ドラゴンとスライムはどこで戦うのか
魔物の中にはユニークモンスターと呼ばれる種類が存在する。このモンスターは本来魔物が辿るべき進化、それから外れて別の方向に進化させて居る者の事を言う。
例えば本来は水魔法しか使えないはずなのにも関わらず雷魔法を使えるようになった魚の魔物、空を舞う魔物であるにも関わらず走る事の方が得意など、そのモンスター達は同種のモンスターとは全く別のモンスターとして名前を持っていると言っても過言ではない。
擬態魔物のモンスター、ドン・ジュールもまたそう言ったユニークモンスターのうちの1体である。
普通のミミックスライムは動かず、無機物に化けて自分の近くに来る獲物を食べるために襲う。ミミックスライムがダンジョンなどで宝箱や壁などに化けているのは彼らの主食が生きた人間だからであるのだが。
そしてドン・ジュールはそんなミミックスライムの中でも有機物、それも人間に化けてその人物と同じ能力を使う事が出来る特殊能力を持つミミックスライムである。要するにその人物になり替わると考えると分かりやすい。
この能力はコピー元の人物が近くに居ないと発動出来ず、一定時間を過ぎる前にとある行為をしないと完全にコピー出来ないのだが、そんな制約があるけれどもこの能力は有用であった。だからこそ、《蒼炎》に重用されているのである。
そのドン・ジュールが別の人物に化ける事。
それはすなわち――――。
☆
『さぁ、俺と戦って、俺にこの空間を支配させろ!』
そう言って赤い姿をした私は、バサバサッとその巨大な翼を羽ばたかせながら私の方に向かって来ていた。
「うぅ……わ、私がも、もう1人!?」
私の姿に化けたそいつは、両手に持った双剣を振り上げる。
そして自らの翼で空を舞うようにして、こちらに向かって来た。
『喰らえ、双剣戟!』
「ひぃっ!」
カンッ、という鈍い音と共に私の身体に振り落とされた双剣の刃があらぬ方向へと吹き飛んでしまっていました。その様子を赤い姿をした私が、微妙そうな顔でこちらを見ていた。
『ふむ、剣をも通らぬし、その上無傷だとはね。大げさに怖がっているみたいだけれども、同じ身体となった今の俺には分かる。あまり痛くはないのだろう?
この身体は俺が今までコピーしてきた中でも、群を抜いて硬い身体だ。この身体が手に入るとなると、俄然やる気が出てきたな!』
「手に……入る……?」
ぶるぶると震えながら、私は彼女の、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる私そっくりの顔を見る。
『この私の能力は、完全なる投影!
自分の周囲に居る者1人の身体能力、特殊能力、肌のほくろから髪の毛一本一本に至るまで完全にコピーする能力! この能力には制限時間や制限範囲があり、この空間も出られない。しかしそれを同時に満たす方法が存在する!』
「そ、それって――――」
何を言うのか怖くて戸惑う私の前で、堂々と宣言する彼女。
『それは――――相手を殺す事だ』
そう言った彼女は、今度はどこからか取り出した巨大な鉄球をぐるぐると振り回していた。
『この空間なら、どんな武器でも自分の物として生み出す事が出来る。勿論、相手の武器を奪う事は出来ないけれども、殺し合いにそんなのは関係ないだろう?』
「な、なる――――!?」
なるほど、と私が言い切る前に巨大な鉄球を放ってくる赤い彼女。
自分が巨大な鉄球に刺され、潰される姿を想像すると共に、私は自分がそのような姿になるのが怖くなって、慌てて武器を生み出していた。
『おいおい、大剣という武器を生み出して敵の攻撃を防ぐのに使うとはね……。つくづく戦闘とは無縁の位置で居たいと見えるな!』
「う、うるさいですよ……』
どんな武器を生み出して、どんな戦い方をするのか。それは個人の自由である。
『良いねぇ~、だが逃げているだけ、防いでいるだけでは俺には勝てないぞ? なにせ、ここを抜け出すにはどちらかが死なない限りは出られないんだから』
クフフ、と笑う彼女。
……少なくともあれは"私"じゃない。
私はあんなに楽しそうに笑えない。
私はあんなに可笑しくて楽しめない。
闘いを、愉悦を、人に与える事も、受ける事も、"私"には出来ない。したくない。
『ほらほら~! さっさと来いよ~、この腰抜けが~! けれども色々と確かめてみようじゃないか。
大きな攻撃が防がれるのならば、今度は複数の攻撃ならどうだ?』
そう言って彼女は今度は両手にたくさんのナイフを持って、こちらに向けて放っていた。
私はそれに対して大剣を盾のように前に出して防ぐ。
ザザン、カチッ、ザザン、カチッ。
私の肌に当たって跳ね返り、大剣に当たってもナイフは跳ね返りながら地面へと落ちていた。
「そ、そそ、そんな攻撃ではた、倒せませんよ?」
『そうだな、さっき双剣が効かなかったのを見てもこんなナイフ程度では倒せないと言う事は想定済みだ。
だがしかし、これならどうだい?』
と、彼女は先程まで投げていたナイフをこちらに向けていた。
そのナイフからはタラリと、明らかに怪しい気配を漂わせる濃い紫色の液体がドロリと流れていた。
「そ、それは一体……――――ゥッ!?」
その液体がなんなのかを知る前に私の身体が変調を来たす。
身体が燃えるように熱くなったかと思うと、凍えるような極寒の寒さが襲っており、身体が震えるようになったり、全く動く気配がしなかったりと、今まで感じた事のないような変調が私の身体を襲っていました。
『そんなに教えてと言われても、答えない事の方が多いんだけれども今回は特別にその質問に答えよう。
これはこの空間から生まれた毒のほんの一部。この毒は相手がどんなに頑丈であろうとも、どんなに耐性があろうとも、どんなに我慢強くても、あらゆる状況を想定して自ら何が効くかを考えて作用する、生きる毒とでも言おうか? この毒を先程のナイフにたっぷり塗って置いた。どれか1本くらいは命中すれば、この毒はナイフを通って相手の身体に効くと思ったんですが、まさかこうもあっさり行くとはね。流石、この毒は凄まじい、と言うべきか?』
どんな者にも、どんな状況であろうとも、どれが作用するかを自ら見定めて効く毒。
そんな毒が本当にあるとするならば、今まで病気とかに無縁だった私でも効くだろうし、それにこのように色々な症状が出るかもしれない。
「う、ううっ……。な、なら……」
私は先程大剣を出す時と同じようにして、彼女が行ったようにナイフを大量に生み出す。そのナイフの先端に毒を……って、あれ?
「ど、どど、毒がつ、付いていない? ど、どど、どうして!?」
『戦闘において全てが同じと言う事はない。それ以外の条件は全て同じではあるけれども、今作り出した毒はこの空間の暫定的な主である俺であるからこそ使えるのだ。お前が出来る事と言ったら、この空間で武器で防御しながら、じわじわとその毒で命が失われるのを待つくらいだ! ハハハッ!』
――――ううっ、もうダメ。
私はそう思いながら、床に倒れ込む。
"そもそもなんで私が戦わなければならないんだろう?"
毒のせいで動けない中で床に寝ころびながら、私はそんな事を考える。
そもそも私に、この国を救おうと言う考えは一切ない。
だって私は奴隷として生まれて今まで誰かに命令されて、日々を生き残るのが精いっぱいでした。
それにこの国には、人間至上主義のこの国で、私の居場所なんてあるのだろうか?
(あぁ……出来れば、あんな風に空を飛びたかった……)
と、私は目の前で余裕ぶって翼を持って空を舞う彼女の姿を――――
(……あれっ?)
空を舞う彼女の姿を見ながら、私はどこか可笑しいと違和感を感じます。
"身体能力、特殊能力、肌のほくろから髪の毛一本一本に至るまで完全にコピーする能力"。
確かに先程、彼女は、ドン・ジュールはそう言っていたはずです。姿形だけではなく、その人が持つ特殊能力まで完全コピーする能力、だとそう言っていたはずです。
そして先程の毒の説明の時に"毒以外の条件は全て同じ"と、彼女はそう言っていました。
(――――なら、あの翼はなに?)
全てが同じだとするのならば、あの翼だって同じであると言えるはず……。
なのにどうして、私は翼が生えておらず、あっちの彼女には翼が生えているの?
(もしかして――――)
『ハハッ、そろそろ毒で頭が回らない頃でしょう? では、さっさと止めを!』
「こ、こう、かな?」
私がそう言って背中にゆっくりと力を入れる。するとピクピクと、私の背中で動く感覚が私の背中の辺りで感じます。
『いまさらなにをしたって全ては無意味……。
さぁ、大人しく死を受け入れろ! この臆病者が!』
確かに……私は臆病者。
それに関しては否定する気もないし、むしろ積極的に肯定したいくらいである。
「で、でも……臆病だろうと、やりたい事はある……の、です……」
そう、私にだってやりたいと思う事はある……のだから……。
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