最中です。最初から重大犯罪者扱いですから処罰が厳しかったんですが、その上連行される途中で逃げ出したからさらに処罰は厳しくなりそうですが……。ともかく、《蒼炎》を捕まえるためにこうしてこの国に来た訳なのですが……」
「……!? その言い方だとこの水の国に《蒼炎》が!?」
水の国シュトルーデルカ。
この国に《蒼炎》も飛ばされたのか?
(……風の国ヴォルテックシアで、あいつは俺が守護すべき王都を国盗りしようと企んでいた。だとすれば、この水の国シュトルーデルカも同じように国盗りしようと企んでいるのか?)
「……まぁ、それよりも今はあの女の人を退けるべきでしょうね」
彼女は鎌をクルリと回しながら、周囲を囲んでいた火炎を鎌へと集約させていく。
「火の鎌――――《フレアサイズ》!」
ザンッと、女死神が炎の鎌を振るう。
炎の鎌を振るわると共に、鎌から炎を纏いし斬撃と共に上空の黒雲の中へと吸い込まれていく。
「《落ちろ、焔の雨》」
鎌から現れた炎が雲の中へと吸い込まれて、女死神が呪文を唱え終わるのと共に雪が雲から降らなくなる。
「……あらっ? 私の魔法が効果を失ってしまったようだわ? どういう事なのかしら?」
「その呪いに使用する黒雲、使わせていただきます!」
パチン、と女死神が指を鳴らすと共に雪の代わりに、今度は炎が闘技場の上に降り注いで来る。
焔は《氷姫》の元へと的確に落ちつつあり、うっとうしそうな顔で《氷姫》はぎりぎり溶けずに残った雪を一カ所へ集めていく。
「――――残念ながら、暑いのは嫌いなのよ。
折角、楽しめそうなお人形があった事は嬉しい限りだけれども、これ以上ここに居る事は出来ないかしらね? 騎士人形ちゃん?」
俺を騎士人形と呼ぶ《氷姫》は、そのまま自身の身体に寒い北風を纏っていた。
氷と雪を纏いし、その姫は薄らと笑みをこぼす。
「この砂の国はもうすぐ私好みの氷の世界になるわ。
あなた達はそれなりには興味深いから、私のコレクションに加えて上げるわ。その時間はもう少ししたら、あなた達の元に来るわ」
その言葉は嬉しそうに、そして最後に一言宣言する。
「その時まで、少し待ってなさい」
《氷姫》は雪と共に、そのまま消えていった。
不吉な風は、この闘技場に居る者……そしてこの国に居る者に等しく吹き荒れる。
嵐はすぐそこまで迫っていた。
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