第034話 同じ字
標本化取扱要領
第七園 資料館
制定 令和百四十四年
最終改正 令和百九十四年
本要領の写しの配付先 飼育部門・記録管理室
一、趣旨
本要領は、園内で死亡した個体の標本化に係る取扱を定めた。
標本化の可否そのものを定める規定は、本要領の外にある。
二、申出
標本化の申出は、飼育部門から当館へ書面で行うこととした。様式は第八号とした。
申出の期限は定めていない。定めなかった理由の記載は残っていない。
申出を受けた当館は、受理の可否を書面で返すこととした。返した書面の写しは綴らない。
三、様式第八号の記載事項
記載事項は十一とした。うち九は飼育部門が記入し、二は当館が記入する。
飼育部門の記入する九のうち、一つは展示適性の等級とした。
等級の欄を設けたのは令和百九十四年の改正による。改正の前は当該の欄が無かった。
四、選定
申出のあった個体のうち、標本化するものの選定は当館が行うこととした。
選定の基準を記した書面は、当館に無い。作成した記録も残っていない。
選定に係る協議の場は設けていない。設ける旨の定めも置かなかった。
五、作製
作製は外部の事業者へ委託してきた。委託の契約は年度ごとに結んだ。
令和二百六年、事業者の廃業により委託は終了した。以後の新規の作製は行っていない。
新規の作製を行わない旨を記した書面は、当館では作成していない。
六、登載
作製の完了したものは標本台帳へ登載することとした。登載の際に標本番号を付す。
登載を経ないものは、当館の資料として別に扱う。別に扱う旨の細目は定めなかった。
七、展示
登載したもののうち、展示に供するものは順路の第三室へ置くこととした。
展示に供しないものは収蔵庫へ置く。置き替えの手続は定めていない。
八、記録の保存
本要領に係る書面の保存年限は三十年とした。年限を過ぎたものの取扱は定めなかった。
年限を過ぎて現に残っている書面があるかどうかは、確かめていない。
九、備考
本要領の改正は、制定以来一度である。
改正の際、既に受理していた申出の様式は差し替えなかった。差し替えない旨の記載もない。
(資料館)
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木曜の朝から雨が降っている。
窓の外は白い。雨のせいで、霧ではない。硝子に当たった粒が、下へ行くほど太くなって落ちる。
六時の点呼で、私の前の人の肩が濡れていた。
濡れているのは片方だけだ。廊下の窓の下を通ると右の肩に来る。窓が開いているのは西の端の一つだけだ。
点呼は雨でも外でやる。私は四番目に呼ばれる。
立つ位置は庇の端にあたる。頭の上だけが濡れない。屋根の縁から落ちる分は、爪先の前に線を作る。
名を呼ぶのは係員で、今日は紙を胸の高さで持っていた。晴れた日は腰の高さだ。上げると濡れない。
控室の表は先週の跡へ重ねて貼ってある。私の行は木が記録整理のままだ。
継続することになったらしい。誰からも聞いていない。表に出ているだけだ。
新しい表の画鋲は三つだった。先週は四つある。右下の一つが無い。そこの紙が垂れていて、めくると先週の表の端が下から出ていた。剥がしていない。
画鋲の跡の穴は残っている。右下だけ穴が二つ開いていた。
一つは縁が白い。もう一つは縁が茶色い。茶色いものは角が丸くなっている。
H-0031の行は変わっている。この人は今週から洗濯へ戻る。
行を目でたどると、火水木のところが洗濯に替わっていた。
私の行と入れ替わった形だ。理由は書いていない。表は日と名と行き先だけで出来ている。
私の後ろで誰かが表の下を見ている。
下は他の区画の分だ。見ている人は指を使わない。
目だけで下から上へ戻る。それから、その人は離れた。
食堂で三八〇の人が向かいへ来た。この人は今日も汁を先に飲む。口を付ける前に、器の縁を袖で一度拭いた。
「今日も上のほうね」
「はい」
私の皿は実が上に二つ浮いている。この人の皿は底が厚い。一つの杓で入れても、こうなる時とならない時がある。
「一人になるの」
「分かりません」
この人は皿の縁を親指で支えて、匙を斜めに差し込む。斜めに入れると底から掬える。
掬ってから、この人は窓を見た。窓は白い。硝子の下の三分の一だけ、水の筋が細かい。
「濡れるわよ」
「はい」
食堂の中は雨の日の匂いがする。濡れた作業着だ。乾いている日はしない。人が入ってくる度に濃くなって、卓の高さのところに溜まる。
匂いは湯気とは別のものだ。湯気は上へ行く。こちらは下に残った。
私は袖の内側を鼻に近づけた。まだ濡れていない。乾いた布の匂いしかしない。
渡り廊下の二つ目には屋根が無い。今日はそこで濡れる。
外へ出る前に、廊下の窓から前庭を見た。
洗濯物は出ていない。紐だけが三本ある。雨で下がっていて、真ん中の一本が一番低い。
私は袖を頭の上へ上げないで歩く。上げても濡れるし、上げると前が見えにくくなるし、片手が使えない。
前を歩く人は上げていた。その腕の下から、袖の内側が濡れていくのが見える。外より内が先に濡れる。私はそれを見てから、自分の腕を下ろしたままにした。
濡れたのは肩と背中の上だ。前は乾いている。作業着は水を吸うと重くなる。重くなった分が肩へ乗った。歩くと肩の後ろが引かれる。
引かれると歩幅が短くなる。短くなると、渡り廊下を抜けるのに数歩ぶん多くかかった。
雨は襟の合わせからも入る。
入ると、背中の真ん中を一本の筋になって下りた。私は肩を上げて合わせを閉じる。それでも、次の一粒も襟の後ろから来る。二度目からは、入る場所が分かっているぶん短く感じた。
途中で一度、雨の粒が首の後ろへ入った。
入ると背中の真ん中まで下りる。冷たさより体温が早い。途中で分からなくなった。
棟の入口の白い線は、濡れて色が濃くなっている。
踏むと滑る。私は線の外を歩いた。
線の外は床の色が違う。そこは滑らない。指で撫でると引っかかる。
階段は二十二段ある。今日は靴が湿っているので、音が違う。
乾いている日は硬い音がする。今日は響きが短くて、二段目から先は聞こえなくなった。
二階の廊下は雨の日でも暗さが動かない。配管の走る高さに、影が一本ある。
配管に触ると温かかった。先週より強い。掌を三度当て直しても、三度とも指の腹まで来る。
扉は五つある。
四つは閉まったままで、開いているのは一つだ。先週も開いていたのはこの扉になる。
東側の室の扉は今日も開いている。中に人はいない。
人のいない室は、音の返りが違う。私の靴の音が壁の側から一度返ってくる。先週は返らなかった。先週は二人いた。
机の上に紙が積んである。載っているのは私の机だけだ。向かいは空いている。H-0031の座っていた椅子は、机の下へ入れてあった。
入れ方は真っ直ぐだ。座面の縁と机の縁が平行になっている。私は自分の椅子を引いた。それから、元の位置へ戻せるように床の傷を覚えた。傷は二本ある。長いのが手前だ。
壁際の机の上に鉛筆が二本ある。並べ方は先週のままだった。
木の箱もある。蓋は閉まっていた。
中は見えない。近づいても、開けなければ分からない。私は近づかなかった。
鉛筆は二本とも先が出ている。先週の終わりに削ってある。使えば先が丸くなるはずで、丸くない。今週はまだ使っていない。
雨の日の窓は暗いままだ。灯を点けたいが、点け方を知らない。
天井に灯が二つある。
壁に押すところがあるのは知っている。前に係員が押すのを見た。
押していいかどうかは、紙に書いていない。私は壁のところまで行って、押さずに戻った。
暗くても字は読める。それで、私は押さなかった。
私は座る。作業着の背中が椅子に付くと冷たい。水が残っているからだ。
少しの間、背中を離して座った。その姿勢は背が疲れる。私は五つ数えて、背を付けた。
付けると、初めだけ冷たくて、それから体温の側が勝つ。
入れ替わるまでに三十ほど数えた。
数え終わっても、背中の一箇所は冷たいままだ。そこは肩甲骨の間だ。
室の匂いは先週と違った。湿った紙の匂いがする。乾いた紙は低いところに溜まる。湿ったものは部屋じゅうにある。鼻の高さでも薄くならない。
机の上の紙は綴りではなかった。束になっていて、上に紙が一枚乗っている。
乗っている紙には、様式第八号を日付の順にすること、と書いてあった。字は鉛筆だ。書いた人の名は無い。
紙は書類の様式ではない。
何かの裏を切ったものだ。裏返すと罫線が入っていた。
罫線は青い。線の間は指の幅に足りない。資料館の窓口で使った紙もこの色だった。
同じかどうかは並べないと分からない。私は並べる紙を持っていない。袖の中の一枚には罫線が無い。
持っていないのに、色だけは覚えている。
目を閉じて思い出すと、窓口の紙のほうが少し薄い。目を開けると、同じに見えた。
私は束の紐を解いた。今週の紐は新しい。色が薄くて、撚りが硬い。解いても粉が落ちない。それなのに、机の上には先週の粉が残っていた。
新しい紐は結び目が固くない。指を入れなくても緩んで、緩んだ端が机の外へ垂れて、垂れた先が膝に当たる。
緩めると、指を入れなくても輪が広がった。それは机の端へ掛けておく。そうすると、結び直す時に形が分かる。
様式第八号は、第九号より紙が一回り小さい。持つと軽い。寸法のせいで、厚みは減っていなかった。
欄は十一で、第九号より六つ少ない。上に三つ、下に八つだ。
その分、一つ一つの枠が長い。
欄が減っても、紙の大きさは一回り小さいだけだ。一つ一つは第九号より広い。広いと書きやすいはずだが、書いてある字はどれも欄の左に寄っていた。
寄っているのは書く人の癖ではない。上の何枚を見ても、全部が左に寄る。
上の三つは日と番号と区画で、その下に八つ並ぶ。
下の八つのうち、二つだけ枠の線が太い。その線は幅が倍ある。
太い枠の一つは、字が一つしか入らない大きさだった。もう一つは横に長い。そちらには数字が入っている。四桁で、頭に字が付く。
古い紙では太い枠の線だけが他より黒い。刷った時が違うと、色が揃わない。
私は一枚目を見る。字の一つしか入らない枠に、甲と書いてある。
甲は知っている。
私のは乙だ。今年の七月に、係の人から言われた。
八十五から上が甲だと、その時に言われた。聞いたのは等級と、その数だけになる。
二枚目を見る。同じ字だ。三枚目も同じだ。
私は日付だけを見て並べることにした。その間も、欄は目に入る。位置は右上の日付のすぐ下だ。日付を見ると、続けて見える。
四枚目、五枚目と進む。字は変わらない。
六枚目の字は太かった。
書いた人の筆圧が違う。
太くても甲だ。七枚目は細い。この字は筆の先が割れていて、横の線が二本に見えた。
八枚目と九枚目は字の下の払いが同じ向きに流れている。
十枚目で一度手を止めた。
それから、束の下から一枚抜いて見た。その紙も同じ字だった。元へ戻して、私はまた上から並べる。
戻した時に、隣の紙の角が折れた。私の指のせいだ。私は折れたところを反対へ曲げて伸ばした。伸びても跡は残る。
雨の音は室の中では低い。
高い音は外で止まって、低い音だけが入ってくる。窓の硝子は二重だ。
窓のすぐ内側に立つと、少し高い音も混じった。
混じるのは硝子の縁のところだ。そこは枠と接している。触れているところだけ、間が無い。
入ってくる音は途切れない。大きさは一定でない。
時々強くなって、また戻る。強くなる間は五つか六つ数えるほど続いた。
私は数えるのをやめた。四十三で止めてある。それから先は日付だけを見た。
続けると紙の日付と混ざる。
十枚を過ぎた頃、廊下で扉の閉まる音がした。四つのうちのどれかだ。
閉まった後で足音はしない。私はこの室の扉を見た。
開いたままだ。押さえの木は挟んでいない。私が入る前からそうなっている。開いた扉は廊下の音を入れる。それでも、廊下は静かだ。静かなので、入るものが無い。
私は手を止めないで、日付を見た。令和百八十年代のものが続いている。
一つの年のものが六枚あった。月は五つで、二月が二枚ある。
二枚は日が違う。それを並べる時、私は前の日を上にした。上にするのが日付の順だ。
十七枚目で年が飛んだ。
令和百八十九年の次が令和百九十四年になる。間の年の紙は一枚も無い。私は前へ戻して確かめた。戻しても、間は無い。
その境で紙の質も変わった。
古いものは表面が滑らかで、指が滑る。そうすると二枚まとめて動くことがある。私は指を湿らせないで、爪の先で分けた。
爪で分けると音が出る。乾いた音だ。湿った紙の匂いはするのに、紙自体は湿っていない。含んでいるのは室の空気だ。
昼は十二時からだ。鍵は開いたままだった。閉める人がいない。
私は扉を閉めないで出た。閉める決まりは紙に書いていない。
渡り廊下を戻る間も雨だった。行きより粒が細かい。細かいと服の中まで入る。首の後ろが冷たくなった。
昼は四七〇で、汁が熱い。持つと器の縁で指の先が赤くなる。
卓の向かいには誰も来ない。
木曜の昼は洗濯の当番が遅れてくる。その人たちは皿を持ったままで立って食べることがある。今日は二人いた。
二人とも袖を肘まで上げている。その腕の内側だけが白い。
立って食べる人は皿を胸の高さで持つ。そうすると汁が匙まで遠くなって、掬う回数が増えた。白いところと日の当たるところの境は、腕の外側の真ん中を通っていた。
私は自分の前だけを見て食べた。汁の実は今日も二つある。どちらも形が違った。先週は揃っていた。
食べ終わってから、指を器の湯気に当てる。
当てると温かい。離すとすぐ冷える。私は三度当てて、それからやめた。
やめてから、湯気の立ち方を見た。
真上へは行かない。少し傾いて上がる。
傾く先は扉だ。人が出入りする度に、傾きが強くなる。
午後の室は朝より暗かった。
雨が強くなっている。
窓の下の縁に水が入ってきていた。二重の硝子の下に隙間がある。
入った水は溜まらないで、縁の内側を横へ走る。その先は壁の中へ消えた。
私は縁へ指を当てた。水は冷たい。
指を離すと、木が横に長くへこんでいるのが分かった。長さは掌の幅ほどある。
私は机へ戻る。作業着はまだ乾いていない。肩のところだけ色が濃い。
濃いところを手で押すと、掌の形が少し残る。それは布が厚いところだけだ。薄いところは押しても戻った。作業着は肩と肘だけが二重になっている。
午後の分は続きからだ。三十一枚目から並べる。
三十一枚目の日付は令和二百年代に入っていた。
年が新しくなると、紙も新しくなる。新しい紙は指が滑らない。滑らないので早い。
早くなると、日付を見る時間が短くなる。それでも、欄の字は目に入る。位置が決まっていれば、見ないでも見える。
三十五枚目で、紙が一枚だけ小さかった。
縁が真っ直ぐでない。誰かが切り直している。私はそれも束へ入れた。
小さい紙は、束に入れると上下の縁が引っ込む。そこに影が出来る。
影は他より濃い。数える時に、そこで一度目が止まる。
四十枚目まで来た。
欄の字は変わらない。
三十九枚目で、束の下の側が滑った。
滑ると、揃えた縁がずれる。ずれたのは十枚ほどで、その十枚は日付の順が崩れた。私は床を見る。落ちてはいない。
崩れた分を組み直す。その間、私は日付を二度読む。
二度読むと遅い。その分が終わりの時刻へ出た。
四十一枚目、四十二枚目、四十三枚目と並べる。
四十三枚あって、その欄だけが同じ字だった。
私は下から数え直した。上へ送る時は右手で端を押す。下げる時は左手だ。手が違っても四十三になる。
束の中に、字の入っていない紙は一枚も無い。
空の欄は下の八つのうち三つにあった。どの紙も空くのは決まった三つだ。太い枠はどれも埋まっている。
埋まっている二つが後から刷り足した枠だ。
後から足した枠は、必ず埋まっている。先からある欄が空いている。
空いている三つのうち、一つは横に長い欄だ。長いのに、どの紙も空だ。
残る二つは小さい。片方は枠だけで、何を書くところかの名が刷っていない。もう片方には名がある。読めても、何を書くところなのかは分からない。
私は一番古い日付の紙を上に置き直した。そうすると、束の色が変わる。古い紙は黄ばんでいる。
黄ばみは縁から入る。真ん中はどれも白い。手の触れてきた場所だけが色を持たない。
白いところの幅は紙ごとに違う。広いものと狭いものがある。
私は自分の等級を思い出す。乙だ。
乙は私の紙にある。四十三は机の上にある。二つは同じ形の紙に書いてあった。
並ばないままで、私は束を紐で結んだ。
結び目は上に来る。
結んでから、私は壁際の机を見た。鉛筆は朝の位置にある。
箱の縁に、屑が一つだけ外へ出て乗っている。先週も同じところに乗っている。同じものかどうかは分からない。
私は箱に触らないで戻る。
戻ってから、机の上をもう一度見る。
乗っていた紙に、書き足すところは無かった。私は鉛筆を朝の位置へ戻した。
三時に室を出た。雨の日は明るさで分かる。朝より暗くて、昼よりも暗い。
暗くなる速さは雨の日が早い。晴れた日の三時は、まだ窓の下の縁に光がある。今日は縁も暗い。
出る前に、机の上を朝の形へ戻した。椅子を入れて、床の傷に合わせる。それでも、朝の位置とは指一本ぶんずれた。ずれたままにした。
束は机の真ん中へ寄せる。縁からは指三本ぶん離す。
置き場は朝に置いてあったところへ返した。そうしろと書いてある紙は無い。無い時は元へ戻す。
乗っていた紙は、束の上へ戻す。そうすると、鉛筆の字が束の日付の上に来る。重なって読みにくくなった。
鍵は開いたままにした。閉め方を知らない。
階段を下りる。手すりが濡れている。上りに誰かが触っている。
濡れているところは、私の手の幅より広い。それで、誰の手かは分からない。握ってみると、私の手の跡は元の跡の内側に入った。それでも、外の濡れは消えない。
渡り廊下で、私は屋根の下に少し立った。そこから、雨の落ちる先を見る。
屋根の端から落ちる水は、線にならないで粒になる。
粒の間隔は揃っていない。風の来る向きだけ、斜めに落ちた。
溝に水が流れている。落ち葉が二枚、縁のところで止まっていた。流れは真っ直ぐでない。
途中で二度、横へ折れる。曲がり目に何かが詰まっている。覗いても、底までは見えない。
区画に戻ると、雨は小さくなっていた。
粒が見えない。空気が濡れている。
洗濯室の前に袋が積んであった。四つ重ねて紐が掛けてある。雨の日の袋は重い。山の形が少し崩れていて、下の一つが横へ出ていた。
H-0031がその横にいた。この人は袋の口を縛り直している。
縛り直す時、口を一度大きく開ける。そうすると中の布が見えた。目に入ったのは白いものだけだ。
「戻った」
「はい」
「今日は雨」
この人が言ったのはそれだけだ。それから、口の端を袖でひと拭きして、また手を動かす。
「一人でしたか」
「私はここ」
「上には誰もいませんでした」
この人は手を止めないで、少しだけこちらを見る。その分だけ紐の輪が緩んで、締め直すのに二度かかった。
「誰もいないのね」
手は止まらない。この人はもう一つ袋を寄せて、紐の端を輪へ通す。
通した端が余る。その分を、この人は輪の中へ二度巻き込む。
私は自分の作業着の袖を絞った。捻ると水が出る。
水は床に線になった。捻れるのは袖の先だけだ。肩は無理だった。持ち上げようとすると、布が体から離れない。
線は溝へは行かない。床は水平だ。壁ぎわで一度だけ、線が止まって太くなった。
H-0031は袋を四つとも縛り終えて、それから紐を引いた。
引いて動かないのを確かめる。その時、この人は袋を見ない。手の感じだけで見ている。
「明日も雨」
「はい」
「乾かない」
この人はそう言って、袋の山の横へもう一つ空の袋を置いた。それには形が無い。
形の無い袋は倒れる。倒れたのを、この人は起こさなかった。
倒れた口から中が見える。何も入っていない。それでも袋は形の跡を持っている。
私は倒れた袋を起こした。起こしても、手を離すとまた倒れる。三度目までは右へ倒れて、四度目だけ向きが変わった。
二度目は口の側を壁へ寄せて置いた。寄せると倒れない。H-0031はそれを見て、何も言わないで次の紐を取った。
食堂で三八〇の人が横へ来た。今日は二度目だ。この人は椅子を引かずに滑り込む。
この人は今日、皿を二つ持っていた。
一つは自分の分で、もう一つは空だ。
「これ、あなたの」
「いいえ」
「そう。じゃあ誰かのね」
この人は空の皿を卓の端へ置いた。それから、自分の分を食べ始める。食べる速さは朝より遅い。それなのに、皿の空く早さは朝と並ぶ。匙の運ぶ量が多い。
空の皿は誰も取りに来ない。片付けの人が最後に持っていく。
卓の三つ向こうで、すずが誰かと喋っていた。こちらは見ていない。
手が先に動いて、声は後から来る。何を言っているかは届かない。
途中で一度だけ立ち上がって、卓の端の皿を寄せて、それからまた座った。私は皿の縁へ目を戻す。
置かれた皿は縁が乾いていた。使っていない皿だ。汁の跡が無い。
跡の無い皿は、食堂の中で一つだけ色が明るく見える。周りのものは使うと縁が曇る。
「今月、誕生日の人がいるのよ」
「菓子が出るの。あなたのは違うのが出るわ」
「はい」
私は皿の縁から指を離した。
指の跡が縁に残る。それは汁で薄くなって、すぐ消えた。
消えてから聞いた。
「違うんですか」
「等級で違うのよ。知らなかったの」
この人は言ってから、匙を止めた。それきり、少し先を言わなかった。
黙って、汁を飲む。それから、皿の縁を親指で押さえた。
「私は三種類しか見たことがない」
この人は指を三本立てた。その手は卓の上へ置かないで、胸の前で止めている。それから、二本にする。少し置いて、また三本へ戻した。戻す時、指の関節が一度鳴った。
私はそれ以上聞かない。聞くと、この人が言いにくそうにする。
この人の皿の縁に、汁が一筋垂れていた。
私は袖の先で拭こうとして、袖が濡れているのを思い出す。それから、指の腹で拭いた。汁は指に残る。私は指を卓の下で握った。
この人は見ていた。それから、何も言わないで自分の皿を少しこちらへ寄せる。
寄せた分だけ、二つの皿の縁が近くなった。触れてはいない。
分かったので、私は自分の皿を見た。皿の縁に汁が薄く付いている。
居室に戻ると、作業着はまだ乾いていなかった。
肩のところを触ると冷たい。
私は着替えて、濡れたものを寝台の端へ広げる。それでも朝までには乾かない。乾かないものを着る朝が、今年はもう三度あった。三度とも木曜だ。
広げると、寝台の端の布が湿る。
湿ったところは色が変わって、境が輪になった。それは乾く時に外から消えていく。前に一度見ている。
隣の人が横になっている。目は開いていて、天井を見ていた。
窓の外はまだ雨だ。硝子に当たる音が、昼より高くなっている。
粒が細かくなっている。
細かいと数が多い。
私は自分の掌を見る。紙を送っていた指の腹が、乾いて白い。
もう片方は白くない。今日は左を使っていない。
私は横になった。上の毛布を肩まで引き上げる。それでも、足が先に温まる。
寝台の端に広げた作業着から、水が一滴だけ床へ落ちた。
その音は一度きりで、次が来ない。私は次を待った。待っている間に、雨が止んだ。
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登載標本の等級別内訳
第七園 資料館
作成日 令和二百十二年十一月二十五日
作成の契機 標本化取扱要領の写しの配付先からの照会による
照会者 記録管理室
一、対象
本表の対象は、標本台帳へ登載した標本とする。
登載を経ていない資料は対象から外した。外した数は本表に記さない。
二、総数
登載 四十一体
うち展示に供しているもの 十九体
うち収蔵しているもの 二十二体
三、内訳の求め方
本表は等級別の内訳を示すものとした。等級以外の区分は示さない。
区分を追加する旨の照会は受けなかった。追加した場合の様式も定めていない。
四、等級の出所
等級は、標本化の申出に係る様式第八号の記載による。
当該の欄は令和百九十四年の改正で設けた。改正の前に受理した申出には当該の欄が無い。
欄の無い申出に係る標本については、飼育部門の個体記録票を参照して補った。
補った件数は十六件である。補った日の記載は各票に無い。
五、集計の方法
一体につき一件として数えた。同一の申出に二体を含むものは無かった。
取消となった登載は数に入れない。取消の八十五件については別に扱う。別に扱う先は本表に記さない。
六、照会への回答
照会の内容は、等級別の内訳を示すことであった。照会は書面によった。
内訳を示す様式は当館に無い。本表は本件のために作成した。
作成の根拠となる定めは無かった。作成した旨を綴る先も定めていない。
七、備考
本表の作成に際し、選定の基準に係る書面の有無を確かめた。確かめた先は当館の書庫のみである。
他の部門への照会は行っていない。行う旨の定めが無かった。
本表の写しは当館に一部を残す。残す期間は定めていない。
本表と同じ求めが再びあった場合の扱いも定めていなかった。前例として綴る先が無い。
八、内訳
甲 四十一
乙 零
丙 零
無等級 零




