脚本家は禁書でどのような演出をするのか
ユーリはと言うと、いきなり開いていた『再生と払拭の灰の書』を閉じていた。禁書を閉じると共にユーリの背後に居た《狩人》の姿が消え、パタリッとその場に倒れるラース。
「なんだ……その魔法には副作用でもあるのか?」
俺がそう聞くと、ユーリは不敵な笑みを浮かべていた。
「い~や。ボクの『あらゆるものを読む事が出来る』という能力に、そのような弱点や副作用は存在しない。だからこそ禁書と呼ばれる存在達がこのボクの周りに集まっているのだから」
『あらゆるものを読む事が出来る』。
そう聞くと、ユーリの能力はそこまで凄い能力に聞こえないかもしれない。
けれどもその能力に強い力を与える代わりに、死に等しい呪いを持っている禁書と併せ持つとなると、その能力の本質は変わって来る。
"読む事が出来る"のならば、その者に呪いは効かない。
ただ禁書の強い力のみを扱えるようになる。
「――――だが、だとすればどうして《狩人》を止めた? あれがなくても、俺に勝てるとでも?」
「あぁ、その通り! 《狩人》との勝負は劇的じゃないからね!」
俺の挑発的な言葉に対して、まるでさも当然のことを言うかのようにユーリはそう言っていた。
「ボクは戦いにて行われる感情で価値を求めてはいない! 戦いでの高揚感などは特に興味がないため、《狩人》との戦いだけではこの作品を面白くなるとは思えなくなったのだ! だから次はもっと面白いことになるような魔法を使わせて貰おうじゃないか! そう、私が思う最高の脚本のために!」
そう言いながらユーリは『再生と払拭の灰の書』をパラパラと高速でめくると、真ん中あたりで本を開いていた。
「禁術的破滅による魔物同士の儀式――――『再生と払拭の灰の書』第5章第3節参照」
そう言うと共に俺の左手――――ウルフヘズナルの力を持たない方の人形の腕がいきなりうねるような音が響いていた。
「――――なんだ、これは?」
痛みはない、だがその代わり不気味な怪しさのような物を放っていた。
そして俺の左手は黒く染まった後にめっきがはがれるようにして灰色へと変わり、そして左手は灰色の腕の上に血をほうふつとさせる濃い赤色にて、交差する剣のマークが描かれていた。
「この魔法、魔物同士の儀式に必要だから与えた印だ。そう、劇的なシーンを再現するための下準備のようなものだ。
ほーら、選手の入場だ」
そして俺の前に歪んだ穴のようなものが生まれ、そこから"なにか"が這い出てくる。
――――青い炎を纏ったなにかが。
そして全身に蒼い炎を纏った男は、剣を持って俺へと斬りかかる。
「……っ!」
「最も怖い者! 最も恐れる者! 最も憎き者!
それを考えさせる、思い起こさせるような相手を対象とする相手の頭から考えだし、対象の影から形を生み出す!
これこそまさしく、等しく! 劇的な敵との戦いと言えるのではないのだろうか!」
嬉しそうに、楽しそうに話すユーリとは対照的に、俺は油断は出来ない。
相手は狙いの《蒼炎》でこそないし、姿形も違うがどうしても《蒼炎》を頭の中で連想してしまって剣を持つ手が震える。
これが……魔物同士の儀式の力なのか。
「さぁ、楽しめ! 楽しめ楽しめ楽しめ!
ここはまさしく闘技場! 主催者であるこのボクを楽しませろ! さぁ、その力を使って!」
【グォォォォッン!】
そう言いながら蒼い炎を全身に纏ったその男は、持っていた剣にその蒼い炎を移動して大きな炎を纏わせるとなんの捻りもないまま、その剣を大きく振るっていた。
ただ剣の重みを利用した大雑把に力のみを利用するようにしているだけでそこには技術もなく、まさしく我流と呼ぶに相応しい太刀筋。
だけれどもそんな、無様としか思えないようなその剣の太刀筋に合わせるようにして、纏われていた蒼い大火炎は、まるで生きる蛇のように蠢いていた。
「――――うおっ!?」
そんな敵の蒼い攻撃に対して、俺の左手から見覚えがない赤い火で出来た小剣が生まれ出でていた。
その赤い火の小剣はと言うと、ゆらゆらと揺らめきながら俺の左手の上に生まれていた。
左腕に生まれた赤い小剣の火はとてもか細すぎる小さな火ではあったが、確かに俺の腕でその存在感を示していた。
「なんだ……これは……」
「そう! これこそが魔物同士の儀式の真の効果!
闘いを楽しむために、面白くするために、愉快にするために対象にも力を授ける! 自分だけが強くなると言う魔法はあるけれども、それよりも面白くなるためには他人を強くするのがこの魔法なのである!」
普通の戦士や騎士など戦いに身を置く者の意見からしたら、他人を強化するのはどうかと思う。
自分の力を出し切り、自分が今出来る範囲をやる。それが戦いに身を置く者として考える感覚である。
だけれどもこのユーリ・フェンリーという脚本家からして見れば、そんな感覚はないのだろう。
ただ面白くなるのならば相手を手助けするのも普通の事なのだろう。
「さぁて、もっと面白くさせていただきましょうかね。
それではもっと増えろ、自分の敵」
そうユーリが呪文を唱えると、俺の影からさらに2体の蒼い炎の男達が生まれていた。
蒼い炎の男達はそれぞれ武器が違っていて、新たに生まれた蒼い炎の男達が持っていたのは槍とハンマーを持っていた。
【グォォォォン!】
【ギュルルルルッン!】
ハンマーを持っていた蒼炎の男は大きく自分の頭上まで振り上げ、槍を持っていた蒼炎の男は槍を下から抉り取るように突き出していた。
(……けれどもまぁ、これは蒼炎の剣の奴よりかはどうでも良いな。さほど驚異的でもない。
確かに少しは心がざわつくのだけれども、剣でないのならば一緒だ。ただの技術力がない、力任せで武器を振るう者でしかない。
槍も厄介だが、一撃の破壊力から考えみて、狙うとしたらまずは……ハンマーの奴からだ!)
俺が右手で剣を振るってハンマーの奴を身体ごと吹っ飛ばし、そのままの勢いでハンマーの蒼炎の身体を斬りさいていた。
そしてもう一方の槍の奴を何とかしようとしたその時、俺の左手の小剣がゆっくりと動いていた。そしてそれは、クルリと回転して槍の方へとひとりでに飛んでいき、槍の蒼炎の身体の中に入って行く。
そしていきなり、槍の蒼炎の身体が四散してその場に飛び散っていた。そして四散した、槍の蒼炎の身体の中から赤い小剣のみがその場に残って俺の左手に戻っていた。
「――――なんだ、この小剣は?」
勝手に動いて、勝手に倒して戻って来た。
しかも相手の身体を食い破って四散させて戻って来るとか、少々不気味さを感じるのだが。
「――――ほうほう、これはまた面白い能力。面白い力だと言わざるを得ない。とは言っても、槍とハンマーはさほど面白くはなかったみたいだね。それならば剣に頑張って貰うしかないな。
――――やれ、剣よ」
ユーリがそう命じると、剣を持った蒼炎の男が俺へと迫って来る。
「やってくれたまえ、我が目指す最高の娯楽劇を見せてくれ!」
「これ以上、イカれた脚本家のたわごとなんかに付き合ってられるか! さっさと倒させていただくぞ!」
俺はそう言って剣を持って、蒼炎の剣の男へと剣を向かっていた。
そしてあのユーリを倒さないといけない、な。
俺はそう思いながら、倒さねばならないユーリの元へ向かっていたのであった。
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