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082 シャトンと女神

 啓は瀕死のシャトンを助けるために、シャトンの魂の召喚を試みていた。


 啓は今まで、地球上に実在する動物を魔硝石に宿らせ、猫・鳥・スカンクといった動物の召喚を行ってきた。

 しかし今回は初めての人間の召喚である上、種としての無作為な召喚ではなく、特定の個人の召喚である。


 成功するかどうかは全くの未知数だったが、既に手の施しようのないシャトンをそのまま死なせてしまうぐらいならばと、啓は召喚に賭けたのだった。


(頼む……戻ってきてくれ)


 啓の想いに呼応するように、シャトンの体が光りだす。それを見たサリーは期待に目を輝かせたが、啓は少しの違和感を感じていた。


 啓が今まで動物を召喚した時は、まず核となる魔硝石が輝き出した。その後、魔硝石が啓の思い描く動物へと成形されていった。

 しかし、今光っているのは瀕死のシャトン自身であり、啓とシャトンが一緒に握っている魔硝石は全く光っていなかった。


(うまくいっているのか分からないが、途中でやめるわけにはいかないし……)


 何かしら結果が出るまでは中止しないほうがいいと考えた啓は、魔硝石に力を込め続けた。


(もしかして、魔硝石の品質が足りないのか?)


 啓は手の隙間から見える魔硝石を凝視した。この魔硝石はサリーが提供してくれたもので、大きさも品質も十分に見えた。だがそれは、あくまで小動物を召喚する時の基準であり、人の召喚に適しているかどうかは分からない。


 元々は王立研究所で生体実験に使われていた魔硝石で、ルーヴェットという四足歩行の獣に埋め込まれていたものだと聞いている。


(ルーヴェットか……見たことはないが、なんか犬っぽい印象なんだよな。そういえばシャトンは動物に例えるなら犬って感じがするな)


 啓はふと、元気に走り回る中型犬と、フェリテで働いているシャトンの姿を重ねて思い浮かべた。そして啓に向かって吠える姿も。


(……思えばシャトンを雇ってから、オレはいつもシャトンに小言ばかり言われていた気がする)


 ガドウェル工房の仕事でフェリテにあまり顔を出せなかったり、たまにフェリテに来てもつい猫と遊んでしまう啓に、シャトンはよく苦言を呈していた。


 シャトンが(たまにしか)本気で怒っていないことは分かっていたが、真面目で働き者のシャトンのおかげでフェリテの経営は軌道に乗り、大繁盛したのだ。

 それがシャトンの愛情の裏返しであることに啓はまるで気づいていなかったが、少なくとも啓自身もシャトンを心から信頼し、大切に思っていた。だからこそ、絶対に死なせたくはなかった。


(逝くな、シャトン……頼むから戻ってきてくれ)


 啓はシャトンに願った。


(お願いだ、女神様。シャトンを連れて行かないでくれ……)


 そして初めて、女神にも祈った。



「ようこそ、シャトン。待ってたわよ~」

「あの……どちら様でしょうか?」


 シャトンがいるのは、白くて、ただただ広いだけの空間だった。そしてシャトンの目の前には、見たこともない衣装を纏った綺麗な女性が立っていた。

 もしもこの場に啓がいたら、思わず「駄女神」と口走ったかも知れない。


「私の名前はシェラフィール。貴女の世界を見守っている女神よ」

「はあ、その……はじめまして、女神様」

「あら、ずいぶんそっけないのね」


 実際、シャトンは女神に対して本当に何の感情も抱かずにそっけない返事を返した。

 シャトンは直感で自分が死んだということは分かったが、本当に女神が存在しているとは思っていなかったからだ。

 ユスティールの街が賊に襲われた時、シャトンは女神に祈った。しかしシャトンの父親は命を落とした。だからシャトンは女神を信じていなかった。こうして自分の目の前に現れるまでは。


「それで、女神様は私に何の用でしょうか」

「……貴女、信じてないでしょ?私、本物の女神だからね?」

「はあ……」


 本物でも偽物でもどっちでもいいとシャトンは思っていた。自分が死んだ以上、あとは死後の世界に行くだけなのだから。


「まあ、いいわ。あまり時間もないし、用件を伝えましょう。貴女は今、啓によって蘇生されようとしています」

「蘇生ですか?オーナーは、死んだ私を呼び戻そうとしているのですか?」

「ええ。その通りです。そういえば、貴女は啓のことをオーナーと呼んでいるのだったわね」


 あの啓が経営者とはね、とシェラフィールは微笑んだ。


「あの、女神様はオーナーをご存知なのですか?」

「ええ、まあ、ちょっと色々あってね。それよりも貴女のことよ。このまま生き返ってもいいのかしら?」

「えっと、生き返れるなら、そのほうがいいですけれど……」

「でも貴女、このままだと一生不自由なままよ」

「えっ?」


 女神曰く、啓はシャトンの魂を呼び戻そうとしているが、魂の戻し先は、元のシャトンの体であること。しかしその体は深く傷ついており、魂が戻ったとしても自力で歩くこともできず、腕もろくに動かせず、目もほとんど見えないとのことだった。


「そんなの……生きている意味が無いじゃないですか!」

「意味はあるわ。貴女が生き返れば、啓はきっと喜ぶわ。それに啓は一生、貴方の面倒を見てくれることでしょう。貴女の願い通り、啓と添い遂げられるわよ」

「そんなこと……」

「でも嬉しいでしょ?」


 シャトンは自分の心が見透かされたと感じた。生き返り、啓と添い遂げるチャンスが生まれたことに、シャトンは歓喜を覚えたのだ。お人好しのオーナーならば、絶対に自分を一生面倒見てくれるという確信もあった。


 だったらそれでいいじゃない、とシャトンは思ったが、ひとつ腑に落ちないことがあった。


「あの……女神様はなぜ、そのことを私に聞いたのですか?オーナーが私を蘇生させようとしているのであれば、私の意志など関係なく、私はこのまま生き返るのを待つだけですよね?」

「本来、死んだ人間の魂を呼び戻すことはご法度なの。認められないことなのよ。だから貴方が蘇生されるのを黙って見ているわけにはいかないのよ」

「そういうことですか……」


 今度はシャトンも腑に落ちた。啓がシャトンを蘇生しようとしていることは、人の理から外れていることなのだ。だから女神は、シャトンにそれを忠告した上で、蘇生を妨害するつもりなのだ。


「……だったら、生き返ることに意味があるとか、オーナーと添い遂げられるとか言って、私に期待を持たせないでくださいよ」

「あらやだ、怒った?」

「……」


 期待させるだけ期待させてからどん底に落とす女神の底意地の悪さに、シャトンは苛立ちと怒りを覚えていた。

 シャトンは啓が時々「駄女神」と口に出すのを聞いたことがあるが、今のシャトンは、その気持が少し分かったような気がした。


「女神様の言いたいことは分かりました。結局、私は生き返れないのですよね。はい、よく分かりました。理解しました。これで用は済みましたよね。もう私を逝かせて……」

「だから私は貴女に、別の提案を持ってきたの」

「……はい?」

「蘇生は駄目でも、転生ならば目こぼししてあげてもいいわよ」

「転生?」

「えーと、わかりやすく言い換えるなら、新しい体に、貴女の魂をそのまま定着させてあげるということよ」

「新しい体……」

「もちろん健康体よ。どうかしら?」


 今度こそ、魅力的な提案だとシャトンは思った。生き返るならば、ちゃんと自分の足で立って歩きたい。またフェリテで働きたい。そして……


「オーナーのお役に立ちたい……」


 シャトンの気持ちは、自然と口から溢れ出た。

 シャトンはただ啓と一緒にいたいのではない。シャトンの望みは、啓と肩を並べて人生を歩んでいくことだ。


「女神様。それでお願いします。私を転生させてください」

「いいのね?では、私は今から貴女の魂を呼ぶ啓の力に少し干渉して、蘇生先を変更します。ついでに少しおまけもしておきましょう。ああ、悪いようにはしないから安心してね」


 そう言うとシェラフィールは目を閉じ、何やら手を忙しく動かし始めた。手の動きに沿って、複雑な色彩の光の線が空中に描かれていく。


「……女神様は、どうしてそこまで、私のために良くしてくださるのですか?」

「貴女のためじゃないわ。啓に借りがあるのよ」

「オーナーにですか?」


 シェラフィールは手を止めず、シャトンの質問に答えた。


「啓をこの世界に呼び寄せたのはこの私。私がちょっと賭け事に熱くなって、うっかり啓を召喚しちゃって……いえ、なんでもないわ。まあ、とにかく色々あったのよ」

「はあ……」


 今、女神が「賭け事」と言ったのを、シャトンは聞き逃さなかった。


「で、本当なら、もっと啓に力を与えて、次の人生は楽しく生きてもらおうと思ったのだけど、クソジジイ……じゃなくて、大神にバレて怒られて、外出禁止とか、生きた人間との接触禁止だの干渉禁止だのと言われて、啓に何の手助けもできなくなってね……だから腹いせに、こんな機会を待っていたのよ。貴女は今、死者同然の魂の存在だから、私がこうして干渉しても問題ないってわけ。これでやっとジジイに意趣返しができるってもんよ」


 あ、やっぱりこの人、駄女神なんだとシャトンは確信した。


「あ、そうだシャトン。悪いけど、戻ったら啓に伝えてほしいの。二度と人を蘇生させないようにと。今回は特別だということを」

「分かりました……でも、オーナーは私の言うことを信じてくれるでしょうか?」

「貴女が私に会ったことを信じてくれるかと言うことね……ではこの言葉を伝えなさい。少し長いから、啓に伝えるまでは消えないよう背中に書いておいてあげるわ」


 シェラフィールはシャトンに手を向けた。するとシャトンの背中で、何かがモゾモゾと動く感じがした。シェラフィールの言った通り、背中に何かが書かれたようだ。


「……よし、準備できたわ。では貴女を送り返します」


 シェラフィールが大きく手を振った。するとシャトンの体が徐々に透けていった。


「お世話になりました、女神様」

「いえいえ。可愛い動物になれるといいわね」

「……はい?」

「あれ、言わなかったかしら?貴女の新しい体は、啓の星の動物の姿よ?」

「いえ、聞いてないですけど!?」


 確かに、新しい体が人間の体だと女神は一言も言わなかった。だが、動物の体になるとも言われていない。

 シャトンが当惑している間にも、シャトンの体はどんどん透けていく。


「まあまあ。そこはちゃんとおまけしておいたから大丈夫よ」

「何が大丈夫なんですか!」

「貴女なら、うまく使いこなせると思うから。啓と仲良くやりなさい」

「ちゃんと説明してくださいよ!」

「では、ごきげんよう」

「ちょっ……この駄女神!」

「今なんて言いました!?」


 そしてシャトンの体は、女神の前から完全に消え失せた。



 その時、キャリアの中では、シャトンの蘇生作業に異変が起きていた。

 光を放っていたシャトンの体が、突然消失したのだ。

 消えたのは体だけで、シャトンが寝かされていた後部座席には、血で汚れたシャトンの服と下着だけが残されている。 


 サリーは蘇生が失敗したのだと思い、膝から崩れ落ちた。啓も、先程までシャトンと一緒に握っていた魔硝石を呆然と見ていた。バル子とカンティークも心配そうに、主人達の顔を見つめている。


(ごめん、シャトン……)


 声にならず、心の中で詫びる啓の手から魔硝石がこぼれ落ちた。

 落ちた魔硝石は、後部座席に散らばるシャトンの服の上に落ちた。

 

 その時、魔硝石がひときわ激しく輝き出した。


「どうした、ケイ!?」

「分からないよ!……オレにも一体何が起きてるのか……」


 光に目をやられて悶絶した啓とサリーは、目が落ち着くまで数十秒を要した。


 そしてようやく目を開けられた時、啓達の目の前にいたのは……


「……犬?」


 一匹の中型犬が、後部座席の上に座っていた。


「……ケイ。なんだこれは?」 

「えっと……これはシェットランド・シープドッグという犬で、すごく賢くて、かわいくて、愛称はシェルティで……」

「いや、そうじゃない。そうだけど、そうじゃなくて……」


 目の前にいる犬は啓の見立ての通り、茶色と白のセーブルで、全身と首まわりにフサフサした毛を持つ中型犬の、シェットランド・シープドッグだった。

啓の好きな犬の一種だが、啓が間違うことなく犬種を言い当てられた理由は他にあった。


「ケイ、シャトンはどうなったんだ!?」

「オレのせいだ……」

「何がケイのせいなんだ?」


 サリーは俯く啓の肩を掴み、大きく揺さぶった。

 啓はシャトンの蘇生中に、魔硝石を見てルーヴェットのことを思い出したこと、ルーヴェットの印象が犬みたいだと思ったこと、そう言えばシャトンは犬みたいだなと思ったことをサリーに白状した。


「その時にふと思い浮かべたのが、このシェットランド・シープドッグなんだ。だからオレはシャトンではなく、このシェルティを召喚してしまったんだ……」

「そんな……じゃあ、シャトンはどこに消えたんだ!?」

「ここですよ、オーナー」


 突然、シャトンの声が横から聞こえた。声がした場所は間違いなく、シェルティのいる所だ。全員の目が、シェルティの顔に集中した。


「ご主人……」

「おい、ケイ……まさか……」

「ああ……そうだ……そうなんだろう、シャトン?」

「はい、オーナー。私です!」


 シャトンの声で元気よく返事をするシェルティを見て、啓もサリーも確信した。

 シャトンは、その姿をシェルティに変えて復活したのだ。


「シャトン……シャトン、良かった……いや、良かったのか?こんな姿になって……」

「ふふっ。私の命を救ってくれたのはオーナーですよ。良かったに決まってるじゃないですか」

「でも、シャトン……」

「大丈夫です、オーナー。ちょっと待ってください……おまけの理由が分かりました」

「おまけ?」

「はい……」


 シャトンは与えられた体に宿った力を感覚で理解していた。その力は、シェラフィールが与えてくれた「おまけ」の力だ。

 シャトンは目を瞑り、念を込めた。


「見ててください……ほら!」


 すると、シェルティの体が一瞬光った。

 直後、そこにシェルティの姿はなく、代わりに一人の少女が座っていた。

 その顔は間違いなく、元のシャトンそのままだった。


 シャトンは、シェラフィールによって、人間の姿にも戻れる力を授かっていたのだった。


「シャトン、すごいよ!元通りのシャトンの姿……に……も……」


 元のシャトンの姿を見た啓は大喜びしたが、すぐに顔をひきつらせた。


「どうしました、オーナー……あれ……いやあああ!」


 人の姿に戻ったシャトンは、見事に丸裸だった。服までは具現化されなかったのだ。


「ご主人!駄目です!」

「ケイ、バカ!見るな!」


 バル子は左から猫パンチを、サリーは右から拳を啓の顔に叩き込み、啓を卒倒させた。

 

 ちょうどその時、ミトラがキャリアに戻ってきた。先に避難させていた猫達も一緒だった。


「ごめん、今戻った……一体、どうしたの?」


 ミトラが見たのは、ひっくり返った啓と、素っ裸で必死に前を隠すシャトンだった。何があったのか、疑問に思うのも無理はなかった。


「あの駄女神……だから説明してってお願いしたのに……」


 シャトンは涙目で、シェラフィールに恨み節を並べた。


シャトンは無事に(?)復活を遂げました。

女神は相変わらず駄女神でした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 やっぱり蘇生は神様視点から見ても御法度だったんですね。わざわざ「二度目はないぞ」って忠告する=ユスティールの至宝クラスの魔硝石ならワンチャンイケるかもしれないけど、実…
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