この国の英雄
だから結婚式に、イケオジなエルン騎士団長が顔を出せなかったと、申し訳ない気持ちになる必要などなかった。そもそも招待状さえ、新婦側は配っていないのだから。
それに私が幼い頃に会って以降、今日まで会う機会がなかったこと。それもイケオジなエルン騎士団長の立場を考えれば、仕方がないことだった。何しろこの国の英雄であり、騎士団の団長。しかも他にも兼任している役職がある。国内外を飛び回る日々だったと思う。
でもまさかイケオジなエルン騎士団長と父親が学友だったなんて!
もしこの世界にテレビでもあれば、その姿が画面に映った瞬間に「あ、この人、父さんの元クラスメイト!」となったのだろうが、テレビなんてこの世界にないわけで。しかも前世では、テレビは実家にしかなかった。一人暮らしの子はみんな、持っていてノートパソコンぐらいだ。よってテレビを見て「あっ!」となるのは……昭和あるあるでは?
「ところでローガン。そもそもあの場所でバッタリ会い、立ち話になった理由、それはグレイスに頼み事がある……だったのでは?」
父親に問われたイケオジなエルン騎士団長は「そうなんだよ、ケニー」と指を鳴らす。
なんだか古臭い動作なのに、イケオジなエルン騎士団長がやると、かっこよく思える。ついニコニコしながら尋ねてしまう。「何でしょうか、エルン騎士団長!」と。すると彼は「聞いてくださりますか、ローズベリー伯爵令嬢!」と話し出した。
「多くの貴族が、社交界デビューするのと同時に縁談話が浮上する。だいたい十八歳ぐらいまでに婚約、二十歳前には結婚しているだろう?」
「そうですね」
「その一方で、騎士というのは主に貴族の次男以降が目指すことが多いのだが……。まず見習いから始まり、一人前になるまでに時間がかかる。正式な騎士に任命されるのは二十歳ぐらいだ」
この騎士の仕組みが、前世の騎士と共通なのかは分からない。ただ、他の職業と比べても、騎士が一人前になるには、時間がかかると思う。
「自分の右腕とも言うべき、優秀な副団長は、早くからその才能を認められていた。そもそも見習い騎士となったのも、六歳と早かった。それもあり十七歳で上級指揮官の一人に抜擢され、そして二十歳となり、副団長に就任した」
その副団長というのが、イーサン・ヒュー・クラエス。
クラエスと言えば、その先祖に王族を持つ公爵家の一つだ。貴族社会において、初代が王族という公爵家は、格が違う。いくら伯爵家として歴史があるローズベリー伯爵家でも、クラエス公爵家となると、雲の上の存在。王族と同格ぐらいに思えてしまう。
さらに言えば、五年前。ウスに嫁ぎ、男爵位に格落ちし、屋敷に閉じ込められるような日々を送っていた私は。貴族社会の情報に疎くなっていた。何しろ、舞踏会や晩餐会にもほとんど顔を出さず、新聞さえ満足に読ませてもらえない。つまり情報収集ができていなかったのだ。
よってクラエス公爵家の長男が副団長に就任していたことは、今、知った状態だった。そしてこの由緒正しき公爵家の嫡男と私が関わりを持つことになるなんて……。
この時の私は全く想像できていなかった。