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083 堕ち子

 シャトンと動物達を救出した啓達一行は、ユスティール工房都市に来た時の道を戻り、ヒルキの街方面へと向かっていた。


 チャコによる偵察でも、街の北側方面はまだアスラ軍の手が及んでおらず、このまま無事にユスティールを脱出できそうだった。


 啓達が退却を選んだことにはいくつか理由がある。そのうちのひとつは、無闇に戦端を開かず、レナ達とオルリック軍の合同部隊が戦っている前線の状況を把握してから行動を決めるべきと考えたことだが、最大の理由は、シャトンが体調を崩したことだった。


 啓は瀕死のシャトンを救うため、動物召喚の要領でシャトンの魂を呼び戻した。

 女神シェラフィールによる密かな助力もあり、シャトンはなんとか復活を遂げることができた。

 しかしシャトンの元の体は消え、その代わりにシェットランドシープドッグという品種の犬の姿となってしまった。


 幸い、シャトンには元の人間の姿に戻れる力も与えられていたが、どうやら本体は犬の姿の方らしく、まだ能力に慣れないシャトンはすぐに犬の姿に戻ってしまった。


 自分の姿が犬になったことはさほど気にしていないシャトンだったが、その副作用で意外な力も授かっていたことが分かった。

 シャトンには、啓が召喚した動物達と念話ができる力が備わっていたのだ。


 動物同士が念話で会話できることを考えれば、動物の体に転生したシャトンにもできて当然とも言えるが、それがシャトンの体調を崩す原因となった。


 ミトラと一緒に戻ってきた猫達とスカンクのミュウと蜂姫隊は、シャトンの無事な姿を見て歓喜した。

 彼女達は、カフェでずっと自分達の世話をしてくれたシャトンを心から慕っていた。そんな彼女達はシャトンの生存を確認した途端、一斉にシャトンに向かって念話でお祝いの言葉を発したのだ。

 すると、まだ念話に慣れていないシャトンは、動物達からの大量の念話を一気に受信したことで、目を回して昏倒してしまったのだった。


 そんなわけで、体調を崩したシャトンを連れたまま戦いに巻き込まれるのは危険と判断した啓達は、一旦戦場を離れることにしたのである。


 その道中、啓はミトラの別行動について咎めようとしたのだが、先にミトラが話を切り出した。


「ケイ。あたし、なんか変なのよ」

「そりゃ、留守番を頼んでいたのに勝手に出歩くぐらいだからな」

「うっ……それはホントにゴメン……」

「まあ、いいじゃないの、ケイ。お陰でこうしてみんな無事だったんだから」

「それはそうだけど……」


 ちなみに収容した動物達は、バル子達と一緒にキャリアの荷台の奥に行ってもらっている。シャトンが落ち着いて寝られるように、できるだけ離れてもらうための処置だ。


「で、何が変なんだ?」

「ほら、見て。ここと、ここ」


 ミトラは運転をしながら、自分の左肩と右足の太ももあたりを指さした。どちらも服が破れていて、奥から肌が見えている。


「うん。服が破れているな」

「そうなのよ。服が破れているだけなのよ。変でしょ?」

「いや、何が変なのか、全然分からないんだが……」


 ミトラの言う「変なこと」が服が破れていることを指しているのだと思った啓は、その先にある変なことには気付けなかった。しかしサリーは違和感に気付いた。


「ねえ、ミトラ。これって、刺されて空いた穴なんじゃないの?」


 サリーは服の穴が引き裂かれて破れたのではなく、何か鋭利な物で切られた痕だと気づいた。ミトラは「さすがはサリー姉」と言い、満足げな表情を浮かべた。


「さすがじゃないわよ、ミトラ。あなた、刺されたってこと?怪我は無いの?」

「うん。なんか、治っちゃった」

「はあ!?」


 ミトラは啓達を追いかけてカフェに向かったことと、啓がシャトンを連れて離脱した後に敵軍の女と戦ったことを話した。無論、啓達もその女の存在は知っていた。もっとも啓達は、敵のバルダーを倒すことだけに注力して、その女のことは無視したのだが。

 その時にミトラは、左肩と右太ももを短剣で刺された。それも結構深い刺し傷だった。


「……で、このままじゃ殺されると思って、治れって思ったら……なんか治っちゃった」

「いやいや、そんなことってあるか?」

「でも、サリー姉ならできるでしょ?」

「それは私の力が治癒だからであって……いや、そんなことより、本当に自分で治したのか?」


 サリーの問いかけにミトラは頷いた。


「でもね、それだけじゃないの。あたし、あの女が持ってた杖みたいな道具のせいで猫達の調子が悪くなったって気付いて、その杖を奪おうとしたのよ」

「それに気付けたことも凄いな。オレには全然分からなかったよ」

「で、あたしはその時に短剣で肩を刺されたの。すごく痛かったけど、絶対に杖を奪い取ってやるって思って、気合で腕を動かして杖の先についてた魔硝石を握ったら……なんか、魔硝石が砕けちゃって」

「握りつぶしたのか?」

「ううん。たぶんあたし、魔硝石の力を吸い取ったんだと思う。そしたら魔硝石が割れちゃったの」

「……」

「それから怒り狂った女が投げた短剣で足もやられたんだけど、さっき言った通り、自力で治癒して……」

「……」


 ミトラの話に、啓とサリーは唖然とした。ミトラの説明が正しければ、ミトラは啓と同じように、魔硝石から力を吸収することができるようになったと考えられる。加えて、ミトラは治癒の力まで発現してみせた。


 御用邸でミトラの特訓に付き合ってきた啓達は、ミトラが空を飛ぶ能力を身に付けたことを知っている。だがミトラは、空を飛ぶ力だけではなく、他の能力も使ってみせたということになる。それは啓にもできないことだった。


 そのことについて、サリーがミトラに尋ねた。


「……通常、女神の奇跡の力は一種類だけだ。類似する力を派生させて使うことはあるが、全く別の能力を使う例は聞いたことがない。ミトラ、治癒の力を使えるようになったことで、今度は飛べなくなったということはないか?」

「それはないよ。だってあたし、ネコ達を先に逃がした後で、飛んで帰ってきたし……って、あれ?」

「ミトラ、どうした?」


 ミトラは突然、唸り声を出しながら考え込み始めた。運転しながら目を瞑られては困ると思い、啓はミトラにちゃんと前を見て運転するよう注意した。


「大丈夫か、ミトラ。運転を代わろうか?」

「いえ、大丈夫です……それより、あたし、また気付いてしまったことがありまして……」

「まだ何かあるのかよ……」


 突然丁寧な言葉遣いになったミトラに、啓とサリーは心の中で警鐘を鳴らした。


「あたし、ノイエちゃん無しで女神の奇跡を使ったみたいで……」

「本当に!?間違いないのか!?」

「うん。あの時あたしはノイエちゃんにお願いして、先にネコ達をキャリアまで連れて行ってもらったの。だから間違いないよ」


 無我夢中で気付かなかったが、怪我を治した治癒の力も、カフェから離脱する時に使った空を飛ぶ力も、ミトラは自力で発現していた。それこそ、啓ですらできないことだった。


「オレは魔力を与えたり吸ったりは自力でできるけど、武器の具現化はバル子達が近くにいないとできない。それができるなんて、凄いじゃないか、ミトラ」

「そお?えへへ……あ、でもノイエちゃんとは離れないよ。あたしの大切な家族だからね」

「ふむ……」


 喜ぶミトラと褒める啓は笑顔だが、サリーだけは難しい顔をしていた。それに気付いたミトラは、サリーの気を悪くしたのかと思い、慌てて弁解した。


「でもサリー姉、あたしはその時必死だったから、同じことをやろうとしてももうできないかもだし、治癒の力はサリー姉には及ばないだろうし……」

「ああ、すまない。別に気を悪くしたわけじゃない。ミトラの成長は喜ばしいのだが……」


 今度はサリーが「気を悪くしたらすまないが」と付け加えてから、ミトラに言った。


「ミトラ。君は『堕ち子』になったのかもしれない」

「オチコ?なにそれ」

「そうか、知らないか。まあ、王族や貴族以外にはあまり馴染みの無い言葉かもしれんな」

「オレは聞いたことがある。オルリックの王城で、イザーク王子に「お前は『堕ち子』か」と聞かれた」


 啓がこの『堕ち子』という言葉を聞くのはこれで二回目だった。

 その時の王子の説明によると、堕ち子というは平民でありながら女神の奇跡の技を使い、王族や貴族の存在を脅かすほどに強い力を持っている者のことを指すらしい。


「で、昔一度だけ現れて、オルリック王国に対して反乱を起こし、国を上げてその者を討伐したそうだ。だから堕ち子は忌み嫌われている、みたいな話だった」

「その堕ち子があたしだって言うの?冗談じゃないわよ!!」

「堕ち子の説明は概ねケイの言うとおりだが、少し補足すると、堕ち子の使う女神の奇跡の技は多種多様だったらしい。それはまるで建国王が使っていた御力のようだったそうだ。もっとも、堕ち子という言葉には力の強さだけではなく、忌避の意味が含まれているから、ミトラが堕ち子になったというのは失礼な言い方だったな。すまない」


 サリーはミトラに謝罪したが、ミトラも首を振ってサリーに応えた。


「ううん、あたしも思わず強く言い過ぎちゃったかもしれない。考えてみれば、あたしって今、指名手配されてる身だから、実際、国に反逆してるようなもんだしね。あはは……」

「ミトラ、それはさすがに笑えないぞ」

「えー、せめて笑ってよ。切なくなるじゃない」

「ははっ。ミトラらしいな。だけどミトラ。これだけは忘れないでほしい。その力のことは極力、秘密にするんだ」


 サリーは神妙な声でミトラに忠告した。


「ミトラは平民であるにも関わらず、まるで堕ち子のように幾つもの女神の奇跡を使って見せた。この先、もっと別の力も使えるようになるかも知れない。もしもそのことが知られれば、今度は本当に堕ち子として認定されるかも知れない」

「……そうなると、どうなるの?」

「今は憲兵隊に追われる程度の指名手配犯で、もしも冤罪が認められれば晴れて自由の身になるだろう。だが、堕ち子として国の脅威と見なされれば、ミトラは問答無用で討伐対象となるかもしれない。その場合、今度は憲兵隊ではなく、軍隊が出動してミトラを討ちに来るだろう」

「……あたし、ただのしがない工房の娘だったのに、どうしてこんなことに……」


 ミトラは今にも魂が抜けそうな、虚ろな表情を浮かべた。


「ごめん、ミトラ。オレのせいだ。オレがミトラに魔力を与えたせいで……」

「ケイ、それは違うよ。それはあたしが望んだことだし、ケイが気にすることじゃないよ。でもそっか……そうだね。うん。ケイのせいだね。だから責任取って貰わないとね」

「えっ?」


 言葉の前後でいきなり意味が逆転したことに、啓はあっけに取られた。


「ケイのせいであたしの体がキズモノになったんだから、ケイには一生面倒見てもらわないとね!」

「待て、ミトラ。その言い方はいらぬ誤解を生むからやめてくれ」

「じゃあケイはあたしが堕ち子に認定されても守ってくれないの?」

「それは……守るに決まってるだろう」


 そう啓が答えた時、突然サリーが啓に向かって身を乗り出した。


「ケイ!やはり私にもミトラと同じ特訓を……魔力の注入をしてくれ!」

「サリー!?」

「ミトラの特訓には私も付き合った。だから私にも責任がある。私も堕ち子になれば、追われるのはミトラだけではなくなる。そうだろう?」

「いや、そうだろう、と言われても……」

「サリー姉、もしかしてサリー姉もケイに責任を取ってもらおうとして……」

「いやいや、そんなことはない。そんなことはないぞ、ミトラは一体何を言ってるのかな?」

「サリー姉、声、裏返ってるし……」


 その後もキャリア内は目的地に到着するまで、啓達の取り留めのない話で盛り上がった。

 ミトラはこれから先もずっと、啓やサリー達とこんな関係でいられたらいいと心の底から思った。

 そのためにも、堕ち子だなどと言われて迫害されることがないよう、この先は慎重に行動していくことをミトラは改めて心に誓った。



 だからミトラは、まるで『堕ち子』のように多彩な力を使う姿をグレースに見られたことなど、完全に忘れていた。

ようやくミトラが自分の身に起きている異常事態に気付きました。


レビュー、ブックマーク、評価、誤字指摘などいただけると大変励みになります。

よろしくお願いいたしますm(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 なるほど、ミトラはパワーアップしたというよりはスキルや技が増えた…って感じですかねゲーム風に言うなら。 後々の事を考えると、なるべく『どんな事が・どれ位の事ができるか…
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